白米はおいしい日記


カルガモですか、村上くん


 つい先日、アフトクラトルとかいう強そうな名前のところから大規模侵攻があった。基地も爆撃なんかされて、隊員がキューブ化されたりなんだりでボーダーはてんで大騒ぎ、だったらしい。
 というのも、かくいう私も戦闘開始してすぐにキューブ化された口だからである。目覚めた時には何もかも全て終わっていて私は本部のベッドに寝かされていた。私はキューブから戻っても暫く目が覚めなかったらしく(多分前日の徹夜ゲームが響いたと見られる)、起きたときにはそれはもう家族に泣かれたものだった。ついでにその時たまたま病室にいた村上にも泣かれた。普段ロボットみたいに真顔なのに、村上って貰い泣きとかするんだな……へぇ……と意外に思ってしまったのは本人にも内緒にしている。

 しかし、そんな衝撃的な出来事の一週間後には街も通常の営みを取り戻しつつある。 私の通う三門高は早くも授業が始まるらしい。あんなことがあった直ぐなのに学校は始まったりボーダーへの入隊希望者は増えてたりとおかしなことは色々あるが、そのくらいの心構えじゃないと三門ではやっていけないのかもしれない。つくづく変な街だなあと思った。


 通常通り始まったように見える学校。しかしここにも予想外すぎるおかしなことがあった。

「……どうした?」
「いや、なんでもない」
「そ、そう?」

 口ではなんでもないと言いつつも、じっと私を見つめながら一定の距離を保って後ろをつけてくる男がいる。名を村上鋼という。村上は私とは選択授業は違うはずなのに、教室を移動する私にずっとついてくる。いつまでついてくるんだろうと時々後ろを振り返ってみるも、目が合ったらにっこり手を振られるから私も手を振り返すしかなかった。心做しか少しほんわかした雰囲気まで出ている。

「村上どうした?なにか用事?」
「俺のことは気にしないでほしい。教室に入ったのを見届けたら俺も移動するから」
「何故!?」
「理由を言うのはちょっと」
「何故!?」

 思わぬクラスメイトの奇行につい大きな声が出てしまった。
 とりあえず、このままだと村上が次の授業に遅れてしまうからもう教室に帰ったほうがいいと言うと、渋る素振りを見せる。帰ったほうがいい、いやそういうわけには、という暫くの攻防の末に村上は渋々帰っていった。三門って変なやつしかいないの?

 そして私は今日一日村上のこの不可解な行動に悩まされることになる。



「私ちょっとお昼買いに行ってくるね」

 お昼の時間、お弁当を持たない私が購買に行くのはいつものことだ。3Cの男どもは一緒に購買まで行こうと言っても絶対に付いてきてくれないので、今はもう一人で行くことにしている。しかし今日はそこに一石を投じる男がいた。村上鋼である。

「俺もついていく」
「いや、村上弁当持ってるよね?わざわざ購買行く必要性を感じないんだけど……」
その手に持ってるものはなんなんだ、弁当だろ。村上は特に隠す様子もなく、弁当を持ったまま立ち上がる。
「名字に危険がないようにと思って……」
「もしかして私の暗殺依頼とか出回ってたりするのかな?」

 そのレベルの警戒ぶりだった。私って何か人から恨みを買ってたっけ……。
 自分でも少し考えてみて、一つの可能性にたどり着いた。そういえば荒船からずっと前に借りた下敷きをまだ借りっぱなしだった。もはや借りパクの域にまできているそれを、荒船が恨んでいるとしたら納得がいく。いや納得いくか?いかないだろ。

「わかった、わかったよ村上。出来る限り射線が切れるルートで購買までいってくるから村上は安心して弁当を食べててほしい」
「そういう問題じゃなくて」
「じゃあどういう問題なんだよ……」

 訳がわからないからとりあえずそこにいたカゲと一緒に行くから大丈夫だと言っておく。カゲは嫌がっていたが、飲み物を奢ると言ったら簡単に了承した。ジュース一本で釣られるなんて安い奴だな……と思っていたら、頭をはたかれる。不覚、彼のサイドエフェクトを完全に忘れていた。

「何かあったらすぐに連絡してくれ」
「初めてのおつかいなの?」

 教室を出ていく私に念を押してから、村上は後ろ姿が見えなくなるまで教室の入り口で私達を見送っていた。どう考えても不審だろ。途中、村上の行動をカゲも不審に思ったらしく「お前何したんだ?」と聞かれる。最もな意見だった。

「逆に私が何かしたように見える?」
「何かするならお前しかいねーだろ」
「塩対応すぎ」

 日頃の行いだと言われるにはあまりにも塩分過多な対応だと思う。反対に普段の村上の生活態度が良いとも言える。彼は私の病室に顔を出してくれて一緒に泣いてくれるくらい良い奴だ。

「私ってなにか恨みを買ってそうな顔に見えるのかなあ」
「あ?お前人のモン借りて返さねえじゃねーか」
「荒船の下敷きくらいしか借りパクしてないよ」
「俺のシャーペンも返せ借りパク女」

 やっべ、ここにも借りパクしてた。後で返すことを約束しつつ、私の暗殺依頼が裏で出回ってるかもしれないことを話したら普通に一蹴されたし鼻で笑われた。まずはシャーペンを返さないことには彼の中では話にならないらしかった。

 お昼を食べたあとも村上のこの執拗なまでのストーキング(仮)は続いた。落ちたものを拾おうと立ち上がっただけで村上も立ち上がる。ロッカーに物を取りに廊下に行けば村上も廊下に出る。面白いくらいに私の行動を真似していてもはや笑えてくる域に達している。これほんとになに?

