ジェイド国


 身支度もそこそこにサクラの部屋に逃げ込んだ私を、彼女は既に起きていて、心底心配してくれた。しかし、何が起きたかをうら若き少女に語る訳にもいかず、今夜は同室にしてほしいと懇願しただけである。ファイのことは信頼しているが、悪戯には心底困る。
 一頻り彼女の雰囲気に癒されてから、ふと落ち着かない様子に気が付く。

「サクラちゃん、体調悪いですか?」
「あ、いえ……昨夜、少し気になることがあって」

 誰より早く寝入ったと思われたサクラの言葉は、小狼たちと共有した方がいいだろうと頷いてすぐに部屋を出る。
 小狼たちの部屋からファイも共に出てくる。目が合うとへらりとしている彼にむっと口を寄せてしまうが、一つ息を吐いてサクラに頷いて話を促す。

「昨夜、見たんです。雪の中を……」

「子供が―――!!」

 サクラの話を遮る形で聞こえて来た声は外からのものだったが”子供”という単語に一行は弾かれるよに外に走り出る。

「子供がどこにもいないんです!!」

 昨日見た母親が、銃を背負った町の男性に乞うように泣いている。母親の手には少女の抱いていた猫のぬいぐるみがある。小狼が声を掛けた少女が、失踪したのか。事情を聞く男に対し、母親は施錠していたし子供には言い付けていたと涙ながら説明している。次いで紡がれるのは”金の髪の姫が子供達を”という言葉である。

「じゃああれは、夢じゃない?」

 小さくサクラが呟いた途端、男は弾かれたように顔を向け迫る。立ちはだかるのは小狼だ。サクラは睨む男に怯むことなく、見たものについて語った。
 雪の中、白いドレスを着た金髪の女性が黒い鳥を連れて歩いて行くところを見たのだと。
 それを聞いていた町の人々は恐慌状態となり、”やっぱり北の城の姫君の呪いが”と口々に言う。次いで、その場に現れたのは町の地主・グロサムの一声である。私たちの方を睨むようにした彼が、診療所を駆けて出てきたカイルと話をしている。私たちが夜間外出しなかったかという問いをカイルが否定する。診療所の入り口横にある彼の部屋からは、私たちが外出したかどうかはすぐわかるという。

 人々を解散させるのは共に来た町長である。彼は子供達の捜索を皆に呼び掛ける。去り際、サクラに迫った町の男はこちらをひと睨みして行った。

「わー、なんか睨まれたねぇ」
「怪しまれてんだろ」

 彼の睨みなど気に留めない二人に気が抜けてしまう。相手は銃を持っていても私たちには敵わない。それが分かるくらいには、私も戦いには慣れている。
 カイルが朝食の支度をしてくれていたようで、私たちは促されて診療所に戻った。

「大丈夫――?黒んぷのナイフとフォークの使い方、独創的だからぁー」
「うるせっ!お前こそ箸使えねぇだろ」

 すっかり気分を切り替えたファイと黒鋼の背中に、小狼たちと共に続く。木々に留まる烏の泣き声が喧しいなと思いつつ、別段食欲が湧いてこない腹を摩った。

 スピリットでの朝食はパンとスープだ。これくらいの質素さがいいのだろう。小ぶりのパンを二つをスープを一皿ゆっくりといただきながら、カイルの口から語られる”伝説じみた史実”について耳を傾けた
 ”ジェイド国”の歴史書に残るという話は、隣町の酒場で聞いた話と同じだ。しかし、結末が違った。子供達が二度と戻らなかったという内容は”いなくなった時と同じ姿では誰一人帰って来なかった”というニュアンスに変わっているのである。

「そりゃあ生きて帰ってこれなかったともとれるな」

 黒鋼の言葉に、そういう解釈が自然かと頷く。所謂”変わり果てた姿”というものか。伝承はこうして曖昧になっていくものだ。

「城は既に廃墟ですが、その時とあまりに似ているので。町の人達が伝説の再現だと思ってしまうのも無理はないんですが……」

 伝説を再現する誘拐犯か。しかし、伝説の影響もありここまで人々の警戒を煽る土地で人攫いなどするだろうか。もっと油断しきった町がありそうなものだが。
 カイルはサクラが金の髪の姫を目撃した初めての人だということで、グロサムが関与してくるかもしれないと忠告した。彼女は不安げにすることはないが、困ったような顔でそれを聞いている。

