ある少女が気づいた真実



 管制官の任務は、見渡すことだ。戦況を、戦局を見渡し、分析し、最適解を最短で導き出すことだ。戦場に出て兵器を駆ることはできないが、指揮官として最善の道を示す。それが、管制官の務めだ。
 故にレーナは、ずっと胸につっかえた違和感を拭うことができていなかった。

「──フォンベルク少佐。貴女は何故、この部隊に志願されたのですか」

 凛と、自分の声だけが室内に響く。複数あるブリーフィングルームの一つで次の作戦概要を説明し終えたレーナは、散り散りに去る隊員の中で、彼女だけを呼び止めた。他の面々が好奇の目を向ける中、それでも努めて平静を保って。
 二人きりになった部屋で彼女は、レイネシア・フォンベルクは、レーナの問いに眉一つ動かさなかった。「何故、とは」と逆にレーナが問い返される。
 冷たく、静謐な佇まいに、ひとつ息を吐いて。

「連邦の保護下にある限り、共和国でも彼らは以前とは違う環境のはずです。師団隷下ではない独立大隊を率いていた貴女の下なら、なおさら」

 大攻勢前の彼女はヘイムダル戦隊を率いていた、いちハンドラーだったが、大攻勢時には大隊規模の兵員と共に北部戦線南方で防衛拠点を築き、八十五区内でも行政区の一部区画の奪還に成功している。軍令部上層部がケチをつけようもない功績だ。
 名誉ある白系種が、祖国防衛のために奮戦している。
 その白系種が率いる有色種ならば、たとえ穢らわしいエイティシックスであっても、目に見えた迫害行為を働くわけにもいかない。
 白ブタの態度はどうであれ、彼女は、補給も医療行為も受けられる環境下に隊員を置いてやれていた。
 ならば、何故、自らトップを退いて──

「わざわざ、この部隊を選んだのは……ノウゼン大尉の異能があるから、ですか」

 考えられる理由は、ひとつしかなかった。
 シンの異能は、一部のエイティシックス達の間では既知の事実だ。首無しの死神は死者の声が聞こえる、と囁かれていた以前と違い、連邦保護下に入り情報が共有されてからは、真実として伝えられている。
 故に、わざわざシンのいる機甲グループに転属願いを出すのは、相応の理由しか考えられない。

「……弔いたい人が、いるのですか…」

 ハンドラーの任を降りて戦場に出てまで成し遂げたい何かは、レーナにも覚えがあった。
 何年も、自らの兄を探し続けた哀しい死神の背が脳裏に浮かぶ。彼を知っているから、レーナもその可能性に思い至った。
 半ば確信を持った問いに──

「ミリーゼ大佐」

 玲瓏な、涼やかな声がレーナの耳朶を打つ。
 目の前の彼女は、レーナを正視して、表層を変えずに紡いだ。

「貴女がいてくれて良かった。貴女のような優秀な指揮官が後進として出てきてくれたことは、私にとって僥倖だった」

 瞳が、僅かに憂いを帯びて。
 静かに瞼を伏せた彼女は、ひとつ息をゆっくり吸って、口元を歪めた。

「私は、私の罪を確認しにいきたいだけです」

 仄暗い光しか見えない眼は、レーナを映しているのに決してレーナを《見ていない》。どこか、違う人を見ているようで。
 
「っ、貴女はっ……その人を弔ったら、どうするのですか!」

 思わず、レーナは声を荒げた。
 知っている。レーナは、かつて兄を弔うためだけに生きて、そして死に魅入られた死神を知っている。
 深い悔恨が心の奥底に根付いて、自分でも取り除けない、その、感情を見てきた。
 同じなのだ。己の贖罪のために、最愛の人を討つ姿をレーナは見たことがある。
 それは哀しく、そして──

「──なら、貴女ならどうしますか、大佐」

 ヒュ、と息を呑むほど慄然とする声音がレーナの体を震わせた。
 彼女の瞳を、正視する。

「弔える状況を前にしたら、貴女ならどうしますか」
「……それ、は」
「先のことを考えられるほど、この世界は人に優しくないでしょう。ハンドラーとして彼らを率いた貴女なら、明日を見る儚さをよくご存知のはずです」

 知っている。確かに、同じ立ち位置にいたレーナは痛いほどよく分かっている。
 いつ死ぬか、いつ動かなくなるか。生と死が隣り合わせで、ふとした綻びが死を呼び寄せる。それが、レーナ達の生きる世界だ。壁の中では華やかに、嫋やかに暮らしながら一歩外に出れば、全てが朱に染まる残酷な世界。投降の許されぬ戦場では、生きる以外の選択は死しかないのだ。
 明日など、見る余裕もない。明日が来るかも分からない。

(……分かります、分かっていますが)

 千載一遇の機会を逃したくない気持ちは理解できる。しかし、納得は到底できるものではなくて。
 それでも、納得せざるを得ない問いかけが、レーナを貫く。

「貴女の騎士──アンダーテイカーが本当に首無しになって現れたら」
「!」
「貴女は……どうしますか?」

 息が止まりそうな、凄絶なほど酷薄の、笑み。多くの死を見てきたもの特有の瞳を、彼女はレーナに向けた。
 脆い部分にナイフを突き立てるような、問いかけに、レーナは、何一つ返すことができなかった。





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