「いや、まじで、どうした?」

 こうなったら本人に聞いてみるしかないと思って、単刀直入に直接問いただす。現在昼休み。こんな奇妙な行動の動機を推測できるわけがなかった。かと言って奇行をこのまま放置するのもなんか落ち着かない。いや害はないんだけど。生まれたてのヒヨコみたいに後ろをついてこられるのはなんかソワソワする。

「何がだ?」
「おま、お前、今日一日の自分の行動を踏まえて何もおかしいところがないと思ってるのか……?」
「……少し過保護になってしまった自覚はある」
「少……?」 

少しの定義、おかしくない?

「一応確認しとくけど、私の暗殺依頼とかが出回ってるわけじゃないんだね?」
「気にするところそこなのか?」

 当たり前だろ、命の危機だぞ。
 ちなみに暗殺依頼は出回ってなかった。良かった、荒船が私を恨んでるのかと思った、と言ったら「何をしたんだ……?」と訝しげな瞳を向けられた。下敷き借りパクしてるだけだから。皆して私の行動に対する信頼がなさすぎる。借りパク常習犯が信頼されようって方が無理だったな。


暫く待っていると、ゆっくりと村上が切り出した。どこか表情が暗い。

「……この間の、侵攻のとき……」
「ん?あ〜そういえば村上は戦功貰ってたよね。遅くなったけどおめでとう」
「うん、ありがとう」

 目覚めてから暫くして、病室(諸々の検査のために少しの期間入院する必要があった、特に調べても異常はなかった)で国近ちゃんに戦功のことについて教えてもらって、村上が個人で2級戦功を貰ったことをそこで知った。
 私の病室の隅に置いてあった、てっきり家族が持ってきてくれたと思っていた少しお高めの果物が村上からのお見舞いだったことにも納得する。報奨金も出たらしいし、羽振りが良くなるのもまあ当たり前といえば当たり前。良いんだよ、いや良いんだけどさ、別に私に桐箱のメロン買ってこなくとも良かったんだよ村上。折角の臨時収入はもっと別のことに使ってほしい。

 しかし、褒められても村上の表情は少し暗いままだった。

「メロンくれたの村上だったんだよね、ありがとう。あとお見舞いも来てくれたし」
「うん。……でも、病室で眠り続けるお前を見て、怖いと思った」
「ん?え?」

いきなり何の話だ。メロンの話だったはずなのに前後の話に脈略がなくてイマイチ話を飲み込めてなくて置いていかれる私。それに気づいているのかいないのか、村上はそのまま続ける。

「毎日病室に行っても目覚めないお前を見るのが辛かったんだ」
「え?毎日私の病室来てたん?」って聞こうとしたけど、茶化せるような雰囲気でもなくてやめる。村上はいたって真剣な表情だった。

「お前がずっと目覚めなかったらどうしようって」
「うん……?」

多分目覚めなかったのは前日の徹夜ゲームのせいなんだけど……?それだけで一生目覚めないっていうのは流石に無理があると思う。というか、なんかこれって過保護と違うような、気がしてきた。

「お前があの新型トリオン兵にやられたって聞いて、すごく後悔した。俺が側にいたらなって思ったんだ」

違う、これ、過保護じゃ……ない?


「だから、これからは絶対、俺が守るから」

そして、私よりも一回り大きな手が、私の手を包んだ。壊れ物に触れるみたいに柔らかく触るものだから、手が触れ合ってるだけなのにどうしようもなく恥ずかしくなってくる。いや、ちょっと。これじゃまるで、プロポーズ……
「約束する。絶対守る」
「……えっ」
「だから側にいてほしいんだ、これから先もずっと」
「えっ……エエッ!?いや、え!?」
どうしよう、これ告白……いやプロポーズ!?と混乱する中、周りの皆(主にボーダーの面子)は「公開プロポーズおめでとー!」と騒ぎ立てている。これ公開プロポーズだった!?
面白いものの気配を察知して隣のクラスから加賀美もやって来ている。今この場に王子一彰がいないことだけが救いかもしれない。絶対に来ないでほしい。
「答えはどうするんですか?」
「いやっちょ、ノーコメントで!」
「村上さん、本人はこう言ってますけど」
「俺はいつまででも返事は待つつもりだ」
「きゃー!」
「うっ、うるさいよ!そこ!」
恥ずかしさから騒いでいる周囲を叱り飛ばす。
「もうお前でいい、穂刈、助けてくれ」
「お前はまずボールペンを返せ俺に。それからだ、話は」
「ここでも借りパクしてるのか私は……!」
過去の自分の行動が首を絞めてくる。自業自得とはこのことだった。
「……」
「やめろ!ニヤニヤ見るな!『借りパクしちまったなお前は、村上の心も』とか言ったらまじでぶっ飛ばす」
「言ってるぞ、全部自分で」


 そしてこのあと私は、村上が私の病室に毎日来てたことだとか、私が村上から借りパクした挙げ句に紛失までしてしまったペンの代わりに私が彼にあげたボールペン(小学生の時、修学旅行で買った変なドラゴンが後ろに付いてるやつ。クソダサい)を彼が宝物にしてることとか、諸々を知ることになる。取り敢えずそのペン返してほしい。新しいのあげるから。

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