桜都国
杖は完成した。これまで作ったどの杖よりも仕上がりは良いが、慣れない素材を使っているため耐久力には心配がある。無論、高麗国の木端とは比べ物にならない程の耐久性ではあるが。今後も資材があるならば見逃さないようにしないと、この杖が壊れたら次がいつ作れるか分からない。
朝方、シャワールームでサクラに出会った。
「おはよー。早いねぇ」
「おはようございます、ウィズさんも……大丈夫ですか?」
「ん?」
「目が、赤いです」
「……内緒にして。よく見てるね」
洗濯機に服を入れて乾燥まで設定する。
それとなく続きを黙秘しようとしても、サクラは心配の目を逸らさない。やっぱり、記憶が戻って来たんだと実感する。すごくいいことだ。それが今ばかりは後ろめたい。
「時々、寂しくなるの、私。それって仕方ないことなんだけど……時々、仕方なくても、悲しくて」
一度目の人生は途中で終わってしまったが、どんなに気楽だったろう。二度目の人生では、使命に追われて感じなかったことが、この旅の始まるとき、全て降ってきた。どこまで行けば終わるのだろうという疑問、何人もの人を、失われていくものを見送らなければならないのだろう。全てが終わってくれればいいのに、終わり方を誰が教えてくれるのだろう。誰も、生きる意味なんて教えてくれない。”一生”で終われる人たちが、羨ましい。
「恥ずかしいから、内緒ね」
いつも通りを心がけた微笑みも、サクラの観察眼には敵わないと分かっている。
店で再会したサクラはぎこちなかったが、私がいつも通り話し掛けていれば調子を取り戻したように活発だった。モコナもすぐに起きてきて、細かい仕事に気付いてちょこまか動いてくれている。ファイは私たちがやっちまえと店を開けた直後に起きてきたが、絵に描いた二日酔いでカウンターに項垂れた。
「ファイ、手かしてみて」
「う〜〜〜」
簡単な呪いであれば解除できる。昨夜妙だと感じたのは、クローバーで購入した酒に魔法が掛かっていたためだったのだ。彼の身体に巡っている呪文を一つずつ剥がしていけば「あれぇ?」と目を開けた。
「すごいね――」
「”この国のお酒”じゃないと効きませんけどね。だから、ここでは飲みすぎちゃだめ」
黒鋼が全くへっちゃらな理由はよくわからないが、ファイにはあの酒が効き過ぎるらしい。
「ありがとー」
私が笑って返せば、昨日のことなど何も無かったようにいつも通りのやり取りになってくれた。
〇
小狼の剣の訓練は予想に違わず険しいようである。夜に帰宅した彼は全身ずぶ濡れで傷だらけ。鬼児によるものかと思ったが、治療する程ではないと先手を打たれた。ファイはサクラに傷薬を持って追いかけさせ、モコナもそれに続いた。
残された三人のうち初めに口を開くのはやはりキッチンに立っているファイである。
「あれは剣の訓練のせいー?」
「酔ってたんじゃなかったのかよ」
「あの時はまだちょっと意識あったんだ――」
ちらりと横目で見てくる黒鋼の足を踏む。
「初日から相当厳しい先生みたいだねぇ」
「あのガキがそう望んだからな」
「でも、確かに急いだ方がいいかもしれないね。織葉さんが言ってたでしょー」
桜都国の鬼児は、鬼児狩りが誤って一般市民を傷付けてしまわないようにみな異形であるという文言についてファイは触れる。
「それってつまり、鬼児は意図的に作り出されたものってことだよねぇ」
パズルのピースが合う感覚がする。
「市役所で管理しているはずの鬼児の動向がおかしい。そこに新種の鬼児の出現……」
「サクラちゃんの羽根が、関わってるのかもしれない」
「織葉さんは、もっと情報を持ってます」
黒鋼も気になることがあるようで私の言葉に頷いた。その後は、まあ、誰かさんが”また行きたいな――”とか言い出すから誰かさんが怒って、いつも通りである。
