桜都国


 私の口から妖精遊園地の話を聞いたファイは、未だカプセル内で眠っている四名を眺めて少し気持ちが落ち着いたようだった。



「いつまで手握っとく?」

「今日寝るまでかなぁ」

「あー」



 あまりにも手の大きさが違うので、ファイの手は私の手を覆い隠すようになっている。こんなに大きかったかなあ――いや、手なんか握ったこと――あったか。



「手ちっちゃくなった?」

「そうかも」



 そんな訳ないが。



「無理矢理起こせないのかなぁ」

「すっごくいい所だったら、黒様怒りそー」

「あー……」



 星史郎は鬼児狩りチームを狙っていたのだから、間もなく次の標的である彼らのもとへ向かうだろう。



「このアトラクションの最終目標は何なんでしょうね」

「新種の鬼児の正体は星史郎さん何だろうけど、本当の目的はー」

「……イの一の鬼児の討伐か」



 何かしらの特典があるのだろう。想像を超えるものが。

 妖精遊園地で最も人気のあるアトラクションである仮想現実。その没入感と世界観に虜になる人は多いだろう。



「星史郎さんが来たとき、モコナが反応するかと思った」

「ウィズちゃん、怪しんでたもんねー」

「もう負けちゃったんで、考えても仕方ないですけどねぇ」



「でも、杖完成したんだー」



 ファイの言葉にそういえばと手を離しウエストポーチを探ると、一度使っただけの真新しい杖がまだ残っている。



「……仮想現実、ならバラバラになってると思ったんだけど」



 きな臭い。目が合って苦笑する私、へにゃりと笑うファイ。もう、分からん。



 そうしてぽつぽつ話している内に、小狼の夢卵がアナウンスで”死亡退去”を告げたので、私とファイはさぞかし心配しているだろう彼を安心させに歩いて行く。

 困惑している様子の小狼にファイが声をかければ、未だ状況を理解していないながらも喜びの表情を見せた。焦らせておきながら何だが、可愛いらしい。



「……良かった」

「生きててー?」



 見た事のない表情を次々見せてくれる小狼に申し訳ないながらも、微笑みかける。

 私が聞いた話を小狼に伝えると、彼も桜都国に違和感を感じていたようで納得を示した。決定的だったのは、市役所の説明で訪れた”小人の塔”という所謂ダンジョンで、鬼児の巣窟でありながら鬼児狩りが”余計な”怪我をしないように配慮されていた点だと言う。桜都国には確かに、そういう不自然な配慮が多かった。二周目以降のゲストならば、その趣旨を理解してくすりと笑うポイントなのかもしれない。



「すみません、今よろしいですか」

「?はい」

「貴方がたは”夢卵”システムの干渉者をご存知なのですか」



 先程声を掛けてくれた制服の女性が、再び声を掛けてきた。彼女は自身が遊園地の制作チームの一人であることを説明し千歳と名乗った。



「教えて欲しいんです、その人のことを」



 またとない機会である。モコナは確かに桜都国で羽根の波動を感じ取っているのだから。

 モニタールームに案内されながら、小狼は星史郎について知りたがる彼女の意図を尋ねた。



「このままでは、ゲームがゲームで済まなくなってしまいます」



 そう遠くない一室に辿り着く。



「どういう意味ですか」

「ゲームは安全でなければなりません」



 桜都国内ではどれ程危険な目にあっても、現実ではないため、私たちのように”退去”すれば夢を見ていたようなものである。しかし、干渉者・星史郎は運営側がコントロールしている鬼児を外部からの干渉によって操っている。それが何を引き起こすのだろう。



「このままでは夢が……」



 話の途中、部屋全体が揺れるほどの地鳴りがあり、私たちは慌ててモニターを見る。



「現実になってしまったようですね」



 モニター内の映像は先ほどまでの平和なテーマパークではなくなっている。巨大な鬼児が炎に巻かれるようにして暴れ、長蛇の列をなしていたアトラクションは針金を曲げるような容易さで破壊されていく。どれほどの人が巻き込まれているのだろう。小型の鬼児が直接人間を襲っている姿もある。



「この桜花国には夢卵の仮想現実を実体化させる程のシステムはありません。干渉者がどんな方法でそれを実現しているのか、早くそれを把握して対抗手段をとらないと」

「この妖精遊園地だけではなく、この国中に桜都国の鬼児が広がってしまいます」



 ただでさえもう手の付けられない状況である。千歳の焦燥は余程のものと思われた。

 小狼が耐え切れないといった風で駆け出すのをファイは呼び止める。



「サクラ姫達を探します!」

「それなら見つけたかもー」



 草薙が抱え、譲刃と共に厳重に守られている様子である。モコナもファイの言い付けを守りそこに居るだろう。



「黒鋼いた?」

「黒わんこはこっち――」

「黒鋼さん!!星史郎さん!!」



 やはり、相対しているだろうと思った。黒鋼は一番最後まで桜都国に残り、私たちが”退去”したことを知らず、死んだものと思っているだろう。もう、桜都国は現実になっている以上、どちらかが死ぬ羽目になる。



