14.ほつれた糸
「片桐さんちには本当に世話になってんだよ、この土地のモンは。ワシらみたいな年寄りのための施設こしらえて来れて、ありがたい話だよ」

ケタケタ笑う老人に千歳は笑みを貼り付けて首を盾に動かした。さも感心している様を見せ付けながら口角を上に保ってはいるが、内心この日何度目かのため息を吐く。
どこまで行けどかの首長の風聞はなんともまぁ小綺麗なものだった。
彼は素晴らしい、私達のために色々な政策を立てて来れた、町の誇り。
仮に首長の人柄が人を惹きつけるものであったとしても、此処まで否定的な話を聞かないと逆に薄気味悪いものがあった。
ただ、今に至るまでの長さの中で目ぼしい成果を2人は挙げられていない。証拠がない現在、首長はこの事件においてなんの関係もない、シロということになる。

しかしながら、千歳は知っていた。

爆破予告のリストに名を連ねていたという一点において彼の身の潔白もまた、100パーセント証明されてはいない。ただの名前、無数にある名前の中のたった1つだとしても、だ。
犯人が愉快犯ではないというのなら、そこに名の載っている人物達には何かしらの意味があるのだ。

(でも、そうしたらあの人にも疑いの目を向ける必要がある)

千歳は老人の話を左から右に聞き流しながら、上司の相貌を思い浮かべた。
柔和な顔つきでカバーしてはいるが、彼には底知れない何かを感じていた。曖昧で不確かな印象の裏に、確かに感じていた蠢く闇の気配。
食えない人だ。しかし、だからこそあのリストに入っているという事実は妙に引っかかる。
何故、と疑問を重ねたところで現在持ち得る情報から答えは導き出せない。

老人の話を聞き流し、千歳は思考する。

「でも結構な額の工事ですから、業者も大変でしょうね」

隣の三好がさり気なく口にした呟きに、老人は更に声を大にした。

「工事はウチの会社がやってんだよ。凄いだろ?そんなに大きくない会社だけれど、まぁ片桐さんの為に頑張るさ」

流していた話から耳に入った得意げな声色に千歳はピタリと思考を止めた。僅かに瞳を見開き、息を呑む。
ちらり、と三好に視線を走らせれば、交錯したそれから彼の意図が伺えた。
千歳は老人に向き直ると、口元に綺麗な弧を描いて紡いだ。

「そうなんですか!凄いですね」


ーーどんな会社なんですか?


ーー


西から東へ。数日前は東から飛んだ鉄の翼は首都へと帰る。
茜色が地平線から真っ直ぐ伸び、真白の絨毯に色味を落としていた。このぶんだと、自宅へ着く頃には陽は落ちているだろう。D課の面々への報告は明日になりそうだ。
千歳は薄型のノートパソコンを取り出した。ディスプレイに映し出される文字の羅列はここ数日の記録を示していた。

(世話になっている、ね)

千歳は先だっての住民との会話を思い起こす。

人の良さそうな笑みを浮かべた老人は、千歳の問いにくしゃりと顔を弛めて話し始めた。
自分の勤めている建設会社は規模は小さいが地元に基盤があること、従業員は家族のように互いを大切にしている、など次々と聞いてもいない情報まで彼は答えてくれた。
口から溢れ出す情報に適当な相槌を打ちながら先を促す2人に、気を良くしたのか彼は得意げに胸を張った。

『ウチはね、行政の色んなモンを手掛けてんだよ。ハコモノなんて言われているけどおかげで地元の人間はメシが食えてるってもんだ』

そうだろう、と同意を求められた相貌に2人して爽やかな笑みを返す。
叩けば出てくる埃に煙たさを感じながらも、掴み取ることのできた情報に口元が歪められた。

「ご丁寧に名刺までくれましたね、あの男性」

ひらりと指の間に挟んだ四方系の厚紙を眺めながら三好が呟いた。くるくると回される紙に記されているのはひとつの建設会社。
笹島建設。創業30年の中小企業だが、主に行政のハコモノ受注で業績を上げてきたらしい。指定競争入札が取り沙汰される前に、行政に上手く取り入り潤ってきた企業だった。
大掛かりではない行政事業に関しても現在はそこそこの受注数がある。

「今は監査が厳しくなって、昔ほどの受注はないようですね」
「ハコモノ行政が叩かれるようになってからはおいそれと無駄に税金は使えませんから。それでも、他と比べたら此処の受注数はまずまずですよ」

