11:逢引

「えっと、甘利さん」
「んー?」
「これはどういう」
「えー、見てわかんない?」
「理解しかねます」
「デートだよ、デート」

可愛らしいフリルのスカート髪は綺麗にまとめあげられ、飾りがあしらわれたブラウス。
目の前で眉尻を上げて抗議の目を向ける千歳に甘利はニコニコと笑い「いやぁ楽しいね」と満足そうに頷いた。


波多野がしてやられた一件が契機となり、甘利の中で千歳に対する興味が湧いた。

本来、千歳という人間は異質だった。周りから異端児扱いされていた甘利でさえそう思ったのだから他のメンバーもそう感じていただろう。

選抜試験の時に結城中佐の傍にいた千歳に甘利が抱いた最初の印象は、人形、だった。結城中佐の言葉に忠実に動く人形、その感情は他に向けられることがなく、自分たちを見ている彼女の瞳に自分達を見ることはできなかった。彼女の瞳が映すのは、結城中佐のみだった。

一度だけ甘利はちょっかいをかけたことがある。いつものゲームに彼女を招こうとした。日々自分達の世話をこなす彼女に声をかけると、彼女はまたあの、自分達を映さない瞳、を向けて言い放った。

『参加しても意味はないので』

気に入らなかった。というよりは居心地が悪かった。今まで自分達に向けられていた奇異の目とは違う、完全に自分達を映していないのに自分達を観察する目。
必然的に自分達と彼女は関わらない存在となった。こちらは、無き者として、彼女を見た。人ではない何かだと。彼女自身、それになんの感情も抱いていなかっただろう。

(俺たちも相当だけどこの子も相当だったよな)

目の前で自分の服装に居心地悪そうに佇む彼女を見て思わず苦笑する。

彼らと彼女の間に変化が現れたのはある訓練か境だった。
自白剤投与の訓練。甘利達は講義で表層と深層のことはあらかじめ頭に入れていたが、実践となると違った。数時間ももたなかった。次々に床へと這いつくばり、言うことを聞かない思考と身体を操ろうともがいた。
しかし、結城中佐はそんな彼らを見て一言。

『立て』

当たり前だ。
その一言に全員が奮い立った。悔しい、まだ出来る、極限の状態で様々な感情が表に出ただろう。
中佐ができて自分達に出来ないはずがないと。

甘利は立ち上がり、椅子へと戻ろうとした。その際視界の端に結城中佐を見た。その口元には、笑み。

そして一瞬だ、中佐は彼女を見やりそして

(笑った?)

いつもの笑みだ、しかしどこか違った。その視線も直ぐにこちらへと戻る。
朦朧とする意識の中で甘利はその奇妙なワンシーンが頭に残った。

そこからだ。彼女の瞳に自分達が映るようになったのは。
言動は変わらない、相変わらず表情も変えないし愛想もない、一歩下がった場所から見るだけだ。しかし確実に彼女は自分達に目を向けるようになった。

神永が提案したあのゲームにより甘利が感じていた彼女の変化は確実なものに変わった。おそらく、神永も感じていたのだろうあの変化を。ゲームはその変化を確かめるための手段だったのかもしれない。本人が何も言わないので、これは甘利の推測でしかないが。

些細でしかない変化。しかし、

『甘利さん』

甘利は欲求に従った。
もっと、多くの顔を見てみたいと。


カフェ街への尾行任務という名目で、千歳を呼び出し着替えさせた。男女の多い地区のためペアで行くほうが都合が良い、洒落たとこに行くなら着替えたほうがいいと、彼女を言いくるめ街は繰り出す。もちろん任務というのは口実だ。
繰り出した先、任務なんてものはないので彼女とふらふらと街中を散歩する。流石に騙されたとわかったのか、千歳は明らかに帰りたそうな雰囲気を放ち始めた。
若い女の子が好む装飾品にも服にも一切目をやらない。ただ、面倒くさそうに周りを見ながら歩いていた。

