桜都国


 モコナも私たちも次元移動には慣れたもので、各々無重力空間からの着地はバッチリである。サクラも小狼の手を借りているとはいえ危なげないし、モコナに至っては小狼の頭の天辺に鮮やかに着地している。



「さーて、今度はどんな国かなーー」



 先の国は寿司を食べに寄ったようなもので、実際はジェイド国に次ぐ国といっていい。慌てて移動したこともあり一行の表情は警戒を残しているが、降りた先で白いヘッドドレスとエプロンが印象的な若い女性たちに囲まれ、熱烈な歓迎を受けた。



「ようこそ!桜都国へーー♡」



 桜が舞っているのはメイド風の衣装を纏う彼女たちのサービスだろうが、大正時代の日本を想像させる風景によく似合っている。和装と洋装が混在する人々の装いと、街中を走る路面電車の外装も趣深い。

 眺めている内に少しきつめに抱擁を受けて困惑するが、一行を見ると彼らも同様にメイドたちに拘束されていた。



「わー可愛い女の子いっぱいだーー」

「まとわりつくな!」



 軟派と硬派の正反対を行く二人の反応は言わずもがなだが、困惑するだけの小狼と顔を真っ赤にしているサクラが大変微笑ましい。



「あらあらみなさん変わった御衣装ですね。異世界からいらしたんですか?」

「!?」



「異世界から人がくることがあるんですか?この国では」

「もちろん。この国を楽しむために皆様いろんな国からいらっしゃいますわ」



 彼女たちが当然のように言う“異世界”の言葉に驚いたのは小狼だけではない。この場合、海外旅行客といったニュアンスだろうか。彼女たちの腕章に書かれている“歓迎する課”という何とも分かりやすい部門がそう感じさせる。旅行を特別な体験にして再来を狙うため、観光業に力を入れているのか。



「まだ住民登録されてないんですか?」



 小狼がその言葉に疑問を抱きつつも勢いに負けて是の返事をすると、彼女たちは再び活気づく。



「それはいけないわ!早速市役所へお連れしなければ!!」

「ささ、参りましょ!参りましょ!」



 ファイとモコナは歌うように返事をして愉しげだが、私はここに来て一番焦っていた。初対面で身分確認もないまま住民登録とは。地域を挙げての旅行サービスに引っ掛かっただけだと思ったが、まさか怪しい人さらいなのではないか。行く先は本当に市役所なのか。

 頼りの小狼は目を回しているサクラを見失わないように必死で、黒鋼は纏わりついているメイドさんを振り解くのに手間取っている。なんだ、私には拳骨したくせにと背中を睨んでおく。



「ウィズちゃーん」

「……はあい」



 渋々、小狼の後ろに詰めて寄って歩いた。腕を組んで擦り寄ってくれているメイドさんは大変見目麗しいので、ちらりと見やって癒やされておいた。

 連れられて辿り着いたのは桜都国中央市役所と書かれた建物の、また何とも皮肉の効いた“すぐやる課”という窓口である。受付してくれるのはまたメイドさんで、ほんのりと微笑んでくれると少女のようにも見える女性である。心配で窓口に同席しようとすると、ファイが「ここは任せてー」と言うので何故か猛烈に不安が増す。いつもの頼もしいファイというよりかは、黒鋼を弄り倒しているときの彼の笑顔だった気がするためである。とはいえ、サクラが眠たげにしているのもあり、黒鋼と彼女を挟むようにしてベンチで待つ。



 二人のやりとりは声までは聞こえないが、慌てる小狼の様子も確認され、大変不穏だ。いや、彼らを見張っていることに意味はない。私にできることはこの国の状況を把握するために周囲を確認することだろう。



「黒わんわーん!袋持ってきてーー!」

「人を犬みてぇに呼ぶなー!!」



 久々に大怒りしている黒鋼の声に、うとうとしていたサクラが跳ね起きた。これまでの国で買ったり借りたりした衣装を袋にまとめて、私の鞄に仕舞っておいたのだ。サクラが屈めば収まりそうな大きい袋をウエストポーチから引っ張り出して黒鋼に渡す。

 黒鋼といくらかモメてから、代わるようにして戻ってきたファイ曰くこの国の通貨“園”に換金するらしい。



「サクラちゃん、眠気飛んじゃいましたね」

「はい、よかったです」

「えー?すっごい跳ねてたのにー?」

「見てたんですか……!」



 うーん、マイナスイオン。



 市役所での手続きを終えた一行が印刷された地図と写真を頼りに辿り着いたのは、道に面して大きく取られた窓が印象的な三角屋根の立派な一戸建てである。服を売っただけで家が借りられると思っていなかったので、騙されているのではと不安になったが、小狼に困惑した様子がないので一旦は飲み込むことにした。

 備え付けのオープンキッチンと埋め込み型のディスプレイラックにカウンターテーブル、がらんと広い一室はカフェでもやっていたのだろうかと感じさせる。



 ソファが一つあるだけで家はもぬけの殻だ。これまでは誰かの家や部屋を間借りしてきたためか、広すぎて落ち着かない。今振り返ると、一番落ち着いたのは高麗国での雑魚寝だ。寝ても起きても皆の姿があって、春香も親切にしてくれた。今回もサクラと同じ部屋に寝かせてもらえるだろうか、と考えている自分に気が付いて辟易する。今回は、一人部屋でもいいだろう。



