ある青年が知りたい真実
そのハンドラーは"機械人形"と呼ばれていた。白系種、エイティシックス双方に向ける能面から、畏怖を込めて付けられた、二つ名だ。
彼女の部隊の再編率は著しく低く、優秀な管理者だったが、その佇まいと纏う空気は他を寄せ付けず、ただ職務を忠実にこなす姿はまるで憎き鈍色のレギオンのようだと謗られた。疲れを知らず、感情を表に出さず、エイティシックスにも白系種にも氷の表層を保ち続けた機械人形。
そのハンドラーは、部隊の再編があると必ず部品の管理に行った。再編後の人員を確実に管理するために顔を見る。そして、入念に照会任務に行かせた。地形だけでなく、廃墟と化した街を歩かせ、凡ゆる戦場を確認させた。
プロセッサー達は疑問を持ちつつ、しかし命令には従わざるをえない。徒労に終わることは目に見えていると憤懣を抱えながら任務に当たった彼らだったが、しかしその認識は覆る。
プロセッサー達の証言によると、ハンドラーの指示は的確"すぎた"という。電子地図を参照しているとのことだったが、あるプロセッサーは口にした。
"まるで、同じ景色を見ているみたいだ"
死角からの敵の出現、長距離砲、上空からの急襲。凡そ新兵なら把握する間もなく命を落とす場面で、ハンドラーは咄嗟の指示で幾度も彼らを救った。出現間近、着弾前に回避と迎撃の指示を出し、さらに付近の建物を障壁にして撤退ルートも示す。新兵達は指示に従い行動することで反復し、学習していく。戦時下の新兵にされるべき教育が、そこでは為されていた。
まるで同じ景色を見て、指導する教官のように。
「──本当に同一人物かよ」
夜半の自室で身をベッドに投げながら、ライデンはひとりごちた。片手を瞼の上に乗せて、ひとつ深くため息を吐く。
レイネシア・フォンベルクが第八十六独立機動打撃群に配属されてはや一週間。共和国第一区以北の奪還任務を進める中、ライデン達、元エイティシックス達が危惧するような出来事は起きていない。即ち、指揮の不備や戦闘技術の未熟さ、といった、部隊指揮に関わる類の懸念だ。
レイネシア・フォンベルクは共和国軍人として、また元ハンドラーとしては異質だった。それほどまでに、彼女のレギンレイヴの操縦は巧みだった。それは、戦隊総隊長のシンすら認めた。
『動きに鈍さはあるが、反応は異様に速い』
シン含めたエイティシックス達の評価は概ね似たようなものだった。
反応速度の異常さ。ライデン自身も感じた、彼女の特異性だ。
それは他のエイティシックス達も口を揃えた。見えている景色が違いすぎる、と。
実際、市街地区画の奪還任務中、スピアヘッド戦隊とヘイムダル戦隊が当該地区の『黒羊』掃討任務に就いた時、ライデン自身も彼女の反応に助けられた。ビル内にいた斥候型に気付かず、射線状に飛び出しかけた刹那、彼女とシンから同時に『待て』が入ったのだ。
彼女の位置から、ライデンの姿は見えていなかった。各ビル内の潜伏勢力の掃討をしていたヘイムダルから外のライデン達が見えるはずがない。シンと同タイミングで警戒を伝えられるなど、常人では考えられない芸当で。
故に戦闘終了後にライデンは彼女に質した。が、彼女は「砲口とモニターの位置を見れば分かる」と言葉少なに答えただけだった。
空間把握能力に特化しているのか。それにしても見えすぎているというのが、正直な感想だ。まるで──
「……だあぁ、もうめんどくせぇな」
錯綜する思考にしゃがれた声が漏れた。
考えたところで詮無く、堂々巡りになることは明白だ。現状、運用に特段の問題は見受けられないのならそれを受け入れるのが最善で。
「──隊長のこと、ですか」
というのに、ライデンの足は気付けば部屋を離れて、第八戦隊の隊員のところにあった。
貴重な休み時間に何の用だと追い返されず、部屋にまで招き入れられたのは幾度か任務中に援護した相手だからだ。ライデンより歳が下の、おそらくリトと同じくらいの、少年と言える面立ちの隊員だった。
「隊長のこと気になるなんて、なんなの。好きなの?」
「おいこら、失礼だろ」
「うっさいな。アンタも気になったんでしょ」
招き入れられたライデンを迎えたのは、彼一人ではなくもう一人。快活に笑う、少女といえる歳の隊員で、同じく第八戦隊所属のプロセッサーだ。何故、この部屋にいるのかと問い質せば、暇だから、とあっけらかんとした答えが返ってきて。
軍規の二文字はとりあえず脇に置いといた。
「気になるっつーか、経歴やらなんやら分かんねぇことが多いんだよ。同じ戦場にいる以上、情報は多い方がいい」
それらしい理由を並べてみれば二人は納得したようで。面立ちに違わず素直な奴らだと、内心、頬を緩める。
ドア近くの椅子を引き、座ったライデンに、少年は「話すことってほどでもないですけど」と前置きして、語り始めた。
「俺がヘイムダルに行ったのは大攻勢より一年くらい前かな。こいつも同じ時に来ました」
「スレッジハマーに行かされると思ってたけど、まぁ前座みたいなもんだろうね」
既に《号持ち》になっていた彼らが行き着く先は第一戦区第一戦隊、エイティシックス達の処刑場だ。北部戦線はスレッジハマー戦隊だが、大攻勢時に全滅している。