前夜はほとんど眠らずに杖づくりに勤しんだから、今日こそは眠ろうと思って早く床についた。別に眠くはないが、目を閉じれば意識は沈む。
黒い。重い、息ができない。闇に。もう二度と覚めないのにただ揺蕩うだけの闇。一分、一時間、一日、一年、十年――今、何年目だろう。
目を開けたら夜だった。全身汗を掻いていて、寝間着が肌に張り付いている。外は満月だ。じゃあ、まだ日は経ってない。いや、違う、この国は毎日満月だ。誰かが居るはずだ。寝過ごしたのかもしれない、丸一日、もしかしたらもっと眠っていたかも。今、何時だろう。夜の二時だ、誰も起きてない。
今更眠れる気はしない。誰かが起きたらわかるように、扉を背に蹲って床板を眺めた。
〇
買い出しに行くメンバーを募ったファイに、私とサクラが顔を見合わせる。サクラに外を歩かせた方がいい刺激になるだろう。高麗国で春香がしていたように。
「行ってらっしゃーい」
カフェは二人とモコナが戻るまでまったり営業であることをお客さんに伝えるが、快く応じて待っていてくれる。桜都国の人は気質が穏やかである。出来る限り急ぎつつ、愛想は振り撒きつつ二人を待っていると、混雑時間前には戻って来てくれた。一枚の号外と共に。
「”鬼児が人を襲った”……」
「何か書いてる――?」
「ああ……いっぱい書いてますけど、ま、気を付けてねーってだけ。とくには」
夜間の外出注意、鬼児狩りへの注意喚起、避難方法くらいで、羽根に関する情報は無い。一応、黒鋼たちにも情報共有として残しておくことにするが、カフェで一日過ごす私たちよりも彼らの方が鬼児の情報には詳しいだろう。
「今日の夜ご飯は何にしようね――」
「温かいものが、いいかな」
濡れて帰って来る小狼を思えば、サクラのアイデアは最適だろう。
黒鋼は小狼よりも早く帰宅した。大量の小麦粉を抱えて。
「おかえり――お使いありがと――」
「今度は店の奴に運ばせろ」
「でも自分で持って帰った方が安いんだよー。だから買って来るって小狼君が――」
小狼は相変わらず完璧な判断だ。そのしわ寄せが黒鋼にいっているのが一層気分がいい。くつくつ笑っていると頭を小突かれた。
「あの、小狼君は」
「まだ訓練中だ」
「すみませーん」
「あ、私いきます!はーい」
サクラにとって、カフェで働くことは気が紛れてとても良かったのだろう。ずっと籠りきりでいたら、小狼の心配で頭がいっぱいになってしまうだろうから。
私は積んである小麦粉をパントリーに運ぶことにしよう。一つだけ残して他の三つをワゴンに乗せて引っ込む。粉を叩いて戻ってくると、ファイが黒鋼の襟元を引き延ばして「オレも飲みたかったな――」とぐだぐだ言っているので、どうやら今日クローバーに顔を出したらしい。
「何かありましたか」
「新種の鬼児のことを尋ねに行った」
やはりか。織葉が遭ったという鬼児。少年の姿をしていながら、何故彼女はそれが鬼児とわかったのか。
「この国では小競り合いやケンカ以上の人間どうしの諍いは御法度なんだと。けどな、そいつは鬼児を使って鬼児狩りを襲ったんだとよ」
鬼児を従える少年か。
「鬼児の仲間は鬼児だろう」
「高麗国で……領主が人々を操っていましたよね。そのときは」
三人の目が合う。領主は羽根を使っていたのだ。
「分かりませんけど。でも、ますます怪しいですね」
何にしても、私たちは新種の鬼児に会わなければならないということである。
小狼を待つ間、見覚えのある面々が来店し、カウンター席へやってきた。いよいよ顔見知りなので名前も聞いて、どうやら不在の龍王と待ち合わせをしているようだ。学生服の少女・譲刃がケーキを食べ終える頃、ようやく彼ら――小狼と龍王は店に辿り着いた。二人とも息も絶え絶えといった状態で、龍王はその場にへたり込む程である。