タップしたフォルダを開けば、表示されたのは笹島建設の関わった年表ごとの公共事業の一覧。創業以来のこのデータを、老人はわざわざ職場から資料を取り出し、どうだ凄いだろう、と鼻高々に三好と千歳に見せつけてきた。
10数ページに及ぶ資料を一読した2人は、感嘆したかのような素振りを見せ、老人を転がした。

「少々話が長かったですが、収穫はありましたね」

三好はパソコン上にリスト化されたデータに、口角を上げる。かの老人も、一読しただけで全ての事業リストを頭に入れられるとは思ってもいないだろう。

「そうですね」

千歳は視線をリストに這わせる。
年表ごとの事業の羅列の中、最新のデータの前でカーソルが止まった。

行政主導の福祉事業所、かの議員の口から始まった事業、提言通りに申請された予算案と事業案。

点在していた事象が繋がりを見せ始める。
2人が追っている人物が絡む事業に笹島建設が関わっていた。

リストに目を通しながら、千歳は思案する。

「今回の福祉施設の建設は事業規模として笹島が出張るのは些か妙ですね」
「入札段階で、笹島以外の業社は業績不振と技術者不足が続いているような会社ばかりでしたが、しかしだからこそ」
「引っかかりますね」

ディスプレイに映し出された名前の羅列に千歳は目を細める。

「何故、辞退したんでしょう。明和工業は」

千歳の言葉に、三好が口元を歪めた。

事業規模に対して、笹島建設以上の業社が入札に参加していてもおかしくない事業。その中で唯一、業績、技術者共に笹島より上の企業があった。
明和工業。笹島建設と同じように、地元に基盤のある建設会社だ。創業から半世紀をつい先年迎え、建設事業の傍、自然エネルギー事業としてソーラーパネルなどにも手を出している。順調に業績を伸ばしている優良企業。
しかし、明和工業は入札参加後に辞退届を出していた。
辞退理由は、技術者の確保が叶わなかったこと、見積額が予定より上回ったなどが挙げられていた。公共事業以外にも、民間の受注もしている明和工業なら、技術者不足があっても不思議ではない。
それを言えば笹島建設の方が辞退をする理由が十二分にあったが、理由が明記されていれば行政としてもそれ以上踏み込むことはない。一企業の内部事情より、円滑な手続きの方が遥かに重要なのだ。

ただの一地方の公共事業として考えれば何事もなく見過ごす事案だった。明和工業の辞退理由も、笹島建設が代わりに受注するのも、地方企業の中では特に目を引くものではない。

しかし、と千歳は脳裏に思い浮かべる。

膨大な業種の人間の名前、連ねられたそこに記されていた、首長、議員の名。2人が関わる公共事業と不可解な入札。

考えられうる黒い可能性を真実とするためにはもう一歩踏み込まなくてはいけない。

「どう動くつもりですか」

愉快な声音で三好が千歳に問いかけた。
三好に一瞥もくれずに千歳は淡々と返す。

「組織というのは内部から崩せば脆いものです」
「協力者を作ると?」
「ええ。何にせよ、証拠がなければ動けないのが私達ですから」

例え99%の確信があっても、残りの1%、即ち証拠がなければその確信は無意味なものとなる。自分自身は客観的に分析しているつもりでも、憶測と先入観が入り混じり事実が歪曲されることは古今東西往々にあることなのだ。

100%の証拠を以て、任務は完遂する。そこには、私情も所感も何も必要ではない。
必要なのは己が手に入れた、事実のみ。

(……まるで、あの時みたい)

千歳の中に黒い記憶が蘇る。

漆黒の魔王と配下の名前のない化け物達。何も信じず、何にも囚われない人でなし達。
彼らはただ己が目で見た景色を、聞いた声をパズルピースのように組み合わせて世界を組み立てていた。一欠片の事象を繋ぎ合わせていく行為。
故に、いつだって彼らの世界は真実だった。何にも染まらず、囚われず、純粋に世界を見据えた瞳は化け物と呼ぶには美しすぎた。人を世界を感情を、あらゆるものを暴かんとするその存在に、『千歳』は畏怖の念を覚えていた。

彼らに対する畏れは、千歳に刻まれている。
千歳は傍らに座る彼に視線を向けた。

「……何ですか」

訝しげに眉を顰めた彼に、千歳はかぶりを振る。

「いいえ、何でもありません」

今も昔も彼は化け物なのか。

あの時を穿たれた己が身は考えることを止めさせてはくれない。


―――


ほつれた糸