元少年が出会った過去



 夢を見た。
 それは、自分がまだ、駆け出しのプロセッサーだった頃の、幼い記憶。
 次々に屠られる仲間の残骸を持ち帰り、石造りの粗末な墓標に供えていた頃に出会った、女の記憶。
 気に食わなかった。むかついた。
 けれどそれ以上に──

『これは、私の罪だから』

 固い意志が込められた瞳に、自分の中の何かが、揺り動かされた。
 素っ気ない態度をとって、隔意を明確に示して別れた彼女。大攻勢で生きているか死んでいるかも分からない。
 それでも、彼女の記憶はライデンの中に息づいている。六年経った今でも、脳裏に焼き付いている。

「…生きてるのかね、あいつは」

 自身に、また、と告げた彼女は今、どうしているのだろう。


 第八十六独立機動打撃群は基本的に元エイティシックス達で編成されている部隊だ。豚と罵られ、戦いを強制されていた環境下から抜け出しても染み付いた性はそう簡単には払拭できない。自分達の居場所はここだと体現するように彼らは戦場へと舞い戻った。
 しかしその中でも、ダスティンのようにフェルドレスを駆る白系種もいる。また、指揮官のレーナ、技術顧問のアネットなどかつてはエイティシックスだけしかいなかったら戦場に、白系種も身を置くようになっていた。
 珍しいといえば珍しい。連邦から見れば白系種の方が目立つのだ。人種差別で虐殺をしていた民族、というレッテルも付属する。好き好んで戦場に身を置くのはよっぽどな物好きとすら見られた。

「──虐殺国家の一員にしちゃあ、のうのうとしてんだな」
 
 格納庫へ進む廊下を歩いていた時だった。ライデンは鼓膜を揺らした不快な音に眉を顰めた。またか、と。
 白系種に好感情を持つエイティシックスは少ない。当たり前といえば当たり前だが、しかしそれは自分達が白系種を蔑む理由にはならない。過去の愚行があるから同じことをしていいとはならないし、さらに言えばその対象を白系種全体にするのは些か暴論が過ぎる。
 指揮官たるレーナや同じ戦場でレギオンを狩るダスティンに面と向かって吠える人間は少ないが、時折、その他の白系種に暴言や嫌味、ひどい時には"可愛がり"をするエイティシックスはいた。
 面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。声がしたのは隣室だったが、このまま通り過ぎ去るか否か、存外人の良いライデンは一瞬悩んだが。

「何とか言えよ」
「可愛い顔に傷がついちまうぞ」

 下卑た笑い声に、自然と体が動いた。
 開きっぱなしの扉をくぐり、薄暗い備品室の隅に視線をやる。どうせならドアくらい閉めとけと思いつつ、しかし目の前のエイティシックス達の行動を看過するわけにもいかずに「何やってんだ、お前ら」と低い声を出した。
 翡翠と黒曜の瞳を持つ二人の男はライデンを見るや否や顔を強張らせた。八十六区の戦場の中でも特に精鋭とされたスピアヘッド戦隊の副隊長を知らない人間はこの部隊にいない。
 罰が悪そうに視線を逸らした男達に隠れている白系種にライデンは視線を向けた。

(……女?)

 ライデンの片眉が僅かに上がる。レーナとアネット以外に白系種で独立機動打撃群にいる女性をライデンは知らない。
 俯いているため表情は伺いしれないが、両手に資料を抱えている様子から司令室にでも用があったのか。新しい士官が共和国からの出向扱いで来たか。
 考えたところで詮ないことのため、ライデンは首を振った。

「面倒ごとを起こすな。暴れ足りないなら今すぐ出撃させてもいいんだぞ」
「っ、し、失礼しました」

 ひと睨みすれば、男達は姿勢を正したが、壁際に追い詰めていた白系種には変わらない怨嗟の視線を向けた。しかしライデンが無言で睨めつければ、すごすごとその場から走り去る。
 憎い気持ちは分からないでもない。現に、レーナに対して好感情を持たないエイティシックスもいる。けれど、個人の感情に戦局が左右されるなど、それこそ戦いに明け暮れていたエイティシックスにはあってはならない。己の矜持を自ら踏み躙る馬鹿がいるか。
 深く嘆息すると、ライデンはとりあえず彼女に声をかけた。