「どうしたの?」
店内の全員がただならぬ様子を感じ取りながらも、ファイの質問への返答を待つ。
「新種……の、鬼児に、会っ……た」
「戦ったの!?」
「いや、鬼児を従えてて、それが凄い数で……だから……そのまま逃げた……けど」
駆け寄る譲刃に、龍王はさらに続ける。
「でも……あれは、絶対……強い!」
龍王が実力ある鬼児狩りであることは小狼から聞いていたが、その彼が逃げ去る程の数、そして”新種の鬼児”とは。
隣で立ち尽くす小狼の顔は蒼白で、一言も発することのない彼の傍にサクラがそっと歩み寄る。
「どうしたの?小狼君」
「あの鬼児と一緒にいた人は、おれの知っている人かもしれない……
その人は、おれに戦い方を教えてくれた人です」
その後は、来てくれたお客さんたちも少し気持ちを落ち着けたい様子で手短に退店していった。ぼろぼろの小狼は今回怪我をしておらず、着替えてすぐに夕食を取って、また部屋に戻って行った。その背中を見つめるサクラはやはり不安げである。
「しっかり食べてよく寝て、できることは明日。一緒に、美味しい朝ごはん作ろうね」
気落ちしているサクラの背中をポンと叩けば、彼女は柔らかく微笑んだ。
シャワーを浴びたその足で、誰も居なくなった店のカウンター席に座る。掃除を終えたテーブルはすべすべと滑らかで、火照った頬が冷えていく。今日も満月が明るくて、照明を落とした店内も十分明るい。
「黒鋼って今何歳?」
「……知らねぇ」
「知らないとか……あるか」
家側の出入り口に音もなく立っている黒鋼に声を掛けたら、意外と返事をしてくれた。
「怒りんぼだから、血圧上がって早死にしそうだね」
「あ?けつ?」
「怒りんぼ治して、長生きしてよ」
舌打ちが一つ。優しいんだか、優しくないんだか。
でもきっと、黒鋼が一緒にいたら楽しいだろう。なんやかんや。
「あと五百年くらい生きてほしいなぁ」
「………」
「それでさぁ、黒鋼の国に住民登録する」
「自分の世界に戻るんじゃねぇのか」
「……戻れないかもしれないでしょ」
「わかんねぇだろ」
はっきりと、自分の国があって帰りを待つ人がいる黒鋼と、そうでない自分との違いを感じる。苦しいのに、その明るさが救いだった。
「もし、黒鋼のとこが先だったら、追い出さないでね」
「姫に聞け。俺ぁ知らねぇ」
「え――口きいてよぉ」
「うるせぇ!さっさと寝ろ!」
優しいなあ、黒鋼は。
〇
久々に眠ったような心地があった。朝日を浴びて身体を伸ばし、今日は髪をきつく纏めた。
「おはよー」
「おっはよー」
「あれ、モコナ早いねぇ」
にこにことモコナが機嫌よく飛び込んできてくれたので、頬を擦り寄せて挨拶する。
「ファイは何時に起きてるんですか」
「ちょっと前だよー」
カフェの準備を既に始めているファイの後ろで、人数分の食器を用意しておく。あと何回、この拠点で食事がとれるのだろう。
「物騒な国だけど、食事の時間はいつも幸せだったなぁ」
「あははは、ウィズちゃんらしいねぇ」
「だって、次いつファイのご飯が食べられるか分からないでしょ?」
「モコナもファイのつくるご飯だいすき――!」
「ねー」
無垢なモコナの賛辞に同意を示し、ファイに笑いかける。
程なくしてサクラが駆け下りてきて、私たちは朝食づくりを始めた。
次に来たのは黒鋼である。一行は基本的に朝寝坊をしないから、立て続けに起床しがちである。甘い物ばかりでぶすくれていた黒鋼のホットケーキは、私の発案でベーコンと卵が乗っている。特別文句も言わない辺り及第点だったのだろう。ファイは不思議そうに見ていたが。
大抵、小狼も彼と共に起きてくるはずなのだが、今日は遅い。考え事か、調べものか、大抵その辺りだろう。
「ちょっと見てきてくれるー?」