「大丈夫よ。私が傍にいる」
「……はい」

 思うところがある様子のサクラに、今晩は一緒の部屋で過ごすことにしようと心に決める。起き抜けに湖に飛び込もうとする彼女である。目を離せない。

 朝食の後は、小狼の申し出により”ジェイド国の歴史書”を読むため町長宅へ訪問することとなった。彼の申し出には純粋な興味よりも、確かめたいこと――確信を持つためという目的があるらしい。グロサムも所有しているという歴史書だが、彼の剣幕を見ていると町長への打診一択である。
 チャイムを鳴らして迎えてくれたメイドは困った様子だったが、奥に覗いた町長は思いの外好意的に私たちを迎え入れてくれた。ファイに手を引かれて戸惑う私が彼の隣へ、その反対には小狼に促されたサクラが座る。そういえば、夫婦という設定だった。居心地の悪さに瞑目してそっと深呼吸を一つ。町長へ視線を向ける。

「手掛かりになるようなものは何も?」
「残されていなかったよ。今回もね」

 余所者を警戒する人々に反して、町長は藁にも縋りたい思いのようで、項垂れながら快く情報を開示してくれた。
 数年前から気候が安定しなくなり凶作が続いていた町では、二か月前から子供が失踪し始めた。一晩に一人だったり、三人もいなくなったり、大人が何度言い付けても子供達は居なくなっている。無理矢理に連れ去られた痕跡もないままに。
 本を書くための旅だという言葉を信じてくれている善良な町長は、歴史書も快く貸し出し、読み終えたらすぐに町を出るよう警告してくれる。それは、私たちが巻き込まれないためにという意図が含まれていた。

「ありがとうございます。でも、やらなければならないことがあるんです」

 無論、私たちは忠告を聞くはずもないのだが。
 ジェイド国の文字が読める小狼が申し出て、歴史書の解読をするため一人で馬に乗る。小狼の語学への理解が舌を巻くほどなのは勿論、こと歴史においては彼の分野である。彼が解読しながら道中を進むため、サクラはファイと二人乗りをしている。私がモコナを抱いて黒鋼にべったりだったため、組み合わせはこうなる。

「ウィズ、何かあったの?」

 モコナは心配というより単純な疑問といった雰囲気で聞いてくる。ファイとの距離感について聞いてきているのは承知の上である。

「何もないよ。ただ、あんまりファイを独占すると、黒鋼が拗ねちゃうから――痛あっ!」
「乱暴ー!」
「拗ねるか!!」

 無防備な後頭部を重たい拳が打つ。

「この先です」

 器用に馬上で歴史書を読み解いていた小狼の言葉に、私たちも注目する。

「あれが北の城かあ」

 城だった名残のある立派な門構え――も、朽ちており遺跡じみた廃墟である。荒波の川を越えた先にある城には、子供を連れて渡れるような場所ではない。

「この川は三百年前にもあったようですね」
「昔はどうやって城に入ってたんだろ――」

 橋でも架かっていたのだろうと推察できるが、何にしても現状で子供達を城へ連れ去るというのは現実的ではないと結論付ける。
 周辺を見て回ったもののモコナも強い力を感じ取れず、城への道も見つからず、嘆息しつつ帰路についていた一行だが、うねる木々の隙間に見覚えのある人影を見た。

「あ――グロサムさんだー」
「んな所で何してんだ?」

「あっち何もないのにねぇ。お城くらい――?」

 人も連れずに城へ向かうグロサムを一行は頭の片隅に置く。


 町中に戻ってくると、人々が泣き暮れる姿を目にする。今朝失踪した子供の姿もやはり見つけられていないのだろう。項垂れる母親とそれを慰めるように肩を抱く人々がいる。その中にカイルの姿もあり、子供とその母親に対して「お大事に」と声を掛けている。小狼が「往診ですか」と馬を降りて問うと頷いて駆け寄って来る。

「本は借りられましたか?」
「はい。町長さんに」

「貴方が見たという姫のことでもいいんです。何か分かったらどんな些細な事でも教えてください。
 子供達が一日でも早く戻って来るように」

 カイルの声は切実だった。

 診療所に戻った後も小狼は歴史書の続きを読み進めると言って部屋に戻り、黒鋼もそれに続く。サクラは一日動き回ったためかうとうととしているので私が部屋に送った。
 ファイは一度部屋に戻ったものの、歴史書の解読に立ち会うため二人の部屋に行くと言っていたので、私はシャワーを浴びてからサクラの部屋で休もうと思っていることを伝える。

