6:結果

波多野が考えた作戦は至ってシンプルなものだった。甘言で入っても迫っても駄目なら、直接相手に触れてしまえ。
以前、波多野が花街の上物を落とす時に用いた戦法だった。
のらりくらりとかわされるなら、肌に直接触れて自分を感じさせる。
相手は女性、ましてや日本人女性は肌に触れられることは亭主以外にありえない。


「味見させてよ」

波多野にとって千歳が自分に差し出す前に、きちんと味見をすることは予想済みだった。几帳面な彼女のことだ、自分で味を見て大丈夫なら差し出すだろう。

千歳の手を握り、クリームをすくった指を口に含む。ぺろりと、指を舐めとると口の中に甘い味が広がった。

「うん、美味いな」

波多野がちらりと千歳を見れば、驚いたように見開いた目。
波多野とあった瞬間その目を右往左往させ、居た堪れないように顔を下に向けた。
勝った。そう波多野は感じた。
そしてあまり見ることのできない彼女の表情に少しばかりの満足感を得る。

(可愛い気のある顔もするんだな)

俯く彼女はどんな顔をしているだろう。
何食わぬ顔で、どうしたんだと、波多野はその顔を覗き込もうとした、が


「、っ?!」


それと同時に、今度は波多野が同じような表情をすることになった。

波多野に覗き込まれる前に顔を上げた千歳は彼のネクタイを引き寄せ、あろうことかその口に自らのそれを押し付けたのだ。
ペロリと、波多野が彼女の指を舐めたように口の中のクリームが舐め取られる。

一瞬だった。波多野が千歳を押し返す前に、彼女はネクタイを離す。
満足気な表情を浮かべた彼女は、

「ほんと、美味しいですね」

してやったりと、口元に手を当てて笑みを浮かべた。
その表情で、波多野は何が起きたのかを瞬時に悟った。


(やられた)


「甘利」

苛立ちを含めた声で波多野がそう呼べば、腹を抱えて笑いを堪えようとしている甘利が扉から入ってきた。今回のゲームの判定員だ。

「わりぃ。可愛い女性の頼みだったもんでな」

よく言う、と波多野は隠せぬ苛立ちを視線で表す。

よく考えれば不審な点はあったのだ。
昨夜の甘利の面白そうな顔。波多野が成功すれば自分の自負心を傷つけるであろう余裕な表情だった。あれは、ハナから失敗するとわかっていたのだ。
プライドの高い彼らが、簡単に難しいと口々に言うことも、普段作りもしない菓子を千歳が作ることも。
味見をするのに、几帳面な彼女が、スプーンなどを使わず、指ですくう動作をすることも、考えればおかしかった。
常人ならば気づかない、しかし、いつもの自分ならその違和感に気付けた。

慢心としか言いようがない。

波多野の隠せぬ苛立ちは、自分を売った甘利にではなく自分自身へのものだった。

「流石に気づいてるとは思ってたけどさ、まさか提案されるとは思ってなかったんだよな」

甘利が千歳に目配せすればクスクスと彼女は笑った。


『自信たっぷりな顔が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる瞬間に、興味はありませんか?』

それは、三好が失敗した後のことだった。講義室へと移動していた甘利に、訓練資料を渡しにきた彼女がそう囁いた。
ちらりと甘利が視線を向ければ、悪巧みをする子どものようにうすく笑う彼女がいた。

『何をすればいい?』

普段見ることのない彼女の表情に興味がわいた甘利はニヤリと笑いそう尋ねた。

『特には必要ないですけれど、皆さんである程度自負心をくすぐるようなことを言っておいてください。あといつ来られるかを』
『それだけか?』
『はい』


「実井さん、福本さん、小田切さん、田崎さんは興味なさそうでしたし、消去法で波多野さんということは把握していたので、あとは餌を用意するだけでした」

淡々と、しかしどこか楽しそうに千歳は語る。そんな彼女を甘利も楽しそうに見つめ、けど、と繋げた。

「意外だったよ。いつも興味なさそうにしてるから」

事実、彼女は必要最低限の会話はしても積極的に自分たちと関わらない。甘利のその発言に千歳自身も、そうですね、と返す。

「少しだけ、面白そうと思ったので」
「悪い顔をする千歳ちゃんも俺好みだけどな」
「ご冗談を」

2人のやりとりに波多野は頭を抱えた。踊らされていたのは自分だけだったのだ。おそらく、残りのメンバーもこの失態を見て笑っていたのだろう。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる波多野に甘利と千歳は困ったように笑った。

「さっさと復活しろよ」
「わかってる」

甘利の言葉に波多野がぶっきらぼうにそう返せば、肩をすくめて甘利はその場を後にした。これ以上彼の自負心を傷つけるのは意味のないことだ。

(私も長居しない方がいいかな)

あまり刺激しないように後片付けをしよう。そう思い千歳は作りたてのクリームを皿に移し、洗い物をするため流しに立った。
蛇口をひねり水を出し、食器を洗い始める。
カチャカチャと、食器が重なる音だけが部屋に響く中、はぁああ、と盛大なため息が千歳の後ろから聞こえた。

「……波多野さん?」

そのため息の後、洗い物をする千歳の隣に立ったのは先ほどまで苦い顔をしていた波多野。

「あの、」
「手伝う」

珍しい申し出に、今度こそ千歳は意外なことだと目をパチパチさせた。バツの悪さからだろうか、今他のメンバーに会いたくないからだろうか。
「何?」と千歳を見遣る波多野に、千歳は、いえ、と返す。
珍しいこともあるものだ、しかし

(たまには、いいかな)

そう内心思い、うっすらと笑みを浮かべながら千歳は奇妙なその状況に穏やかな心情を覚えた。

ーーー

結果


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