ファイの一声でサクラが上がっていく。黒鋼は興味無さそうにしているが、モコナはファイを見て頷いているし、彼もそれに微笑で返している。
私たちも随分一緒に時間を過ごした。情も、湧く。
「おはようございます。すみません、遅くなって」
「だいじょーぶ。今ちょうどいい感じに焼き上がったよー」
「黒鋼ひとりで食べ終わっちゃった――」
後は上着を着るだけ、という身支度の整った小狼がすぐに降りて来た。何があるか分からない以上食べられるときに食べると言い切った黒鋼にモコナが「忍者っぽーい♡」と大喜びして、正しく忍者である黒鋼は朝から血圧を上げている。
「で、今日一日のワンココンビのスケジュールは――」
「市役所に行きたいんです」
昨日の蒼白な表情を振り切った小狼に、黒鋼がちらりと目をやって頷いた。昨日会った新種の鬼児について確認しに行くようだ。
昨日の今日で何があってもおかしくない状況である。カフェは客入りを見ながら、あまり遅くまで混雑するようなら閉店を早めることにしてもいい。一旦は開店とし、店内は盛況だった。
しかし、前日の号外の影響もあってか陽が傾く頃には店内は誰も居なくなった。もしかすると客は来ないかもしれないが、夜でも鬼児狩りたちは行動している。彼らの来店に備えて店内の清掃を続けていた。
「ゆっくりで良いよ――サクラちゃん」
「はい、でももうちょっとだから」
「頑張るね――」
優しい店長と一生懸命なアルバイトである。見習わなければ。
「一緒に旅してるみんなに、わたし何も出来ないから。出来ることだけでも頑張りたいんです」
何も出来ていないと思っているのはサクラだけだ。彼女の優しさや直向きさがどれだけ周囲に影響を与えているだろう。しかし、そう思えないところが彼女の真面目さでもあり、美点なのかもしれない。
「いつか……少しでも、辛い事を分けてもらえるよう……に……」
「きゃ――!サクラ危ない!」
その言葉が小さくなっていくのを感じ取り布巾を放って走り寄るが、それより早くファイがサクラを受け止めた。ファイ、様様である。
眠るサクラの傍にしゃがみ込み、一応頬に触れ安否確認をする。眠っているだけだ。
「……本当に良い子だね、サクラちゃん。
他に構ってる暇なんてない筈のオレが、幸せを願ってしまうくらい」
サクラのスカートに埋もれるモコナをちらりと見ると、悲しげに顔をくしゃくしゃにしていた。
「ファイ、そのままサクラちゃんを運べます?」
「うん、すぐ起きる気がするし、ここでー」
「ブランケット持ってくる」
温かい桜都国では客用にブランケットの用意が無い。二階から戻ろうとすると、開け放したままにしていた店からファイとモコナの声が聞こえる。
「最近ずっと頑張って、夜以外は起きてたからねぇ」
「……ファイ」
言いたげなモコナの声色に、入ろうとしていた足がぴたりと止まる。二人が話に集中しているので、そのまま部屋の前で待っておく。
「前におっきな湖があった国で言ってたよね。笑ったり楽しんだりしたからって、誰も小狼を責めないって」
「うん。それがどうかした?」
ファイの声は丸くて、それは単なる声質というよりも、彼が言葉に乗せる感情を表している気がした。
「ファイの事もね、誰も叱らないよ。小狼もサクラも、黒鋼もウィズも、みんな」
はっとしたように言葉に詰まったファイが、明るい声を出して笑った。
「オレいっつも楽しいよぅ――」
「でも、笑ってても違う事考えてる」
いつもではないが、そういうときはある。ふとしたときに、もう一枚下のファイの表情が透けているときはある。モコナはいつもそれを見ていたのだ。本当に、よく見ている。
「モコナは本当にすごいなぁ」
「モコナ108つの秘密技のひとつだよ。
寂しいひとはね、分かるの。ファイも黒鋼も、ウィズも小狼も。どこか寂しいの」