「何か心配?」
「少し。サクラちゃん、前の世界でも起き抜けに湖へ飛び込もうとしたでしょう?」

「お姫様を追って川に飛び込むってこと?」
「勿論、無いとは思いますけど。念のため」

 歴史書の内容は気になるが、サクラの身に何かあったらそれどころではない。ファイも同意見のようで、彼もサクラの部屋の隣にある小狼たちの部屋に邪魔すると言った。

 その夜のことだった。
 目を覚ましたサクラは窓際で外をじっと眺めたまま、その後眠る気配がない。明日の調査に備えて眠るべきだと言っても、彼女は首を振る。

「いなくなった子供達が、寒さで震えてるかもしれないって思うと……姫を見たのはわたしだけだって言っていたし」

 サクラの表情は真剣そのもので、決意が揺らぐことはない。止むを得ず私は眠る振りをして布団に入り、彼女の背中を見守る。眠気に襲われることはないが、長い夜になりそうだと覚悟を決めたときだった。

「金の髪の姫!!」

 サクラが声を上げたので飛び起きる。
 窓際に並び立ち、外を見ると確かにその姿がある。目を見開いてサクラを見ると、彼女は決意に満ちた瞳で頷いた。再び外に目を戻すと、小さな人影がぱらぱらと家屋から外に出てきている。

「子供達が連れて行かれちゃう!!」

 間もなく建物の角に消えて行く姿。サクラは窓を慌てて開け、飛び降りようとする。私は彼女の上着を引っ掴み、あっという間に木を伝って降りていく彼女を飛び降りて追う。小狼たちに声を掛けられなかった。ぱっと見ただけで五人以上の子供達が出て行った。私一人で連れ戻せるのか――

 雪道を駆けるサクラに上着を着せ、道中を共に走りながら、子供達へ声を掛けるが一向に振り返る様子がない。ぼんやりと操られるように歩く姿は不自然さを覚える。
 辿り着いた先は城の前。荒波は姫が両手をあげるとぴたりと止み、水の上を跳ねるように子供達が進んでいく。困惑するサクラがぴたりと足を止め、木に手をついてしゃがみ込んでいくのを私は慌てて支える。今眠ってしまうのは危険だ。
 私は子供達が無事川を渡り切ったのを確認しながら、来た道を戻るべきか城へ進むべきか頭を抱える。いや。戻ろう。悩むことではない。予想が当たっているのなら、二十人以上の子供を私一人で救い出せるはずがない。サクラを背負って踵を返した私の頭はガツンと大きく衝撃を受け、視界が揺れて跪く。何かに当たった。しかし、周囲に障害物はなかった。では、何者かが辺りに居たのか。私たちを警戒していた町の人だろうかーー
 揺れる視界でぐるりと周りを見る。霞む視界で見つけた正体に気付くと同時に、私は再び頭に衝撃を受けて意識を失った。


 守るべき相手が居たと言うのに、何という体たらく。両手両足を縄で縛られ転がされている。部屋の扉が閉められたと分かった瞬間に意識が浮上したが、度重なる頭への衝撃で吐き気と目眩がやまず、自分への回復魔法すらままならない。同じように捕らえられているだろうサクラへの治療のため魔力を温存しておかなくてはならないし、何より私たちを襲った一連の事件の犯人ーーカイルとの戦闘も控えている。
 歴史書の解読を終えた小狼たちがサクラの救出に来るだろうが、私も私でただ転がっているだけでは居られない。まずはサクラと合流しなければ。
 意識が飛ぶ感覚の合間に微量ずつ頭部の負傷を治療し、這いずり動けることを確認したら付近に落ちている瓦礫で縄を切断する。カイルが戻ってくる可能性もある。どくどくと不穏に心臓が脈打つ。
 立ち上がってもふらつきは無い。回復魔法を中断し、扉を確認するとノブに太い木の板が嵌められているだけで錠前があるわけではなかった。
 扉は朽ちかけた木材で、蝶番も錆びついている。蝶番と板の継ぎ目を瓦礫で何度か打てば扉は難なく開く。石畳を歩く足が冷える。いつの間にか素足になっているのは脱出防止のためだろうか。この程度で諦めるはずもないのだが。

 遠くから石を打つような音が聞こえる。人がいるということがわかれば、迷いなくそこに向かって走っていた。そう遠くなく、たどり着いた先には光り輝く金の髪の姫と、サクラの姿があった。そして、奥の小さな穴から出てくるたくさんの子供達も。