「欲しいもんとかないの?」

甘利がそう聞けば、首を横に振る。

「興味がないので。それより、いつまで続けるんですか?」

用がないなら帰してくれと暗に訴える彼女に、甘利は紳士的な笑みを向ける。

「俺の気がすむまでかな」
「帰りますよ」
「冗談冗談」

そんなに怒らないで、と苦笑する甘利を見て千歳は盛大にため息をついた。ちらりと甘利を見遣り呆れたように口を開く。

「用もないのに私を連れてはこないでしょう?早く話してください」

そして真偽を確かめるような目を千歳は甘利に向けた。彼女のそんな発言に甘利はニヤリと笑った。

「わかってないなー千歳ちゃん」
「?」

怪訝そうな表情を浮かべた千歳の手を甘利は掴むとなんとそのままずんずんと近くのデパートメントの中へと歩みを進めていった。

「わっ、甘利さんっ」
「確かに俺は用もないのに呼び出さないけどさ、」

歩きながら振り返り千歳に片目をつぶって笑いかけた。

「君のことを知りたい、て立派な理由があるんだよ?」

何言ってるんだという風な表情になる千歳を尻目に甘利は歩みを進める。デパートメントの中には女性が好みそうな装飾品の売り場や宝石品など目新しいものがゴロゴロしていた。
鼻歌を歌いながらしかし手を離さない甘利に諦めたのか千歳は大人しく周りを観察し始めた。

「普段来ないだろ?」
「必要な時がなかなかないので」
「千歳ちゃんはもっと着飾ればいいんだよ。女性は自分を美しくしてなんぼだよ?」
「普段から着飾る必要はないでしょう」

呆れたような目線を向けられ甘利は、つれないなぁ、と肩をすくめた。
2人の目の前に広がる髪留めや装飾品、かんざしなどもある。女性が好みそうな色や形様々でちらほらと男性客が女性客に買っている姿もあった。

興味なさそうにそれらを見ていた千歳がふとあるものを手に取った。
甘利がちらっと見れば、紅色を基調にした簪だ。丸玉が付いているシンプルな物。

「気に入ったの?」
「いえ、装飾が細かったので何が描かれているのかと」

それは気に入ったというんじゃないかと甘利は感じたが、熱心に簪を見つめる千歳を見てまぁいいかと口をつぐむ。

2人きりでこんな時間を過ごすのは初めてだ。半ば強引に誘ったが、それでもこんな顔が見れるのは役得だろう。
人形だった彼女の変化。

(結城中佐は何を考えてるんだろうな)

常に冷徹な眼光と無感情な声の魔王を脳裏に思い浮かべる。あの魔王が見せた笑み。あの笑みを見た日から変わった彼女。
そもそも、彼女は彼にとって何者なのだろうか。
今まで気にかけてこなかった疑問が甘利の中に次々と現れていく。しかし答えはきっと出ない。あの魔王である結城中佐はそんなことを悟られるような人ではない。

「甘利さん?」

気づけば、千歳が不思議そうに甘利の顔を覗き込んでいた。考え込みすぎたと甘利は自省する。

「ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
「珍しいですね、こんなところで」
「俺にだって色々あるんだよ」

そう言って甘利は彼女が手に取っていた簪をひょいと抜き取った。唐突なことに千歳は目を瞬かせる。

「あの」
「買ってくるね」
「え、いいです!必要じゃないですし」
「いいのいいの」
「甘利さんっ」

慌てふためき取り返そうと手を伸ばす千歳に、甘利はニヒルな笑みを浮かべその頭を優しく撫でた。

「頑張り屋さんの千歳ちゃんに、ささやかなプレゼントだよ」

そう言って甘利は足早に会計場へと向かった。残された千歳は困った顔を浮かべていたが諦めたのか、再び装飾品を眺め始めた。
甘利が会計を手早く済ませてそんな彼女の元へ向かえば、すみませんありがとうございます、と開口一番にそう言われる。気にするなと頭を再度撫でると、行こうかと促し外に出た。

2人並んで街中を歩く。はたから見れば男女のそれだろう。甘利は先ほど買った簪を手に取り、千歳に後ろを向くよう指示をした。

「付けてあげる」

貰った手前仕方ないと千歳は素直に整えられた頭を差し出す。そこに甘利が簪をさせば鮮やかな紅色が艶のある髪によく映えた。

「うん、可愛いね」

満足気にそういう甘利に千歳は苦笑した。

「甘利さん誰に対しても言ってそうですね」

いつか刺されますよ?なんて冗談を千歳が言うものだから思わず笑みが漏れる。
彼女はこんな冗談もいう子なのだ、と。
こう見ていれば普通の女性だ。けれど、彼女はこちら側の。

「甘利さん」

甘利が思考していると、千歳が彼を呼んだ。なんだい、と甘利はほがらかな笑みを返した。


「ありがとうございます」


いや、違うな。

その笑顔を見て甘利は首を振った。どういたしまして、とハットをかぶり直して彼女の横を歩く。



(あの笑顔は、)



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