「大丈夫か。ウチの奴らが悪かったな」

 頭を掻き、場を取り繕う言葉を述べる。たいして悪いとも感じていないが、立場上、無駄に白系種の心象を悪くしてもレーナに迷惑がかかるかもしれない。
 軽い口調で謝罪を口にしたライデンはしかし。

「問題ない」

 氷のような声に固まった。
 緩慢にその面が上げられる。白銀の瞳を持つ女の相貌がライデンの前に現れた。薄紅色の唇、瑞々しい肌。歳は自分よりいくぶんか上と推察されるのはライデンの知る白系種のレーナやアネットより若干大人びているからだ。少女ではなく女性、成人は迎えているだろう容姿で、しかしその背はライデンよりうんと低い。
 にもかかわらず、ライデンは彼女の相貌に生唾を呑み込んだ。何者も写さないような昏い瞳、他者を寄せ付けない声音、近づきがたい雰囲気を纏う女に思わず半歩下がる。

「なら良かったが、気をつけろよ。俺達の中にアンタらを良く思わない奴らがいることくらい分かるだろ」
「……善処する」

 かけた言葉に、女は数秒おいて声を絞り出した。それもそうだ。人種という努力で如何ともできないことで恨みを買っているのだから、何を気をつけるというのか。
 善処するとは言われたものの、ライデンは結局、女を司令室へと送り届けることにした。「必要ない」と頑なに拒む女に構わず、その横を歩けば他のエイティシックスから奇異の目で見られて、通りがかったリトとその部下からも目を丸くされる。「え、カノジョできたんすか」と明後日の発言をかましたリトの頭をとりあえず叩いた。「何するんすか!」と、やいやい騒ぐリトにもう一発拳を入れれば、隣の部下は苦笑する。

「リトさん、何も考えずにモノ言う癖治しましょうよ」
「オレのせいじゃなくない!? お前だってソワソワしてたじゃん!」
「黙れ、リト」
「いっ! これ以上殴んないでくださいよ!」
「そうですよ、ライデンさん。リトさんの脳細胞やられたら俺が困ります」
「ひどいね!? お前!」

 騒ぐリトだがこれでも自分達がいたあの八十六区の戦線を抜けた後の後任で、戦歴としてはそれなりにある猛者だ。
「ちったぁ、私生活も大人になれよお前…」と、髪をくしゃくしゃ撫で回す。子ども扱いするなと騒ぐリトに苦笑が漏れたが、ふと視線を感じた。

「君は…」
「ん?」

 頭を押さえて涙目のリトをさらに小突いていると、ふと、女が声を漏らした。パッと手を離せば脱兎の如くリトは逃げ出したため、仕方なく彼女へと向き直る。
 何だ、と尋ねかけて。
 ──しかし一瞬、息が止まった。

「……いや、なんでもない」

 それは一瞬だった。一瞬、本当に一瞬。振り返った刹那、彼女の瞳を見たその時、どうしてか──

(なんで…)

 その両の眼が僅かに見開かれて、そして次いで──泣きそうに歪んだのだ。
 瞬きの間の出来事にライデンが瞠目するも束の間、その眼は直ぐに昏くなる。冷たい水底のような昏い眼に逆戻りして、彼女はライデンの脇を通り抜けた。

「──お疲れ様です…て、シュガ中尉?」

 二人揃って司令室に入ると、レーナがぽかんと目を丸くした。ライデンは「よっ」と軽く手を挙げたが、彼女の視線はすぐ隣にスライドして今度は小首を傾げる。しかし、ライデンと彼女を交互に見やる瞳を当の本人は意に介さないようで、眉一つ動かさない。

「なぜ、彼女と一緒に?」
「あー……なりゆき? 的な感じか」
「なりゆき……ですか」

 不審げな視線だが事実だ。「いろいろあったんだよ」と逃げ口上を述べたライデンは、お前も何か話せ、とチラリと彼女を見やる。
 刹那、彼女はライデンの一歩前に出た。

「ご要望がありました、北部戦線で私が指揮していた戦隊の戦闘データです。各員の兵装、配置、撃破数も併せて記載しています」
「ありがとうございます。また改めて皆さんに紹介の機会を設けますね」
「恐縮です」

