「ハァア?!また俺の負けかよ!」
「神永ほんと単純だよな」
「ババ抜きで4連敗とかあり得ないですよね」
部屋に響いた神永の絶叫、続いて嘲笑を含めた波多野と実井の声。
警視庁の一角に位置するその部屋から聞こえた叫び声に佐久間は頭を抱えた。
警視庁特殊事件捜査部、通称D課。警視庁に幾多ある捜査班の中でも捜査権から執行権まで、幅広い権限を持つ特殊課だ。秘匿事項が多岐に渡り、捜査資料から課員の家族構成まで極秘扱いという異例の部署ということもあり、他の課からの評判はすこぶる悪い。
そんな、腫れ物、の課に佐久間が係長として赴任したのはついひと月前の事だった。春先の通常人事とは別の特例人事。嫌でも分かる、厄介者のお守りとして派遣されたのだと。
勤務中の私事などもはや慣れてしまった。やれ合コンのセッティングだ、やれポーカーだ、やれ飯を作るだ、警察学校で同期と共に厳しい訓練を受けてきた佐久間にとってその状況は到底受け入れ難く信じられないものだったが、
(……慣れとは怖いな)
これが日常となりつつあることに溜息しか出ない毎日だ。
また憂鬱な1日が始まる、佐久間の両足は、その事実に駄々をこねるようにピタリと地面に張り付いていた。
「おや、佐久間さんどうされたんです?」
部屋の前で足踏みしていた佐久間にかけられた声。佐久間はピクリと肩を震わすと緩慢に振り返った。人の良い笑み、警察官としては線の細い身体、男にしては赤すぎる唇の美男子。
「扉の前で固まらずにさっさと入れば良いでしょう」
三好、この美男子の名だ。佐久間の部下であるにも関わらずその捜査力、観察力洞察力、ありとあらゆる項目において佐久間はこの男に適う気などしなかった。
いや、と佐久間は首振る。適う気などしないのは、何も彼だけではない。先ほど部屋の中でババ抜きをして騒いでいた面々などにすら適う気などしなかった。
品行方正を全力で逆走する彼らだが、その能力は申し分ないものだったのだ。
「さ、行きますよ」
三好の訝しむ顔に押され、佐久間の両脚は観念したのか重々しい一歩を踏み出した。
「佐久間さァん、まだ新しい資料来ないんすかー」
「公安に頼んである。まだ待て」
「まーなくても問題ないですけどね」
ケラケラ笑う神永にうすら寒い笑みを浮かべて面々は同意する。始まりから佐久間は矢張り頭を抱えることになった。
薄暗い外光の入らない部屋に佐久間を含め大の男9人が面を合わせている。
聞くところによると、彼らは全員、警察学校の同期ということだ。男にしては華奢で童顔な実井と物腰柔らかで彫りの深い甘利の年齢が変わらない、という事実が佐久間には奇妙に感じられた。
警察学校時代の資料ぐらいあるだろう、そう思い佐久間は独自に彼らについて調べたことがある。が、矢張り彼らに関する一切の情報は掴めなかった。
謎多き秘匿性の高い奇人変人の巣窟、D課。
改めて、なぜ自分がそんな所に、と嘆息した時だった。
コンコンと扉からノック音。室内の視線が自然と其方にやられる。
佐久間は抱えていた頭を上げドアを開けた。
「依頼されていた四課からの資料です。」
膨大な紙の束を腕に抱えていたのは、小柄な女性だった。茶がかった眼、サラリと艶のある髪。端整な顔つきだが、印象に残りにくい造形が佐久間が初見で感じた印象だった。
真っ黒なスーツに身を包んだ彼女の瞳が佐久間を捉える。
刹那、『何か』が彼女と重なった。
ーー何だ?今のは
「……あの、どうかされましたか」
それはしかし一瞬だった。目の前に居るのは、眉を顰めた女性警察官だ。
佐久間は首振り、資料を受け取る。分厚いファイルにぎちりと挟み込まれた紙束から推測はできていたが、かなりの量だ。
「あぁ、すまない。にしても、凄い量だな」
「この2年で各課がマークした団体と個人リストですから。あと、要注意団体の活動内容と場所も入ってますのでご確認を」
淡々と女は必要事項を述べていく。一瞬佐久間と交錯した視線を外し、資料を見ながら口を動かさすその様はさながら有能なアンドロイドのようで、何とも居心地悪く佐久間は感じた。
「以上です、何かご質問は?」
耳に入る情報に注意を向けていなかった佐久間に女が話しかける。
思わず佐久間は居住まいを正した。
「あ、ぁあ!問題ない」
「では、失礼します」
佐久間の返答に間髪入れずに応えると、踵を返した女性警察官は足早にその場から離れようとした、が
「あー!千歳ちゃんじゃーん!!」
佐久間の真後ろから降ってきた陽気な声。振り返らずとも分かる緊張感のない声音は、
「神永、声が大きい」
じとりと佐久間が睨み付ければ、神永は、すみませーん、と悪気のない返事を返した。
女を止めたのは先ほど実井と波多野にババ抜きで連敗記録を更新してきた神永だった。
そのまま佐久間を尻目に、神永の視線は女に向かう。
「元気にしてた?」
旧友との再会なのか。瞳に旧懐の色を灯した彼と女を佐久間は交互に見た。
神永の言葉に背を向けていた女が振り返る。
「お久しぶりです」
とても昔馴染みのそれとは言い難い声音と纏う空気。冷眼を込めた眼差しに佐久間の背筋がぞくりと震えた。
ーーーーー
「どうだったんだ、噂のD課さんは」
公安部内の休憩スペース、といっても外部にで払うことの多いこの部署に人は疎らだ。精々羽休めの為の喫煙に使われる程度。
分煙されたガラス張りのボックスから出てきた男に、女は眉を顰めた。
「どう、とは?」
「はぐらかすなよ」
促す男に、女は短くため息をつくとつまらなさそうに顔を背けた。
「ただの奇人変人の巣窟ですよ」
スパッと言い切った女に、男は目を丸くするとくつくつと笑い出した。
「言うなぁお前。此処も相当だろ」
「此処以上です。奇人変人に社会不適合者、おまけに自尊心が飛び抜けて高く、タチの悪いことに、」
「それに見合う能力も兼ね備えてる、だろ?」
遮られた言葉に、女は男をじろりと睨み付けた。
「分かっているならわざわざ聞く必要はないでしょう、雪村さん」
女の視線の先の男は、至極楽しそうに口元を歪めた。
『雪村幸一』階級は警部補。警視庁公安部外事第一課第三係主任。
色白で警察官にしてはやや痩せ型の薄い顔つき。物腰柔らかな落ち着いた態度とは裏腹に自らの元に情報を集約する能力に長けている。更にノンキャリ組の中でも各種昇任試験を最短で合格した「一発組」に属していた。
部内で知らぬことなど、彼には無いだろう。
雪村は不服そうに視線を逸らした女の頭にポンポンと自分の手を乗せる。
「そうむくれるな。千崎千歳巡査の目から見た奴らも知りたかったのさ。お前の目は優秀だからな」
「……買い被らないで下さい」
「本当のことだ」
謙遜するなよ、と髪を撫で回す雪村に女、千崎千歳は子供扱いするなとその手をはねる。
さながら兄妹のようなその光景は、課内では極々普通の光景だった。
ーーーー
2.交じり合う者