「いい?ナナシ。東京高の五条と夏油って奴らにだけは気をつけなさい!」
私の肩を痛いくらいに掴むのは、いつもお世話になっている歌姫さん。その真剣な眼差しに、こちらも息を呑んで彼女の言葉を聞き逃さない様にしっかりと目と耳を傾ける。
「五条って、あの五条悟ですか?無下限と六眼の、」
「そうよ。アンタは家の事情もあるし、見たことはあったかしら」
「子供の頃に何度か」
まだ小学生くらいの時だろうか。同じ御三家の出身故、片手で数える程度だが顔を合わせたことはある。遊んだ、とまではいかないが、同い年の話し相手くらいの認識だったと思う。それに、日本人離れした頭髪とビー玉のような目の色は、今でもよく覚えている。
「夏油もそうだけど、アイツらかなり性格に問題があるから、何かあったらすぐに逃げるのよ。むしろ見かけたら逃げなさい。目を合わせちゃダメ、絶対ッ」
「熊かなにかですか」
何か余程嫌な思い出があるのか、歌姫さんは苦虫を噛み潰したような表情で忠告をする。
「熊を相手にしている方がマシよ」
なんてため息をつく歌姫さんに、こちらも苦笑いしか出ない。
そもそもなぜここまで彼女に心配されているかと言うと、二年に上がった私は数日後に控える姉妹校東京高専との交流会に初参戦するからだ。呪術師として先輩の歌姫さんは任務先などで何度か彼らと鉢合う事があるらしく、その度に彼らの(良いとは言えない)話を聞かされた。
「アイツら手加減とか容赦とか知らないだろうから、本当にヤバくなったら硝子を頼んなさい」
「硝子、さん?」
「他人にも反転術式が使える子なのよ。あのクズどもとは違って良い子だし、私からもメールしといたから」
本当は合わないことが最善なんだけど。と言いながら、カコカコ携帯を操作する歌姫さん。 というか、私そんなヤバいことになる確率高いんですか?頼りになる先輩たちが居るとはいえ、ここまで念を押されると正直少し不安になって来る。
「交流会ですよね?あくまで、交流会ですよね??」
「交流会よ。アンタの知っているものと違うかもだけど」
とにかく気をつけなさい。という真剣な声色に怖気づいた私は、イチかバチか楽厳寺先生に棄権を申し出たが普通に却下された。怖くて泣いた。
▽▲
そして迎えた交流会。前回は京都高側が勝利を収めた為、東京高側がこちらに出向くことになっている。
「緊張しますね......」
「固くなんよ。少しは力抜けって」
バシバシと背を叩いて緊張をほぐそうとしてくれるのは有り難いが、歌姫さんから(ほぼ脅しと言う名の)忠告を受けている身からすると、それでも体がこわばってしまう。それに、私の術式は戦闘向きじゃない。サポートをするには便利な術式だけれども、戦闘になるとハッキリ言って足手まといにしかならない自信しかない。
「お前は個人戦は無理だろうが、団体戦はあくまでより多くの呪霊を払った方が勝ちだ。"あの"五条相手にだって先手取れるかもだろ?」
「歌姫さんの話だと、"あの"夏油くんも同じだけの実力が有るって聞きましたよ......」
五条くんは呪術師家系の出なので、術式も相まってその凄さは良く耳にするが、一般の出で遜色ない実力ってなんなんですか。しかも、女の子の方の家入硝子さんも反転術式持ちって......。黄金世代すぎない?なんか、同じ御三家だなんだ言われてる自分が恥ずかしくなってきた......。
「私もせめて相伝の術式があれば」
「ないものねだりすんなって。って言っても、同期でこれだけやべーの揃ってたら、お前の御家もうるさそうだもんな」
俺呪術師家系じゃなくてよかったー。なんて、呑気な事を言う先輩がうらめしい。箪笥の角に指ぶつければいいのに。そんな事をジメジメ呪っていると、東京高の人達が到着したと連絡が入った。
「まあ、負けんの嫌だし、団体戦は俺達でなんとかしてやる」
だから安心して集中しろよ。と言ってくれる先輩のなんと頼もしい事か......!やっぱりさっきの箪笥は無しで!!