「急がないと」



 頷くよりも早く私たちはモニターから現場への道を確認して駆けだした。黒鋼とサクラの位置関係はそう遠くないようで、とりあえず草薙たちが守ってくれているサクラを保護しに行くべく向かった。



「龍王!!」

「”ちっこいわんこ”!!」

「小狼!!」



 小狼に飛び込んできたのは龍王とモコナである。やはり、サクラと一緒に居てくれたらしい。

 二度と会えないものと思っていたらしい龍王たちは、ファイの曖昧な説明に疑問の顔を隠さなかったが、それを気にするような余裕はない。

 サクラが眠っているだけで体調に変わりのないことを改めて確認し、黒鋼の方を見上げる。



「星史郎さん……」

「どうしたの?」



「……本気だ」



 子弟ならば分かるのだろうか――いや、私でも分かる。カフェで私と相対していたときの彼とは気迫が違う。本当に、黒鋼を相手取る気なのだ。

 黒鋼のほとんど変わらない表情にはそれでも怒りが滲んでいるのが分かる。



「この戦いは必要なのかな」

「黒様、オレたち生きてるの知らないからー」



 どうにかならないか、と言わんばかりに小狼とファイからの視線が刺さる。



「ま、避けてくれるか」



 当てない自信が無かったので杖は使わず、激しく打ち合う二人の間を狙って細い光の矢を放つ。彼らの鼻先を通過したそれが二人の距離を離し、弾かれたようにこちらに視線を送ったので、組んでいた手を何事も無かったかのように後ろに隠す。



「危なかったねぇー」

「……」

「ちょっと痛いだけですよ」



「おまえら……!!」

「黒様ー、やほー」



 顔にありありと”生きてんじゃねぇか”と言わんばかりの表情を見せる黒鋼に、思わず笑ってしまう。生きてて良かっただろうが。

 その後も黒鋼は星史郎を睨む様子はあったが、星史郎の手元に現れたサクラの羽根を見つけてそれどころではなくなる。



「どうして星史郎さんが!?」



 何故先ほどまで感知できなかったものを、今はモコナが感知できるようになったのだろう。すぐ近くで戦っていたはずの黒鋼が近寄る暇も無く、星史郎は地面ごと宙に浮かび彼から距離を取ってしまう。



「あれです、干渉者が手にしているあの物体、ものすごいエネルギー値です。

 あれがゲーム世界・桜都国を実体化させている元凶です」



 羽根の力はどこまでも強大だと思わされる。彼はそれを操って何をしようとしているのだろう。

 小狼が吹き荒れる逆風の中、瓦礫を上り星史郎に近付いていく。それ以上足場はなく、そこから語り掛ける小狼の声は彼に届いているのだろうか。



 間もなくして、星史郎の前には巨大な鬼児とその掌に守られる一つの人影が現れる。シルエットに見覚えがある。真っ暗な店内でスポットライトを浴びて一人立っていた彼女――織葉である。





「こんな方法で引っ張り出されるとは思ってなかったわ」

「すみません」



 風は依然として吹き続けているが、その強さは少し弱まったようで彼らの言葉が届く。



 イの一の鬼児は彼女だったのだ。クローバーで伝えられた情報は飽くまでも”鬼児を従えていた男の子”を見た話であり、イの一の鬼児であるとは断言しなかった。一つ嘘があったのは、彼が鬼児ではなかったという点だけだと言う。

 嘘もありなら何でもありだ。あれこれ考えていた分、脱力してしまう。



 桜都国では”生きている者”が演じるプレイヤー、”生きていない者”ノンプレイヤーが居る。小狼が鬼児の気配を感知できなかった理由には”生きていない”からだと説明される。織葉自身は”鬼児の役割”を演じているがプレイヤーであるため、気配はある。熟練した鬼児狩りであっても彼女を真っ先に疑うことができない仕組みになっているのだ。

 一般のプレイヤーが然るべき手順を踏んで鬼児を倒していったとき、彼女が”イの一の鬼児”として現れる――予定、だったと語る。



「でも、どんなに管理していても、予定は未定ってことね。千歳」



 予定通りにいかなかったわりに、余裕の表情を崩さない織葉はいつかのようにウインクを千歳に投げた。



「で、干渉者さんは私に何の用かしら?」



 正規の手順を本来であれば踏んで欲しかったのだろうが、ここまで掻き乱されてそれを説くのは無駄と判断したのだろう。彼女は星史郎に真っ向から問う。

 彼は桜都国と現実とでは姿が異なる場合があることを踏まえ、彼女の姿が現実と同じものか聞くと、彼女は「いいえ」と答える。



「貴方は永遠の命を与えられると聞きました」

「ええ」



「回りくどい質問の仕方はやめましょう。

 貴方の本当の名前は”昴流”ですか?」



 星史郎が右目を犠牲にしてでも探し出そうとしている人物なのだろう。永遠の命を与えられる”昴流”という人物が。柔和に見せる笑顔を貼り付けていた彼が一切の表情をなくしたのを見て、確信する。全てを崩壊させてでも、どんな犠牲を払ってでも探し出したいようだ。



