12:見解

「作り方を教えてくれ」

その言葉に千歳は目の前の人物を驚いた顔で見た。
長身の眠そうな目が自分に向けられている。珍しいこともあるものだ。
千歳の前に立つ無口で寡黙な彼、福本は料理が得意だ。炊事場に立つ千歳の代わりにいつの間にか料理を作っていることがある。他のメンバーにもすこぶる好評でリクエストがある程だ。

「先日のパンケーキですよね?」

つい先日作ったものだ。恐らくそのことだろうと思い問いかければ、福本は無言で頷く。

(器用な方だからすぐにコツを掴まれそう)

メモを渡す必要もない。自分が頭に入れた内容だ。彼も同じことができる。「まずはですね、」と千歳が口を開こうとすると、福本はスッと右手の手のひらを前に出して静止のポーズをとった。再び、きょとんとした表情で千歳は目の前のその手を見つめる。

「?、あの」
「作りながら教えてくれ」
「作りながら?」
「作りながらだ」
「実演すればいいんですか?」

そうだというふうに福本は頷く。
合理性を追求する彼らの気質からして、実演で教えるという時間の無駄を選ぶことに千歳は、明日槍でも降りそう、などと突拍子もないこと思ってしまった。口頭で言えば数分で済むことだ。
しかし、彼の性格からして他人をからかうことなどしない。至極真面目に教えを乞うてるのは分かっている。

(珍しいけれど、なんだろう)

少しだけ。胸の内がソワソワする気分。形容しがたい感覚だ。
千歳は自分より数十センチ背の高い彼を見た。

ほんの少し、興味がわいた。

「福本さん」

ぱん、と両手を叩き提案した。

「一緒に作りましょう」


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実演を頼んだのはなんとなく、だ。
福本は横で卵を割りかき混ぜる千歳を見ながら先日の一件のことを思い出していた。
波多野が彼女にしてやられたあの時、甘利以外のメンバーも扉の外にいた。甘利が出てきた一瞬見えた彼女の表情が福本の目に焼きついた。
彼が見てきた、自分達を観察する傍観者としての瞳ではないまた別の瞳。

「どうかされました?」

そう尋ねられ、福本は考え込みすぎたと反省する。少しぼう、としてしまっていた。

「なんでもない」
「そうですか」

そこで会話は途切れカチャカチャと作業音が響く。
パンケーキの作り方を教えてもらうのは言わずもがな口実だ。
彼女と自分たちの間には何もなかった。むしろ感情としてはマイナスに近かったものがある。しかし、ある訓練からそれが変わり始めた。

(柔らかくなったな)

手際よく作業をこなす彼女は自分どこか楽しそうだ。
パンケーキというものは存外早く出来るものでつくり方さえわかってしまえば手間はかからなかった。
フライパンでくるりとひっくり返せば甘い良い香りが鼻を抜ける。

「お上手ですね」

目を瞬かせ感心する千歳に福本は思わず苦笑し、お前もできるだろう、と返した。
そんな福本の表情に千歳は今度は、ふふふ、と声を漏らす。何だと不思議そうな顔を向けた福本に千歳は、すみませんと口を開き、

「でも、福本さんもそんな表情されるんですね」

朗らかに笑った。

福本は目を瞬かせた。まただ、あの時と同じだ。
自分達を知りながら、その姿を純粋に見つめる目。自分達と同じようで、決定的に違うその目だ。
以前まではなかったものだ。

「……お前もだろう」
「え?」
「ここ最近、随分と顔が変わるようになった」

そんな表情、それを思っているのはお前だけじゃないと。福本は相変わらず表情の変わらない顔を向けた。
千歳は、目を見開いた後、そうですか、とその目を伏せた。その表情からは彼女の胸の内を伺うことはできない。

「そう見えるんですね」

ボソリと千歳は福本に聞くでもなく独りごちた。相変わらず大して表情は変わらない。
その言葉にどんな意味があるのか、福本には知る術はなかった。

自分の感情、感覚、それは自分で思うほど自分自身はわかっていないものだとよく言う。時に自分のことは自分以上に他人が知っていると言われるくらいだ。
人も世の中も常に変化していく。変わらないものなんてありえない。人の立ち位置、思い、それら全てが自分達にとってフィクションで変わらない本物などどこにもない。だからこそ、想いなどにとらわれることなく一つ一つの事象と自分の決断力を信じて生きる。

それは自分達にとって当たり前のことで、だからこそ、そんな自分達を知る彼女のあの目は福本にとって違和感でしかなかった。

「福本さんは、」

ふと、顔を上げた千歳は福本の顔を見て言葉を発した。
しかしそこまで言って千歳はその先の言葉を飲み込んだ。どうした、と聞く福本に、いえ、と歯切れの悪い答えを返す。

そんな彼女を見つめた後、福本は唐突に、出来上がったパンケーキを切ると千歳が作ったクリームを乗せ、

「千歳」
「はい?…ん」

彼女に食べさせた。
思わぬ行動に千歳は目を見開きながらも口は動かす。まるで小動物みたいだと福本は思わず笑みを浮かべた。
口元についたクリームをすくって舐めれば、すみません、と眉尻を下げて謝る。
本当にここ最近は様々な顔を見せてくれる。

「あの、福本さんいったい」

予想できない福本の行動に戸惑いの色を隠せない千歳の頭を福本は撫でた。

「悪くない」
「え」
「少なくとも俺はそう思う」

短く自らの見解を伝えると、福本は再び残りのパンケーキを焼き始めた。

「そうですか」

静かにしかしうっすらと笑みを浮かべて千歳はそう返した。

囚われるな。結城中佐が常々自分達に言う言葉だ。福本はちらりと千歳を見る。囚われるつもりはない。しかし、

(悪くない感覚だ)

不快ではないその感覚に薄く笑み浮かべ目の前のパンケーキをくるりと返した。


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見解


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