「ウィズさん!!」
「サクラちゃん、無事……じゃないけど、会えて良かった……」

 姫は私を見て驚いた顔をしたが、子供たちに目を向けてから悲しげな顔をして何か話しているようだ。私には声まで聞こえないが、サクラには聞こえているらしい。痛ましげに眉をさげている。
 氷のようなものに包まれた何かーー羽根を受け取ったサクラは、沈痛な面持ちで私に振り向いた。

「子供達を、家に帰してあげてと言っています」
「そう……サクラの羽根を、返してくれてありがとうございました」

 強大な力として返さなかった男を知っている。羽根による不幸の伝説があることは承知の上だが、ひとまずの礼は伝えておくべきだろう。姫の穏やかな微笑を見て、それでよかったのだと安堵の笑みを返す。

 後方から慌てた足音が近づいてくる。

「サクラさん!」

 振り返るまでもない。心配そうに叫ぶ彼だが、今となっては白々しいばかりである。それとなくサクラを背に庇うようにして立ち、カイルに振り向いた。

「ああ、ウィズさんもご無事でよかったです!みんな探していましたよ。ああ、二人ともそんな裸足のままでは怪我をしてしまう。早くこちらへ……」
「私はともかく、サクラが裸足だと何故気づいたのですか」

 パンツスタイルの私は素足だとわかるが、座り込むサクラのドレスに包まれた足は見えないはずだ。それ以前に、私の頭を二度も打ち付けてくれた姿を忘れもしないが。
 サクラの手を引き、カイルの来た道を注視する。彼が来たあちらに出口があるはずだ。カイルはやはりサクラを追った。

「羽根をよこせ!」

 エメロード姫の絵画に隠された小さな穴は三百年前から城内の子供達の避難口で、掘り崩しもできなければ大人では通れない程に狭い。上手く引き出そうと思っても、春が来ても溶けない氷に守られた羽根は隙間を通らない。子供ならばそれが切り崩せるとわかったカイルは“暗示”をかけて子供達を誘導し、城で採掘させたと得意気に語る。
 彼のおかげで羽根を取り戻せたのかと考えもしたが、一行はきっと別の手を考え出して間もなく羽根を手に入れただろう。

 ジャラジャラと響く金属音に何だろうかと後方を向けば、サクラの足元から伸びる鎖をカイルが手に取ろうとしている。
 慌てて彼女を抱き上げ、前方に素早く飛び込む。身を捻り、彼女の下に回って衝撃を吸収させた。羽根は、私とサクラの胸の間に守られている。

「サクラ姫!!」

 しかし、サクラの足につながる鎖は想像以上に長く、彼女ごとカイルに引き摺られてあっという間に距離が詰められた。
 前方から聞こえる小狼の声に、もう少し距離が取れていれば逃げ切れたのにと奥歯を噛みしめる。名前を呼ばれたサクラの首元に剣を寄せたカイルの狡猾さになぜ気付かなかったのだろう。

「近寄るな」
「やめて!」

 起き上がろうとしていた私の頭はカイルの靴底に踏みつけられる。この暴力に声を上げたサクラの首元には剣が突きつけられているようだ。強く踏まれている訳ではないが、動こうと首に力を入れれば更に石畳に擦り付けられる。大人しく脱力しながらも、目だけは開いて周囲を窺う。

「この羽根さえ手に入れればこんな小さな町……いや、国も全部意のままだ。
 何せ三百年前、金の髪の姫はこの羽根の力で城下町の子供達を救ったらしいからな」

 語り継がれてきた内容と違う。見覚えのある町の男が吠えるが、カイルの言う通り、遊具や玩具が数多く用意された室内は”殺すためだけなら必要ない”。空き部屋にあったたくさんの子供用のベッドだって、死体を寝かせるために用意した訳ではないだろう。

「羽根を手にした後、王と后はすぐに死んだって!」
「……違う」

 町の男の言葉を否定したサクラに一同が注目する中、彼女は一人で何者かと話をしている――恐らく、私には聞こえなかった”エメロード姫”の声なのだろう。

「じゃあ、いなくなった時と同じ姿で戻って来なかったっていうのは……」

「幻との会話に付き合っているヒマはない!」

 カイルが痺れを切らしたように声を荒げたとき、頭に掛かる重さが軽くなる。小狼と目が合ったのは一瞬である。口角を引き上げ、唇を舐めると血の味がした。すぐさまカイルの膝を引きずり下ろすように引っ張る。同時に小狼がサクラを庇うように飛び込んできて、バランスを崩したカイルの振り上げた剣は小狼の肩に掛かっていた鞄の肩紐だけを掠める。