「違うわ」

「……吸血鬼の双子について何か知っていますか?」

「知らないわ」



 織葉は諦めきれない様子の彼に、”永遠の命を与える”ことの本旨を説明した。

 桜都国最強の鬼児である彼女を倒した報酬として、夢卵は制作者サイドからの”ゲーム内で死亡しない特権”のことを示す。そして、彼の口から語られた”吸血鬼の伝説”とは無関係であると断言した。



「今回も違いましたか」

「ご期待に添えなくてごめんなさい」



 彼はにこやかな表情を戻した。彼女は表情を変えないながらも「でも、この状況はちょっと困ったわね」と彼の暴挙に苦言を呈した。



「ゲームの世界が現実化しているのは”これ”のせいです。制御はできませんが、この世界から消えれば影響も消えますよ」



 羽根と共に去ろうとしている彼に、小狼が声を上げる。



「その羽根……!おれはその羽根を探して旅をしているんです」



「小狼のものじゃないよね」

「大切な人の、とても大切なものです」



 一切譲る様子を見せない星史郎にも小狼はきっぱりと伝えた。戦いを望んでいる訳ではないからこそ、はっきり言わなければならない。



「でも返してあげられないな。ごめんね」



 実力の差は明らかである。まだ剣をしっかり教わった訳ではない小狼と、黒鋼と同等程度の実力を既に見せている星史郎とでは結果は明らかだ。そして、恐らく一度――桜都国で負けている。



「必ずその羽根を取り戻すと決めたんです」



 きつく紐を巻いていた剣を小狼が抜く。



「まだ未熟なおれにはこの剣はきっと扱いきれない。けれど、抜かないままでは万に一つも勝ち目はない」



 剣は炎を纏い、彼の覚悟に応えているようだ。



「だから、僅かな可能性でもあるならそれに賭けます」



 飛び込んだ小狼の姿は吹き上がる炎とそれを煽る風によって見えない。



「倒した!?」

「いや……避けられたねぇ」



 龍王の言葉に見えていた様子のファイが答える。



「炎の剣か。小狼にぴったりだね」



 声には一切の動揺がなく、小狼の読み通り敵わなかったのだと悟る。



「きっと君はもっと強くなる。これから様々な出来事を経て、もっともっと」

「その先にある事実がたとえ望むものではなくても、その強さが君を支え導く」



「星史郎さん……!」



 星史郎の師らしい言葉だった。それは小狼に待ち受ける苦難を悟りながらも、今の小狼の強さを認め、更なる成長を望んでいることが分かる。



「小狼がこれを探しているなら、きっとまた会うことになるだろう。だから――じゃあまた、小狼」



「星史郎さん!」



 見覚えのある魔方陣と共に消えて行く星史郎の身体に、小狼が再び飛びつくが、やはり間に合わない。

 この世界の羽根――いや、星史郎の持つ羽根は手に入れられなかった。モコナにもう羽根の波動が無いことを確認しようと目をやる。



「モコナ?」



 言葉もなく光り出し、次元移動を試みているモコナの姿があった。



「なんだ!?」

「星史郎さんが使った魔法具の力に引きずられてる。

 どちらも”次元の魔女”からのもの、力の源は同じだからか」



「大変……集合!黒鋼ー!!」

「小狼くーん!」



 モコナの様子に困惑している龍王たちをフォローする余裕はない。サクラを抱えてくれたままだった草薙からファイが礼を言って彼女を受け取り、各々慌てて集合する。



「ちょっと、待てよ!!」



 目まぐるしく状況は変わっていく。私たちはまた世界を渡るが、妖精遊園地の様相も変わっていく。辺りを徘徊していた鬼児も消え、龍王たちの服装も見慣れないものに。

 未だ眠るサクラに譲刃が「行っちゃだめー」と寂しがる様子を見せている。



「ちっこいわんこ!!」



 龍王の顔は寂しげだ。

 無事合流できた小狼が彼に身を傾ける。



「小狼っていうんだ!本当の名前!!」

「シャオラン!!また会えるよな!」



「分からない、でも、諦めない。強くなる、もっと」



 消えゆく世界の僅かな隙間。交わされた約束と龍王の笑顔が、この国で小狼の得たものの温度を感じさせた。

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