 人の良いレーナの笑みに、彼女はしかし表情筋を一つとして動かさない。必要事項を伝える機械のようだった。精巧な人型の人形が話しているようで、その異質さに目を瞠りつつも、すぐに頭を切り替える。
 自分の用は済んだ。あとはレーナがどうとでもするだろう。「じゃ、俺は帰るわ」と、ひらひらと後ろ手に手を振れば、レーナもぺこりと会釈した。
 そのまま、ドアへと向かう。

「そんなに畏まらなくて良いですよ。貴女は私より年齢が上なのですから」

 ──フォンベルク少佐

 刹那、ドアへと向かっていたライデンの足が、止まった。

「いえ、此処で歳は関係ありませんので」

 感情を無くした声が耳朶を打ち、信じられないと目を見開く。

「…フォンベルク?」

 思わず、その名を口にした。

《レイネシア・フォンベルク》

 知っている。
 自分は、その名前を覚えている。
 その名前は、自分がまだ駆け出しの戦闘員だった頃、幼い時分に聞いた、白系種の名だ。慎ましやかな墓に、名を忘れ去られた同胞の服の切れ端を供えていた自分と話した、白系種の女。
 振り向いたライデンの視線が彼女に向く。立ち止まったライデンにレーナはきょとんと小首を傾げたが、お構いなしに彼女を凝視した。
 記憶の中の彼女は、もっと穏やかだった。少なくとも、他者を寄せ付けない雰囲気をまとうような人間ではなかったはずだ。
 エイティシックスの墓に脚を運ぶくらい、ひどくお人好しの甘ったれ。それがライデンが抱いた印象だった。
 凝視するライデンに構わず、彼女はレーナに一礼すると無言で彼の隣を通り過ぎた。何事もなかったかのように歩き去るその背を、ライデンは思わず追いかける。

「っ、待てよ!」

 退室し、廊下を足速に歩くその手を掴んだ。ぴたりと大人しく止まった彼女の双眸が、緩慢にライデンへと向く。
 ぞわりと、その瞳に総毛立った。

「……アンタ、あの時の白系種だろ? 六年前…北部戦線三十戦区の輸送部隊にいた」

 ライデンの問いかけに彼女は否定を紡がず、しかし何も応えない。
 代わりに深淵が生ぬるいと思えるほど、深い闇が広がる両眼がライデンに向けられて。いつか見た、ぶっきらぼうでしかしどこか慈愛のある佇まいからは想像できないほど、彼女は氷のように冷たい視線をライデンに送っていた。

「あの時のアンタだって確かに無愛想だった。だが、そんな目はしてなかった。……いったい何があったんだよ」

 重苦しい声で尋ねたライデンに、彼女は向けていた視線を逸らした。

「発言の意図が分かりかねる」
「っ、アンタは」
「戦隊のブリーフィングがあるので失礼する」

 声音と視線で隔意を示した彼女は、ライデンの手を振り払うと歩き出す。何者も寄せ付けない凍てついた空気をまとった背中を、ライデンはただ見つめるしかできなかった。

     *

「──レイネシア・フォンベルク少佐です。以前は共和国北部戦線第一区第二戦隊"ヘイムダル"のハンドラーとして指揮を取られていました。本日付で機動打撃群第一機甲グループ第八戦隊戦隊長として配属になられたので、今後、作戦会議に参加していただきます」

 レーナの傍に立った白系種の女、レイネシア・フォンベルクはレーナの紹介に小さく頭を下げた。彼女の背後には、燃えるような紅の髪と蒼穹を彷彿とさせる透き通った蒼の瞳を持つ青年が控えている。「こちらは戦隊副長のニコ・クロノス中尉です」との説明に、彼もまた黙したまま会釈した。
 寡黙な二人に、レーナ以下、戦隊総隊長のシン、本部直営戦隊のシデンなど、戦隊長や副長達に沈黙が流れる。「無愛想」「こら、クレナちゃん」本音が漏れる隊員も若干いた。
 しかしその中で、一人だけ彼女の名前に反応を示したのがミチヒだった。