「だけど、いざとなったら俺は先に離脱する。後は頑張れッ!」
強めに指ぶつけろ。
▲▽
「あ、気が付いた?」
目が覚めると、見慣れた医務室の天井。そこからひょっこり覗きこんできたのは、家入さんだった。
「個人戦で五条のクズに腕の骨折られるまでボコられて気絶したの。外傷ほとんど治したけど、折られた方の腕はまだ違和感あるかもしれないから、しばらくは安静にしてな」
「目覚めてから直ぐの情報量の多さッ」
結構元気じゃん、良かったね。なんて笑う家入さん。どこかまだ痛い所はあるか?と聞かれ、一応確認してみるが、全て綺麗さっぱり治ってる。もちろん痛みもない。
「すごい、どこも痛くない。ありがとう、」
「どーいたしまして」
つまり結果、先日の団体戦も今日の個人戦も京都高は惨敗。団体戦の時は、噂の五条くんと夏油くんたちの無双状態だったと先輩が言っていた。その時は出くわさずラッキーだと思っていたし、せめて個人戦で挽回せきればとも思っていたけれど、考えが甘かった。そりゃあもう、バチボコにやられた。子供の頃とはいえ、顔を合わせた事もあるし、個人戦が始まる前に軽く挨拶した時はガン無視されるし、始まったら始まったでこの様だ。
「やっぱり気易く声かけたのが気に障ったのかな」
「五条の事?」
「そう。私も御三家だから、子供の頃に何度か顔合わせた事あって......。まあ向こうが覚えてなかったのなら、いきなり知らない人に話しかけられたら嫌だよね。個人戦前の時もメンチ切られながらガン無視されたし」
「あれは発作だから」
加茂さんが気にしなくていいよ。と家入さんがフォローしてくれる。正直、突然メンチ切りだす発作とか怖すぎなんですが。
「とかいこわい」
「京都も十分都会でしょ」
「家入さんや夏油くんもそんな発作が......?」
「私はクズ共と違うから」
「夏油くんはあるのか......」
やっぱり都会怖い。と言うと家入さんはカラカラ笑った。
その後、しばらく彼女と話していると結構気が合うみたいで、この短時間でだいぶ仲良くなれたと思う。歌姫さんという繋がりもあって、アドレスも交換させてもらったし、名前で呼び合うようにもなった。
「同年代だと、硝子ちゃんしか女の子いないから、なんか嬉しいな」
「愛いやつよのぉ」
アドレスと電話番号が書かれた紙を握ってそういうと、ぷにぷにと頬をつつかれる。硝子ちゃんはさっぱりしている性格だけど、意外とノリもいい。うちの高専は呪術師家計の人が多いから、こういう同年代の友達っぽいダル絡みが新鮮だ。楽しい。と、青春っぽいこの雰囲気に和んでいると医務室の扉が開いた。
「硝子、加茂さんの具合はどう?」
「ヒエッ」
開いた扉から顔をのぞかせたのは、夏油くんと五条くんだった。つい、悲鳴が漏れる。
「あ、気が付いたんだ。よかった」
「つーか、人の顔見てシツレーじゃね」
まるで正反対の反応をする二人。交流会よりも幾分かやわらかい表情の夏油くんに対して、ムスッとしたままの五条くん。確かに五条くんの言ったことは正論だが、私あなたに骨折られるまでボコられたんです、悲鳴くらい目をつぶってほしい。
「そもそも、ちょっと小突いたくらいで折れるとかヤワ過ぎ。感知系術式しか持ってねーとか、呪術師向いてないんじゃん?そんなんでよく呪術師名乗れんね」
つーか今までよく死ななかったね。なんて言う五条くんは、何か私に恨みでもあるのか。個人戦前の時に顔を合わせたてから、なんだか彼からの風当たりが強い気がする。通常運転かもしれないけど。
「悟やめな。怖がってるだろ」
「いい加減にしとけよ」
彼からの辛辣な言葉攻めに反論できず黙っていると、硝子ちゃんたちが止めてくれた。優しい。夏油くんもまだちょっと怖いけど。
「ほんとのことだろ」
「本当のことでもわざわざ本人に言う必要ないだろ」
「弱いやつに忠告してるだけじゃん」