モコナは一行を本当によく見ていて、みんなの事を心配していて、献身的だ。
「でもね、一緒に旅してる間にその寂しいがちょっとでも減って、サクラみたいなあったかい感じが、ちょっとでも増えたらいいなって、モコナ思うの」
サクラが与える影響、何も出来ないなんてことは無い。それをモコナも分かっている。彼女のように皆が居られる訳じゃないとも分かっていて、それでも少しでもとモコナは願ってくれているのだ。
「……そうなるといいね」
もう一枚下のファイの声がした。
同時に、店のベルが鳴り来客を告げた。慌てて店内に入り、息を呑む。
「いらっしゃいませ――」
ファイが姿を見ないまま愛想のいい笑顔で言ったあと、場の空気が凍ったのが分かる。彼もまた、入店した人物の異様さに気が付いたのだろう。
サクラの傍にそれとなく寄り、彼女の身体を抱き上げる。
「モコナも、サクラちゃんの側にいて」
跳んできたモコナがサクラのエプロンに埋もれる。
白いマントに身を隠す片目が白い男性。一切の隙が無いのが異様さを醸している。
「何になさいますか――?」
「ここに、鬼児狩りがいますよね」
「そうですが今はちょっと外出中です――」
小狼を追ってきたのだろう。昨日、彼から逃げて来たのだから。
「貴方は違うんですか?」
「オレはここでカフェやってます――」
男は隙の無い微笑を湛えている。ファイがどういう表情をしているかは、まあ、分かる。
「それだけの魔力があるのに?」
「……貴方もね」
何かが視えているのだろう。ふとこちらに男の目が向いて、どくんと心臓が跳ねる。
「変わった魔力ですね。興味深い」
指先が冷たくなる。サクラを取り落とさないよう、身体に寄せて微笑みで返す。
「で……”ワンココンビ”に何の御用でしょう?」
自分から視線が外れると、私は自分が呼吸を浅くしていたことに気が付いた。
ファイの問いかけに男が答えるよりも早く、彼の身体から放たれるように鬼児が湧いた。
「消えてもらおうと思って」
言い終える頃には、既に二体の鬼児がファイを今に襲わんと蠢いていた。
敵うのだろうか。鬼児だけならばいい。でも、あの男は――
「あー、貴方ひょっとして星史郎さん?小狼君に戦い方を教えてくれたっていう――」
「小狼をご存知なんですか?」
「はい、一緒に旅をしてますから――」
「異なる世界を渡る旅ですか?」
この男は、どこまで知っているのだろう。
「小狼に世界移動の力はなかった。ということは”次元の魔女”に対価を渡したのかな」
「貴方もですか――?」
ファイは男が凄い”力”の持ち主だが、世界を渡る魔力は右目の魔法具によるものだろうと言った。男は本物の右目を対価として得た魔法具であると補足した。
「けれど、その目の魔力は”回数限定”ですよねぇ。渡れる世界の回数が限られてる」
「ええ。だから、少しでも可能性があるなら無駄にしたくはないんです。
僕が探している二人に会う為に」
「ファイ!!」
男は話は終わったとばかりに攻撃を始めた。彼が動くことは無い。鬼児による攻撃だが、鬼児狩り用の武器がないファイには防戦一方だ。
モコナの悲鳴に、ファイは「サクラちゃんの側を離れないで!!」と強く言うだけだ。
ウエストポーチから杖を出す。キッチンの内側にサクラとモコナを降ろし、そのまま魔法の詠唱を始める。ファイを狙った鬼児の頭は一閃で断ち切る。二体の鬼児は居なくなった。それで済むはずがなく、新たな鬼児が湧いた。龍王の言っていた通りだ。
「魔力を使えばもっと楽に逃げられるでしょう」
「……そうですねぇ」
「それなら、貴女からがいいかな」
ひたりと見据えられて、サクラを押して飛び退く。床板が抉れている。
「私、何もしてない」
「ウィズちゃん!!」
