人理継続保障機関フィニス・カルデア、通称カルデアは、人類の未来を予測、観測する事でこの地球に生きる全人類の未来を保障する事を目的とした組織である。
人類滅亡が証明されてしまった今となっては、この目的は既に瓦解したと捉えても良さそうなものだ。しかし、その証明を覆そうと、全人類の為に奮闘するマスターがここに居る限り、それを口にするのは厳禁だという暗黙の了解がスタッフ達の間には存在した。

斯く言うミョウジナマエも、カルデアのスタッフの一人として、我等がマスターである藤丸立香とそれに準ずる職員、そして全人類の為に奮闘していたのである。しかし、彼女は他の職員のように、藤丸立香の存在を証明し続けるといった技術は持ち合わせていない。
このカルデアで彼女だけが担っている役割。
それは、カウンセラーであった。

毎朝、館内の一際奥にある自室の扉に「OPEN」の掛札を掛けることがナマエの日課だった。
ナマエは何もマスター専属のカウンセラーでは無い。世界の命運を左右する仕事なんて、ストレスを溜めるにはうってつけの職場だ。そんな彼等の負担を少しでも減らしたく思ったナマエは、ここにカウンセリング室を開こうと思ったのだった。

そう、元々ナマエはカウンセラーでも何でも無かったのである。日本にいた時は平々凡々な生活を送っていた極普通の大学生だったのだが、どうやら魔力が人一倍多かったらしく、数ヶ月前に格式ばった手紙が家に届き、その一ヶ月後にはこのカルデアに足を踏み入れていた。

しかし、「魔力」の量は人一倍でも「魔術師」としての素質はどうやら皆無だったらしい。魔術回路やら何やら講義されてもチンプンカンプンだったし、前所長のオルガマリーには毎日こっぴどく怒られたものだ。
しかし、人は自分の理解が及ばない事で怒られても全く心に響かない生き物のようで。堪忍袋の緒がブチ切れた前所長が明日にも私を地元へ送り返すと言った次の日、あの人理焼却が実行されたのだった。

「ナマエさん、おはよう!」
「おはようございます、ナマエさん」
「立花君、マシュちゃん。おはよう。今日は随分と早いね」
「ええ、昨日エミヤさんが朝にフレンチトーストを作ってくれるって約束してくれたんですよ!な、マシュ!」
「はい、ずっと食べたいと思ってたのでとても楽しみで…!」
「あはは、それで早く起きちゃったんだね」

そう言うと二人は照れ笑いを浮かべた。それでも幸せそうなのだから、さぞかしそのフレンチトーストが楽しみなのだろう。

「そうだ!ナマエさんも御一緒しませんか?」
「え、私も貰っちゃって良いの?」
「勿論ですよ!それじゃ早速エミヤに伝えてこなくっちゃ」
「あ、待ってください先輩!ナマエさん、先に行ってますね!」
「うん、私はゆっくり行くね」

マシュが一生懸命立花君の事を追いかけて駆けていく。あの二人が世界の運命を手にしているとは、何も知らぬ人が見たら終ぞそう思わないだろう。
昨日レイシフトが終わったばっかりだが、今日一日の中日を置いて、明日また直ぐに二人は別の時代へレイシフトをする予定である。せめて今日だけでも、ゆっくりとした平和な時間を送ってもらいたいものだ。

話を戻すと、何故私がカウンセラーなんていう仕事に就いているのかというと、自分にもそれはよく分かっていない。
昔から自分が喋るよりも相手が話すことを聞く方が楽しいと思ってはいたのだが、人理焼却、歴史の修正、立花君の存在証明にてんてこ舞いのスタッフや、ここに召喚されてまだ間もないサーヴァント達の愚痴を何ともなしに聞いていたら、彼等から「聞き上手」とのお墨付きを貰ったのである。
実際の所、自分に出来ることが何もなくタダの穀潰しになりかけていたので、仕事に全く携わっていない私なら何か喋れることもあるのではないかと思い話し相手になっていたのだが、そう言われて悪い気はせず、それどころか相談所のようなものを開いている始末である。

しかし、最近ナマエは他人の悩みを聞くのではなく、逆に自分の悩みを誰かに聞いてほしい気分だった。しかし、皆は自分以上に忙しい人しかいなく、こんな一職員の悩みなど聞く暇もないだろう。

「誰かに…相談、できるかなぁ…」

ナマエはそれなりに深い溜息をつきながらも、のんびりと食堂へと移動を開始し始めた。


食堂には既に大勢の職員とサーヴァントが集まっていた。久々にレイシフトがない日だというのに、やはり皆甘い者を欲しがっているようだ。

「エミヤさん、おはようございます。…うわぁ、凄くいい香りがしますね」
「おはよう、ナマエ。フレンチトーストだ、食べるだろう?」
「勿論ですよ!美味しそう…有難く頂きますね」
「あ、ナマエさんやっと来たー!こっちこっち!」

キッチンで忙しくしているエミヤさんに挨拶をし、甘い匂いのするフレンチトーストの乗った皿を貰ってから、奥の方で大量のそれにかぶりついている立花君と、そんな立花君の口元の蜂蜜を拭き取ろうとしているマシュちゃんの方へ向かう。

「遅くなっちゃた…。って、え、凄い。立花君もう完食しそうじゃない」
「これからおかわりしますよ」
「……程々にね」
「本当です。先輩は食べ過ぎですよ」

若い子はやっぱり凄い、と自分と1.2歳しか違わない男の子に向けて少し外れ気味の感想を抱いた。

立花君とマシュちゃんにあの事、聞いてほしいな。でも彼等にこれ以上負担を掛けるべきでは…。

と、その時ふと思い付いた。私の悩み、自分の事じゃなくて、架空人物の悩みって事にすれば良いのでは…?
具体的な名前を出さずに、あくまでも自分の話ではないと言い切ってしまえばいい。そうして、軽く、軽ーく相談してみるんだ。うん、よし、シュミレーションOK!

「あのね、立花君、マシュちゃん。ちょっと相談したいことがあるの」
「珍しいですね、どうされたのですか?何か不都合な事とかありましたか?」
「ううん、それは大丈夫なんだけど…。あのね、これは私の相談者の悩み事なんだけど、最近…」

上々の滑り出しだ。
私は二人に、この一週間程、私の心を悩ませているある事案について相談した。

「…最近その人、変な夢をみるんだって」