28:真実

初めの頃は何とも思っていなかった。
結城中佐の傍に座を構えていた彼女はまるで自分たちのことなど見えていないように虚ろな目をしていた。瞳は自分達を捉えているのに、三好はその中に自分の姿を見つけることができなかった。

人間とは他者を介して自己を認識するという。他者が写す自身を、その中にいる自身を見つけることで存在を確立するのだと。

その論理で行くならばこの女は人間ではない何か、いや


(人形か)


何故この魔王はこんな木偶の坊を側に置いているのか、そんな三好の関心事は日々の訓練に忙殺されていった。


変化の兆しが見えてきた頃に三好は物思いに耽る彼女を見つけた。訓練帰りに普段使われていない空き部屋の窓が開いているのが見えた為、興味本位で覗けばそこにいたのは月明かりに照らされた千歳だった。

考え事をしていた彼女の瞳には少しずつ、三好自身を見つけることができた。


D機関の人間は相手の中に見つけた自分から目を背けることで心を殺す。


千歳の中に見つけた自分に三好は少なからず居心地の悪さを感じた。
自分を映していなかった瞳が、自分を見ている事実にまるですべてを暴かれるような感覚に陥る。
そこを、何ともなく、切り抜け欺くのが自分達であるにも関わらずその不快感に眉を寄せたのを覚えている。


囚われない相手を見つめてしまう彼女にも、
囚われている彼女に触れてしまった自分にも、

居心地の悪さは拭えなかった。






(ここまでか)

物思いに耽ていた三好は浅い息を繰り返しながら目を閉じた。自分の今の現状は確認済みだ。マイクロフィルムの在り処は示してある、あの結城中佐なら問題ない。完璧な幕引きを迎える自分を褒めたい位だ。

ふと、先程まで思い浮かべていた彼女の姿を脳裏に写す。
魔王の人形から徐々に人へと昇華し、自分達に囚われながらもそれを受け入れた姿を、煩わしく思っていた時もあった。

自分達とは違う、ただの人間。


『少なくとも恋ではなかった』


純粋な興味だったのだ。あれ程まで結城中佐という人間に囚われていた人間が、人の心を学んでいく様は実に興味深かった。




コポリと右胸から鮮血が溢れ真っ白なシャツを染めていく。三好は眉を顰めた。そろそろだと。
最後に思い浮かべたのが、彼女の姿ということに三好は苦笑した。

死期が近づいていることは低下する体温と朦朧としていく意識が告げている。
自分は、真木克彦としてD機関のスパイとして生を全うできることに心の底からの達成感を感じていた。


しかし、同時に



(もう、いいだろう)



三好は薄れゆく意識の中で彼女を想った。






「本当の自分ですか?」

まだ桜並木に満開の桜が咲いていた頃、三好は彼女に尋ねていた。
真っ白なブラウスに青いスカート。いつも通りの服装で参謀本部の使いから帰っていた彼女と出くわし共に歩いていた時のことだった。

『本当の自分ってどんなものだと思いますか』

その問いに、千歳は相変わらず眉ひとつ動かさずに彼を見つめた。
質問の意図が分からなかったのか、促すようなその目に三好は肩を竦めた。

「要するに、貴方が見ている僕達に本当のことなんてありはしません」
「………」
「本当の僕達はどんな存在だと思うか、てことですよ」

戯けた調子で口角を上げる。

偽りの自分達に囚われ続けていた彼女に綻びを与えてみたかった、そんな純粋な興味。以前佐久間中尉に、ゲームの答えを導き出すようヒントを投げたようにその問いを投げれば彼女がどんな反応を示すのか気になった。

自分達の経歴を結城中佐同様知っている彼女なら面白い答えが返ってくるかもしれない。

答えを出すまでどれ程かかるだろうか、どんな回答が来るだろうか、三好は目を細めた、が


「どんな答えを期待しているかは知りませんけど、」


三好に彼女は向き直った。




「本当も何も、今のそれが貴方でしょう?」



はにかんだ笑顔。イタズラをする子どもに困った様に笑う、そんな表情だった。



「本物も、カバーも関係なく私が見る貴方が本当の貴方ですよ」



目を奪われた。その時、確かに自分はーーー





「千歳」


三好は遠い地にいる彼女の姿を掴む様に、虚空に手を伸ばした。


「幸せに、……」






『愛しい人よ』


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真実


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