「小狼君!!」

 悲鳴を上げるサクラを安心させるように、彼は抱き留めている。怪我はなさそうだ。
 座り込むカイルに馬乗りになった私は剣を離さない彼の手を渾身の力で殴りつけ、ようやく離れた剣を遠くに蹴飛ばす。 

 武器を失ったカイルに脅威はない。とはいえ、華奢に見えても実際は力で敵わない可能性もある。どいつもこいつも諦めの悪い手が私の襟元を掴んでくるので、口のなかに溜まっていた血をその顔に吐き捨てて頬を張れば呆気なく地面に倒れ込んだ。
 立ち上がりざま、鐘が鳴るように痛む頭と目眩に身体が揺れる。

「おい、しっかり立て」
「はい……」

 腕を掴んで支えてくれたのは黒鋼らしい。
 地鳴りのような音が響く城内に小狼が焦ったように声を張った。

「この音は!!」

 その言葉の先が紡がれるよりも早く、仰ぎ見るような高さの石壁が崩れ、滝のように水が噴き出してきた。
 困惑する町の人々を他所に、一行は冷静である。サクラの鎖を蹴り一つで短く断った小狼が、川の水を止めていた装置が壊れたのだろうと推察を述べる。ファイは装置の古さを思い出すように評価して時間の問題だっまのだろうと納得を示している。
 いかに冷静であっても、状況は刻一刻と変化して私たちを翻弄する。素足のサクラを支えながら歩いていた小狼と、先に黒鋼たちと合流していた私との間に瓦礫がどんどんと落ちていき、進路が妨げられてしまう。

「必ず城から出ます、先に行ってください!」
「しかし!!」

「……行くぞ」
「はーい」
「えっ!?」

 小狼の言葉に困惑するのはグロサムだった。町の男も了承した私たちに驚いて足踏みしている。

「“やる”って言ったらやる感じの人だからーー。小狼君」

 まだ少年に過ぎない齢の彼を見て、他人はそうとは思えないかもしれない。平時丁寧な物腰で感情的にならない分、一見気弱に見られがちなところもある。
 しかし、一行は知っているのだ。

「ウィズちゃんはこれお願いねー、大事な本」
「あ、」

 子どもを抱えたり手をつないで導いたり、こちらもやることは山積みだ。私はせめて殿を務めようとしていると、ファイから小狼が落とした革の鞄を託される。

「ちゃんと、側に居てね」

 小さく伝えられただけなのに、息が詰まった。時々、ファイの言葉にはそういう力がある。

 装置によってせき止めていたらしい川の流れは確かに以前見た時よりも穏やかで、町の人々は協力して子供達を町側に渡した。あとは小狼とサクラを待つだけとなり、川を見守っている一行だったが、少しずつ流れが速くなっているのを感じていた。町の男とグロサムは子供達の様子を見ながらも戻らない二人の心配をしてくれている。
 私たちとて、信頼してはいても絶対ということが無いのはわかっている。どくどくと早鐘を打つ心臓に知らないふりをしているのだ。

「……来た」

 勢いよく上がった水柱に黒鋼が躊躇いなく腕を伸ばし、掴み上げた。2人の姿がある。

「ひゅー♪“やった”ねーー小狼君」

 冷たい川から上がった彼の顔は青白いが、その腕には眠るサクラと羽根がしっかり抱えられている。
 引き上げられた小狼とサクラの身体は冷えているが、すぐに温まり始めていて急を要する処置は要らないようだ。ただ、雪の降る夜に濡れた身体で居るのは良くない。元々薄着の私に貸してあげられるものはなく、早く屋内で身体を温めることが最優先だろう。
 カイルの所在を気にする男に返事をするように、対岸の城は地面を揺らす程の衝撃なのに、まるで粘土細工のように呆気なく崩壊した。あの中に居て無事では居られないだろう。それは誰の目にも明らかである。

 ふと眩い輝きに気付く。目を覚ましたサクラの傍に姫が居た。彼女は何かを語り掛けてから、羽根の埋まる氷に手を翳すと、それを溶かした。サクラに抱かれていた羽根は自然と彼女に吸い込まれていき、姫の姿は光の中に消える。

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