幸いなことにその前に彼らが送られたのが、レイネシア・フォンベルクの部隊、ヘイムダルだったという。
「着任早々、輸送機に同乗してあたしらを見に来てさ。噂には聞いてたけど、本当に来るんだ、てびびったよね」
「しかも、無愛想どころじゃなかったもんな。人形かよ、てレベルで喜怒哀楽一才なし」
「顔見て、名前聞いてそれで終わり。何しに来たの、て感じでさ」
それは、初対面の時はさぞ不満に思ったろう。
苦い顔をしたライデンに気付き、「そりゃ、最初はむかつきましたよ」と少年は苦笑し、同意するように隣の少女も頷く。
しかしそれは一瞬で、ふと、目を細め、彼はぽつりと紡いだ。
「けど俺は、何度かあの人に救われたんです」
「救われた?」
「はい。俺だけじゃなくて」
「あたしも。何度かどころかじゃないよ」
へらりと、苦笑い。緩んだ目元が、二人が彼女に抱く感情を物語っている。憧憬、信頼、尊敬。エイティシックスならば凡そ白系種には向けないであろう感情がそこにはあった。
二人曰く、彼女の部隊は練度が異様に高かった。戦隊長のニコ・クロノス中尉を筆頭に、小隊長から一兵卒まで。全員が《号持ち》なだけもあるが、それ以上に驚愕したのが、ハンドラーとして指揮管制を担っていた、彼女だ。
「着任してそう日が経ってなくて、まだあの人のこと信用してなかった頃、俺より二歳歳上のプロセッサーが、湿原に隠れてた戦車型からの砲撃で動けなくなったんです」
ぽつり、ぽつりと語る彼は、在りし日を振り返るように虚空を見つめる。
「俺はその人を助けようとして、間に合うと思って突っ込もうとしたんです。けど、頑として、行くな、て突っぱねられて。見殺しにするのか、て俺は叫んだんすけど、違ったんですよね」
知っている。ライデンは心内で頷いた。
それは、無慈悲な屑鉄共が何の感情を持たないことの証左──《友釣り》だ。
「いつもなら分かったけど、遠距離砲が近くに着弾した影響で機器がバグって、近接猟兵型が数体いたことに気づかなかったんです。けど、あの人には分かってた」
「ニコさんも他のプロセッサーも指示に従ったけどあたしらは納得できなくて。なんでこんな白ブタの言うこと聞くんだと思ったけど、助けようとした奴からパラレイド越しに妙なこと聞いたから、踏み止まれたの」
「妙なこと?」
片眉をあげたライデンに、少女はひとつ目を閉じて、答えた。
「あの人が一緒だから、こわくない、て」
少女の言葉にライデンはますます混乱した。
知覚同調で繋がってはいるが、一緒、とはどういうことか。
訊こうとしたライデンだったが、少女は首を振る。
「結局、あたし達も何のことか分かんなかった。けど、その人は笑ってたの」
《側にいてくれるから、大丈夫。あの人が、一緒》
「……最期は知覚同調切られて、繋がってたのは確かニコさんと隊長とその人だけだった。何を話したか分からないけど、後で聞いたら《ちゃんと、逝けた》て」
「あれ結局、よく分からなかったよな」と話す二人に、ライデンは思案顔になる。
《友釣り》を見抜き、静止を命令する素早さ。管制モニター越しにしか見えないはずの視界で、現場にいるかのような判断にはやはり首を捻る。戦隊長として側にいるのなら直ぐに指示を飛ばせるのは理解できるが、彼女の管制スペースは遥か百キロ以上先だ。
死の間際に、側にいる、というのも一体どういうことなのか。同調を切らなければ確かに音でつながることはできるが。
(……わけわかんねぇな)
考えれば考えるほど深みに嵌っていく。謎めいた言動があまりにも多い。
が、それでも彼女の隊のプロセッサーらは全員が彼女を慕い、大攻勢時もその指揮下で戦った。命を助けられた、というのは一度や二度ではないからこそ、不信は信頼に変化したのだろう。
彼らは皆、機械人形、と揶揄され、畏れられる彼女に命を預けた。
どれだけ、その表層が氷を保っていても。
《また、どこかで》
けれど、ふと、ライデンの脳裏に過ったのは、かつての彼女の相貌だ。
数度の邂逅の後の別れの時、彼女は自分に微笑んでいた。隔意を示した自分に、淡く。
その性状を、ライデンは忘れたことはない。
「……お前達が出会った時から、あんな感じなんだよな、アイツ」
「あんな感じ?」
「事務的っつーか……」
ライデンが出会った六年前には墓の前で佇立し、去り際に微笑んだ彼女が、人格が入れ替わったかのように能面を常に貼り付けている。
何があったのか。
どうしてそうなったのか。
「まぁ、めちゃくちゃ無愛想だし、馴れ合ったりはしないけど、あれが普通だもんね」
「俺達にとってはまぁ、な。再編成の時ぐらいしかこっちに来ないし」
それでも、やはり彼らにとってはそれこそが彼女で。
予想通りの答えに頭を掻いたライデンは、しかし彼の言葉に気づきを覚える。
俺達にとっては──
「……なぁ、あの隊で歴が一番長い奴って」
「──何をしている」
ドアが開く音と同時に、低く地を這うような声が三人の鼓膜を揺らした。
びくりと体を揺らした少年と少女の顔がみるみる青ざめていく様を見て、ライデンはゆったりと視線をドアへスライドさせる。
「……邪魔して悪いな、クロノス中尉殿」
入室した赤毛の青年──ニコ・クロノス第八戦隊副長を見遣り、ライデンは戯けた調子で挨拶した。