「…ヘイムダルの、ハンドラー…」
「ミチヒ、知り合いか?」

 シンの問いかけにミチヒか答えるより前に答えたのは、レーナだった。

「彼女は私と同じようにあの防衛戦で指揮を取り続けたハンドラーです」
「防衛戦…大攻勢の時か」

 ライデンの言葉にレーナは頷く。
 大攻勢。革命祭のまさにその日、浮世を満喫した白系種を地獄の底へと叩き落とすレギオンの大軍勢が、それまで攻撃の手が薄かった北部戦線を襲った。第一線区第一防衛戦隊"スレッジハマー"が壊滅し、他戦区でも多くの死傷者を出した、戦い。
 白系種のハンドラーの多くが自らの怠慢故に手も足も出なかったあの戦いで、指揮を取っただけでも大した功績だ。
 しかし──

「彼女の指揮については、北部戦線におられた方ほどよく知っていると思います」

 レーナは、ひとつ間を置いて、告げた。

「彼女は、グランミュール陥落までの時間を"大幅に引き伸ばした"功労者です。彼女が指揮を取っていなければ、北部戦線は素通り状態で堕ち、八十五区内の防衛戦線を貼ることすら不可能だったでしょう」

 予想外の言葉に、室内が騒つく。しかし、互いが目を合わせる中、北部戦線出身者だけは神妙な顔をしていた。
 部隊配置や作戦についてなど、レーナは淡々と必要事項を述べていく。その説明に新たに加わった二人は能面のままで。
 逆にその冷徹とも言える顔に平静を取り戻した面々は、黙したまま彼女の話を聞いた。


「──で、どういうことなの」

 三十分後、レイネシア・フォンベルクとニコ・クロノスが基地案内のため案内役の隊員に連れられて退室したため、面々は上官二人にさっそく質問を投げた。
 クレナの質問に「どれから聞きたいの?」と、グレーテが逆に問いかけたため、「いろいろあるが」とシンが続ける。
 
「あの少佐は元ハンドラーなんですよね。ならば何故戦隊長に?」

 もっともな質問に同意するように、全員の視線がグレーテに注がれた。
 元ハンドラー。プロセッサーを管理し、指示を出す立場だったのなら、打撃群にくるにせよ管制側にいないのはおかしいだろう。副官として総指揮官のレーナのサポートに回るのが最善だ。
 シンの問いかけにグレーテは肩をすくめる。

「レギンレイヴの技術訓練、模擬戦闘、国境沿いでの実戦試験を全てパスしているの。ハンドラーとしての経験を踏まえれば、駒として動くよりは指揮車両でミリーゼ大佐の管制補佐が妥当なんだけれど、本人の強い意向があってね」
「意向?」
「前線、しかもこの第八十六独立機動打撃群第一機甲グループへの配属希望。管制官としての配属なら共和国の正規軍に残ると」

 深いため息を吐いたグレーテに代わり、レーナが資料に視線を落として続ける。

「初めは、第八戦隊の戦隊長は彼女が直接指揮していた戦隊のニコ・クロノス少尉を指名していたんですが、少尉の方から辞退されたんです。自分が上になるなら、共和国へ帰るとまで言われたので…」
「そう言われたら、意向をのむしかないでしよう? ハンドラーとして指揮していた経験を踏まえると、一兵卒より戦隊長が適任。下に就くことで、いざ戦闘の時に指示系統が乱れる方が厄介なんだから」

 グレーテの言う通り、ハンドラーとして率いていた部隊があり、部隊員が戦隊長として認めている以上、他の隊員を上に上げれば混乱を来す。コンマ一秒が命取りの戦場で的確な判断を下す人間が戦隊に二人もいては、官制からの指示も通りづらい。
 理屈としては理解できる。
 しかし、納得がいくかといえばそうではない。

「……ところでさ、アイツがどんだけ凄いか私達は知らないんだけど」

 上がった眦をレーナに向けたのはクレナだ。
 クレナ含めたスピアヘッド戦隊の面々はレーナ以外にそこまで有能な指揮官がいたとは聞いたことがなく、彼女の功績をにわかに信じがたいといった相貌だった。
 不審と不快が入り混じった視線を受けたレーナは、在りし日の過去を追想するように目を細めた。