とりあえずしらを切ってみたものの、ニコ、と微笑みかけられたかと思えば、二体の鬼児が上下左右から攻撃してくる。
避けているだけで目が回るほど攻撃は絶え間ない。悲壮に叫ぶファイの心境も分からないでもないが、返事をする余裕もない。
あちこちを攻撃が掠めているのが分かる。自分だけここから離脱するのは簡単だ。しかし、私はそれができないほど彼らに情を抱いてしまった。
「貴方を殺ったら、小狼君に恨まれるかも」
「どうでしょう」
飄々とした星史郎に攻撃を仕掛けるしかないのだ、結局。負けが分かっていても。黒鋼と組手をしたことを思い出す。あのときも、ぐちゃぐちゃのままのこの店内だった。小狼の師匠だって言うなら、彼とやっておけば予行練習になったかもしれないのに。
「思い出のカフェがぼろぼろですよ、弁償してくれます?」
拳で殴りかかった私の手は払われ、彼の蹴りが側頭部に当たる。脳が揺れる感覚と共に、雷の落ちる音が響く。ぐ、と呻く声。
「何だ……?」
「静電気強めなんですよ」
鼻血に溺れそうになって、袖口で拭う。
「成程。じゃあ、触らなければいい」
蟻のように湧いた鬼児から剣山のように降り注いだ攻撃が、最後の景色だった。
〇
は、と呼吸を思い出したような感覚と共に目が開いた。カプセル状の機械の中、正面のガラスが開いて制服らしきものを着た女性が眉をさげてこちらを覗いている。
『ゲスト番号、ベータ、453689、エラー。桜都国より強制退去となりました』
「体調お変わりありませんか?」
「あ、はい……え?」
「初めてのゲストさんでしたね。ここは桜花国にある妖精遊園地の”夢卵”というアトラクションです」
その話を聞いている内に、忘れていた記憶は突如戻って来る。そういえば、私たちはジェイド国を出た後でこのカプセルの中に落下したのだ。
話を黙って聞いていると、初めてこのアトラクションに参加する場合、没入感を高めるために記憶を一時的に思い出せなくする作用があるという。なんて恐ろしいシステムだろう。桜都国への旅行、という体で私たちが住民登録が通ったのもこの遊園地のベーシックなマニュアル通りだったのだ。
「これまでに出たことのない症例でエラーが出てしまい、ご迷惑おかけしました。特に、あの……」
「?」
「死亡条件になっても、死亡による強制退去に移行せず……」
成程、と納得した。
一般的に人間が死んでもおかしくない条件と、私の肉体が死んでもおかしくない条件には大きな差異があるのだろう。どういう仕組みで桜都国が作られているかは知らないが、私の身体はデジタル世界でも特殊に変容しているらしい。
「ゲーム内の肉体はどうなってますか?」
「通常の方と同様、電子情報になって消えたことを確認しました」
「よかった。結構気にしそうな人がいたので」
私は待機室への案内を断り、今頃標的にされているだろう”気にしそうな人”のカプセルまで足早に向かった。
予想通り既に開いているカプセルから、長い身体がゆらりと出てくる。
「ファイー」
「ウィズ、ちゃん……」
「あはは、お化けを見た顔してる」
珍しく素直に落ち込んでいるファイに仕方なく私からきつく抱きついておく。背中にそっと回された腕の感覚に、じくりと胸が痛む。
「心配かけてごめん」
「………」
「でも私、あれでも死なないから」
腕の力が緩む。顔を見ようとしているのを解りながら、抱きつく力は緩めなかった。
『つれてって私を しあわせになりたい』
「ファイがいなくなった方が、もっと痛いよ。もっと一緒に食べたり寝たり、笑ったり、したいな。
……最後、どんなに痛くても」
私にどんな痛みが待ち受けていても、今ファイが笑っている方が幸せだと思った。
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