4:思惑

「どうだった?」
「一瞬驚いてたみたいだけど全然表情かわんねーわ」
「鬼門だな」

「ありゃ相当骨折れるぞ」と甘利は田崎に苦笑した。

ことの発端は数時間前、昼食後の講義の後だ。その時の講義は、ちょうど女性の口説き方の雑学の授業だった。

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「千歳ってさ、男に言い寄られたらどんな反応すると思う?」

次の講義まで時間があり、各々好き勝手に過ごしていた中、三好と話していた神永が唐突にそう質問してきた。
神永のそんな発言にその場にいたD機関のメンバーが目を丸くした。
考えたこともなかったからだ。
千歳の経歴、年齢、名前は機関の誰も知らない。結城中佐のみが把握している極秘事項だ。
特に知らなくても支障はない。彼女は自らの職務を正確に迅速にやってのける。女伊達らに中々の腕前だと機関メンバーの間でも評判だ。

「必要あります?その情報」

実井がくだらなさそうに疑問を呈した。福本も同意見なのか微かに頷く。
トランプをつついていた田崎は、

「普通に動じないだろ。」

と至極真っ当な答えを返した。

自分達と同じ訓練を受けた彼女だ。たかが男に言い寄られたくらいで動じる輩ではない。
「だからこそだろ」と神永は面白そうに言う。

「男性に言い寄られる、もしくは男性を意識する時、女性はその男性に意識が向き少しの間でも無防備になる。彼女のそんなところ想像できます?」

三好のその言葉に「できねーだろ?」と神永が楽しそうに同意を求め、甘利と波多野も笑みを浮かべた。
先日、花街の上物を誰が落とすかのゲームをしたばかりだ。その時は甘利が一番を、二番目を神永が落とした。
リベンジというわけではないが、花街の上物以上に難関な相手を誰が攻略できるかはプライドの高い彼らの自負心をくすぐるには十分だった。

「僕は興味ないので」
「俺もだ」

不参加を表明したのは実井、小田切、福本、田崎。参加人数は4人となった。

「んじゃ、ルール決めようぜ」

甘利の一声で、参加メンバーが出したゲームの内容。

ターゲットがこちらの行動を意識し、その場にやってきた別のメンバーに気づかないことがゲームの達成条件。
判定はその場にやってくる役のメンバーがする。
やり方は自由。言葉でも行動でもとにかかく相手の意識を自分に向け、無防備な瞬間を作れば勝ち。

至極シンプルな、そして普通の女性ならいくらでも達成できそうな条件だった。
だが相手は同じ部類の人間だ。

「んじゃ、トップバッター俺な」
「えー甘利かよ」

名乗りを上げた甘利に波多野が不満を漏らす。

「この前のゲームの勝者ですし、まぁいいんじゃないですか?」
「逆に甘利で駄目なら俄然やる気でるわ」
「神永どう言う意味だそれ」

こうしてその場で決まった順番が、
甘利、神永、三好、波多野
という花街ゲームでの成績順だった。

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「で、甘利は撃沈したわけですね」
「なんかすげぇ安心したわ」
「お前らな」

深夜。街に出かけた8人は甘利の失敗話で盛り上がった。
色とりどりのネオンと、酒と女の匂いでわく花街。千歳のいない場所での作戦会議だ。

「ありゃ鬼門だぞ」
「甘利が焦ったんじゃないんですか」
「甘い言葉から触るのは常套手段だろ。あいつ、何やってんだ?て反応だったぞ」

取り付く島もねぇ、と肩をすくめた甘利にメンバー全員が思案する。
百戦錬磨、最速落としの甘利が言うことだ。取り付く島もないのは本当だろう。
だが、ここで諦めるのは己のプライドが許さない。
ここで落とせば、甘利より優秀だという証明にもなる。

大衆酒場の一角。
人間離れした化け物たちの奇妙な作戦会議は日付を超えるまで続けられた。

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思惑


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