「大攻勢で北部戦線が破られた際、第一戦区第一防衛戦隊が突破されたことにいち早く気付いたのが彼女でした。大規模侵攻と判断し、迎撃砲と誘導ミサイルで地雷原を爆破しつつレギオンをけん制し、各戦隊が後退できる退路を確保。一級河川にかかる橋を爆破しながら、侵攻も収容所の人々を救出する時間も稼ぎました」
「……待てよ。迎撃砲と誘導弾はほぼ不発だったはずだろ」

 ろくな整備も改修もしていない迎撃砲と誘導弾は作動率が三割という欠陥品だった。しょせんは、自分達の身を守る盾すら整備できないのが白系種だと嘲笑を向けられていたはずだ。
 しかし、レーナは首を振る。
 
「彼女が担っていた北部戦線では、全区域の誘導弾と迎撃砲の不良品改修、及び整備がされていたんです。手動での制御切り替えもできるようになってました」
「……いやいや。制御切り替えって、レーナだってアネットに頼んでやっとできたことなんでしょ? それをやってたって、なんなの、アイツ」

 軍上層部へ整備改修を申し出たところで意味はない。無駄な予算を回すなと睨まれて終わりだ。だからこそ、レーナはアネットに根回しして、システムへの関与をしていたのだ。
 いったい何をどうやれば、そんな芸当が可能なのか。不審から純粋な疑問へと変化した面々の視線に、しかしレーナは首を振った。

「詳細は分かりません…。彼女が軍に入ったのが六年前でその時は輸送部隊にいました。数ヶ月でハンドラーへの転属願を出して、以後、北部戦線のハンドラーとして長年勤められたようですが、特段懇意にしている軍幹部も聞いたことがないんです」
「けれど、自身の担当区域の迎撃砲と誘導弾の手動制御への切り替えが可能ということは、システムへのアクセスコードを事前に入手していたということでしょう。それは一兵卒や、いち研究員程度の知り合いがいた、とかでは不可能では?」

 シンの指摘にレーナが押し黙る。
 システムへのアクセス権限はいくら管理体制が杜撰な共和国正規軍でも、それなりに厳重だ。自らを守る為に、というよりは勝手をすることで他隊からの苦情を受けないために、だが、軍の体を成していないとはいえアクセス権限が左官に与えられているとは考えにくい。
 不可解な彼女の過去に、レーナ自身も疑問が多いのか、手にした資料を首を捻って見る。

「彼女は、私のようにその、軍規を無視……少し見なかったフリをして権限を手に入れたというわけではなく、あくまで"上のお墨付き"であの地域での誘導弾と迎撃砲の使用権限を委譲されていました。内部資料も残されていましたが、事由の箇所には《防衛任務のため》としか書かれておらず、何故認可が降りたのか私にも分からなくて」

 レーナの説明に、一堂は気難しげに唸った。
 貴族出のレーナができなかったことが、何故、いち左官に可能だったのか。実は政界に親類がいるのか。

「そういえばライデンは北部戦線に昔いたことあったでしょ? なんか聞いたことないの?」

 ふと、セオが思い出したようにライデンに尋ねると、彼が僅かに唇を引き結んだ。が、直ぐに肩をすくめる。

「知らねぇな。ミチヒは北部戦線出身だろ。なんか知らないのか」
「……詳しくは分からないのです。戦線では有名なハンドラーだったのですが、私は指揮下に入ったことがないので。ただ、かなり多くの戦隊が彼女の指揮下に入り、防衛拠点を築いて戦っていました」 
「…本当に何モンなのよ、あの女」

 ますます眉を顰めたクレナに同調し、各人がうん、と唸る。
 新たに加わる戦隊員達に一抹の不安を覚えるが、しかし人手不足の部隊に八十六区の戦場を生き抜いたプロセッサーは貴重だ。連邦にとっても、正規の軍人が失われるより遥かに都合が良い。
 全員が気難しい顔を崩さず、しかし納得する以外の道はなかった。






トップページへ  リンク文字