 高麗国とジェイド国の衣装はここで高く売れたらしい。小狼とファイの話に耳を傾ける。



「他国の衣装が貴重な国もあるので」



「それもお父さんと旅してた時の知恵ーー?」

「はい」



 小狼の父親は本当にたくさんのことを彼に教えてくれたのだ。彼の父親について語るとき、表情が活き活きとするのでその日常が目に浮かぶようだった。

 桜都国は桜吹雪に歓迎された通り温暖な気候にあるようで、ファイは家に着くなり脱ぎ捨てていた上着の上に転がり始める。確かに、もう夜も遅い。目を閉じて頭を揺らすサクラはモコナの促しでソファに座っていて、クッションを枕代わりに寝支度されている。



「くつろいでていいのかよ。見張られてるかもしれねぇんだろ、誰かに」



「んー、でもずーっと緊張してるのは無理だしねぇ。リラックス出来る時にしとかないとー」

「おまえはだらけっぱなしじゃねぇか!」



床に伸びるファイを眺めている小狼も実際リラックスした様子で、一行のなかで最も緊張感を維持できるのは確かに黒鋼であろう。

 サクラが睡魔に打ち負かされてクッションに沈んだところで、モコナに一同が目を向ける。



「モコナ」

「本当に少しだけど、サクラの羽根の力感じる。羽根、この国にある」



 モコナの言葉に小狼が表情を引き締める。明日からは忙しくなるだろう。今度は無事に回収できればいいのだがーーと考えている途中で、大きな窓ガラスが勢いよく割れて破片が飛散してくる。外気が舞い込み、室内は照明が切れてもいないのに薄暗くなる。窓ガラスを割って侵入してきたのは額にツノがある四足歩行の巨大な異形だった。

 窓に背を向けるように配置されていたソファで眠るサクラは破片を浴びていないようだが一番異形に近い。黒鋼がすかさずサクラを抱えて後方に飛び退き、各自異形から目を離さず各々警戒態勢を取る。



 人間でも獣でもないのに、妖や魔物の類でもない。一体何者なのだろう。ジェイド国では結局金属素材が集められずに終わってしまい、杖は完成していない。魔法を使っていない分余力はあるが、相変わらず馬力は無能である。



「わーーお家を借りたらいきなりお客さんだー」

「招いてねぇがな」



 ファイの呑気なコメントに今一番付き合いがいいのは黒鋼である。彼のことなので恐らく、あからさまな敵を前に機嫌良しというところだろう。

 いくら広い室内とはいえ、巨大な異形が四つ足で動き回ると圧迫感がある。ひとまず出方を確認するため振り回される長い爪を避けながら行動パターンを読み弱点を探す。

異形は全方位に攻撃を仕掛けていたが、正面にいた小狼に狙いを定めた様子で執拗に攻撃を仕掛け始めた。サクラを抱える黒鋼に向かなかったのは幸いだったが、次々に振り回される爪を避けきれず小狼の右肩を掠めてしまう。

 防戦一方だったが、攻撃パターンは決まっているようだ。攻撃を受けた小狼は怯むこと無く地面を蹴り、飛んだ先の壁をバネのように踏んで異形の真上に舞った。勢いを殺さず振り下ろされた踵が後頭部と思しき場所へ当たり、煙を吐いて力無く倒れ込む。予想よりやわらかい敵だったのか、小狼の蹴りの威力が凄いのか。



 軽やかに着地した小狼へ、異形からは目を離さず近寄る。ファイとモコナもひょっこりと身を寄せて小狼に労いの言葉を掛けている。



「見てもいいですか?」

「あ、これくらいは……」



 傷付いた小狼の右肩を確認する。そこに残る攻撃の痕跡はあの異形が魔物に近いことを思わせる。肘を支えて未だ血が滲む傷口に手を翳し、傷痕程度まで回復魔法をかけておく。



「むしろ、これくらいですけど」



 あわあわとしている小狼から手を離す。



「親切な国だと思ってたけど、結構アブナイ系なのかなーー」



 市役所の熱烈な歓迎と、スムーズな住居斡旋など手厚いフォローを示したファイの言葉に頷く。身分証を必要としない住民登録が大変怪しいと思う。観光客の歓迎に熱心なのも、余程“困っている”からなのではないか。とんでもない国に来てしまったかもしれない。

 目前で黒い粒子となって消えていく異形が全て見えなくなるまで、今後待ち受ける困難を憂いた。



 この騒動の中でも眠り続けるサクラを幸い破損しなかったソファに寝かせて、他の四名は瓦礫を退かして雑魚寝することになった。別室で休むことも考えたが、先程の異形がもし一人で居るときに現れたら危ないと意見を揃えられたので大人しく従った。



「ウィズちゃんもそこに収まるんじゃないー?」

「広々と寝たいから」

「ふーん?」



 サクラの眠るソファは確かに大きいが、二人で横になるのは流石に無理だ。

 帽子を枕にして身体を丸めればいつだって眠れる。床は確かに硬いが、眠れない程ではない。ファイと小狼は万が一を想定してかソファの側に寝床を整え、黒鋼は部屋の隅に座り込んだ。あれで眠ったら全身カチカチになるだろう。黒鋼の側が安置と見たが、近くで寝られるのは嫌がりそうだったので私は部屋の入り口付近の角に眠ることにした。



「結局ちっさく寝るんじゃねぇか」

「モコナ、ウィズと寝るー」

「おいでー」



 私の装束は布が多いので雑魚寝心地ランキングでトップを争うだろう。もちもちとポジションを整えたモコナと共に布に埋もれて目を閉じると、眠気はすぐにやってきた。

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