「悟がやってるのは弱いものイジメだよ」
なんかフォローになってそうでなってないけど、もうどっちでもいいから早く出て行ってくれないかなこの二人。
「あの、お二人は何故ここに......?」
もしかして硝子ちゃんのことを呼びにきたのでは?と聞くと、二人は少し沈黙したあと、そうだ。と五条くんが答えた。あと二時間ほどで東京行きの新幹線に乗らなければいけない、と。
「じゃあ硝子ちゃんも、そろそろ行かなきゃだね。今度メールしてもいい?」
「ん。歌姫センパイにもよろしく」
挨拶もそこそこに硝子ちゃんは医務室を出て行った。続いて夏油くんも、じゃあね。と人好きするような笑顔で去っていく。が、
「あ、あの......」
「......なに」
「二人とも行っちゃいましたよ、」
「知ってるけど」
じゃあ早く行きなよッッ!!! なんて生意気な事、口が裂けても言えない。それくらい、彼が怖いのだ。もうちょっとしたトラウマなんですけど、
「つーか、なんでそんなビクビクしてんの。ウザいんだけど」
「すいません......」
「人と話す時くらい、顔見て喋れねーの?」
もう一度、蚊の鳴くような声で謝るが、人の話聞いてる?と目を背けている方に覗きこむような形で視線を合わせて来る五条くん。普通なら、エッ!何かのラブコメ?! みたいにムネキュンッ!ドキドキッ!なんてするような場面なのだろうが、生憎と生命の危機の方のドキドキしかやってこない。ただただ怖い。誰でもいいから助けてほしい、と祈りが通じたのか、救世主は現れた。
「悟、本当にそろそろ行かないと」
「......んー」
「なんだ、まだ聞けてないのか」
「うっせ」
夏油くんは呆れたようにため息をついていた。よくわからないけど、なんとか早く五条くんを連れって行ってほしくて、彼の方をガン見してしまう。届いてこの思い!!
「夏油くん、わざわざ呼びに来てくれたみたいですよ!!」
「見ればわかるし」
「すいません......」
「どうしてそういう物言いしかできないんだ。ごめんね加茂さん、怖かっただろう」
あとで言って聞かせておくから。と気遣いをしてくれる夏油くん。それに対して、怖いってなんだ。と五条くんが反発していたが、もう君の全部が怖いんです。
「自覚ないのかい?まったく......。あ、そうだ。加茂さん、よかったら私ともアドレス交換しないかい?」
いい事思いついた、と言わんばかりの笑顔。それに反応したのは五条くんの方で、はあッ???という声が部屋に響く。
「違う学校とはいえ、同期の縁だし」
ダメかな?なんて眉を下げて聞いて来るが、こちらとしては大歓迎したい。この界隈人脈は広い方がいいし、歌姫さんには"二人に気をつけろ"と言われていたけど、五条くんからのインパクトが強すぎて、夏油くんのちょっとアレな所はもうあまり気にならない。私でよければと言うと、硝子ちゃんがくれた紙に夏油くんのアドレスが書き足された。その間も五条くんは、なんでこいつと! とか、別に傑がしなくていいだろ!! とかギャンギャンと言っていたが、夏油くんは何事もないように彼の首根っこを掴んで出口に向かう。
「じゃあ、加茂さんのは硝子から聞いておくから」
「はい。お気をつけて」
最後に、ありがとう、お大事に。と言う夏油くん。硝子ちゃんの様に彼とも仲良くできそうだ、と思っていると、調子に乗るなよ。 と、地を這うような低音が耳に届く。怖すぎて、個人戦のトラウマ思い出してまた気を失ったし、たぶん三年くらい寿命が縮まった。
私がまた医務室で寝ている同時刻、京都から東京に戻る新幹線内で拗ねたように膝を抱え泣く五条くんの事や、後に二人経由で五条くんから電話が来た時に気絶しかける事も、もちろん知る由もない。
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