次元移動の終わり、着地と共に足元が沈みこむ感覚がありたたらを踏む。辺りは――ジャングルのようだった。
「温かいですね」
「空気が美味しいー」
「ウィズ、空気も食べてる?」
「あはははは」
一帯に生き物の気配はない。一呼吸置いて早速探索を始めるのが自然だ。
「小狼君はサクラちゃんと一緒にこの辺りをお願いー」
「モコナ、一緒に行こうね。黒鋼も」
何か不貞腐れている黒鋼も引き摺ってその場を離れる。これは小狼休憩用フォーメーションである。先ほどの戦いで一番休息が必要なのは小狼だからだ。
別行動をとり、太い木の幹を辿るように歩いていると、モコナが急に目を見開いて口から飛び出した看板を幹に突き刺した。黒鋼の足元すれすれである。ビイイン、と音を立てて突き刺さったそれを彼が抜き取る。よく見ると竹を割った先に紙を挟んだだけのそれは手紙のようである。
「んだこれ」
「ホワイトデーは倍返し、遅れたら罰は三倍返し。侑子。綺麗なチョウチョ」
「綺麗だねぇー」
「意味わかんねぇよ!!」
フォンダンショコラのとき、もしかすると彼女の時間軸はバレンタインデーだったのかもしれない。この世界で目ぼしいお返しは無さそうだが、頭に留めておかないと。
引き続き探索を続けるが、黒鋼の機嫌はずっと下向きである。
「いーけないんだ〜いけないんだ〜〜乙女の心をふみにじり〜〜♪」
「モコナ、歌上手だねぇ」
「踊りもばっちりだよ〜♪」
「ばっちり!かわいい!」
今日の癒しタイム、これでいい。苛立っている黒鋼に背を向け、ファイと一緒にモコナに拍手を送る。
「せっかく楽しく新しい国を探索してるのに、不機嫌だねぇ。黒ちゅうは」
「……」
ぎろりと睨むだけの黒鋼に、ファイもモコナも怯むことなく、愉し気に怖がるフリをしている。
「星史郎さんとの戦い、途中になっちゃったから――?」
舌打ちが一つ。
「……あれ続ける気だったの?」
「あ?」
「やっぱ、ばかちんじゃん」
こちらは溜め息を一つ。
「私たちを想って戦ってると思ってたのに、ただの戦闘馬鹿だったの?」
敢えて感情的に言ってみれば、ぐ、と黒鋼が唸った。
「でも、いい具合にゲーム世界が現実に戻る境目で移動できたから、二人も剣が手に入ったし、ラッキーだったねー」
「うーん、モコナその時のこと覚えてない」
一番最初、阪神共和国に移動したときもモコナは覚えていなかった。あのときも侑子さんが移動を促したのか。きっと、モコナが自ら移動しようと思わなかったときの記憶はないのだろう。
「サクラちゃん!!」
付近をぐるりと一周し、誰にも何にも会うことが無かった探索を終えて初期視点に戻ると、ツタでできた罠に絡まっているサクラが居た。小狼の姿はない。どういう状況だろう。編み方を見て手早く隙間を開けて解く。
「どうしたの?」
「小狼君が攫われたんです!!」
モコナの問いにサクラが焦ったように言う。道理で、必死に縄を引いていた訳だ。
「こっちのほうに担いで行きました!」
サクラとモコナを先頭に、幹を走りながら小狼の連れ去られた方向に走る。
小狼を捕まえた者たちは”耳としっぽが生えた小さい人”だったと言うので、余程脅威には思えない情報である。小狼が到底打ち負けると思えず一同が不思議がるので、サクラは自分があの罠に捕らえられて助けようとした時に投げられた木の実が頭を打って昏倒したのだと説明してくれた。小狼らしいが、下手したらサクラも危険だったかもしれないと思うと確かに、黒鋼の言う通り”まだまだ”なのかもしれない。
「あっち!煙だ!!」
何かを焼くニオイは小狼が連れ去られた先に近付くたび強くなっていた。とうとう煙が見えると、モコナが声を上げる。
「小狼君!!」
開けたところに炎が上がっている。飛び込みそうなサクラをファイが留めながら、黒鋼に続いて私も飛び出した。
そこでは、火の傍に座る小狼がうさぎに似た二足歩行の生き物たちに持て成されていた。
「大丈夫でしたか?」
「小狼君は!?
タンコブできてる!」
木の実に打たれた後頭部を撫でられた小狼が困惑する中、モコナが続けて撫で始めると少し気持ちが落ち着いたようで”彼ら”の事情とやらについて言及する。
わらわらと集まる獣の身の丈は、耳を抜きにすれば腰程度にしか無い。黒鋼が訝しむように「なんだてめぇら」と低く呟くと、小狼の背中に隠れるように怯える程臆病でもあるようだ。
「このヒト、顔こわいけど取りあえずいきなり嚙みついたりしないから――」
「取りあえずってのは何だ!!」
「えへへ〜。怖い顔はいいんだー」
気の抜ける雰囲気だ。確かに。
事情を聞くため一行が威嚇しないよう腰を下ろすと、人懐っこい生き物のようで、ファイの脱いだ上着にじゃれ付いたり、小狼にぴったり寄り付いたりしている。
急に現れた魔物がこの森を抜けて更に奥の樹海におり、彼らの住んでいる所を荒らしまわっているのだという。その魔物の力は圧倒的だというので、小狼が羽根が関わっている可能性を考えて調査に名乗り出たということだ。
「あの恐ろしいもの、イケニエささげろっていった」
「おいしそうなイケニエ渡したら、もう森荒らさないって」
「で、おいしそうな小狼君を捧げようとしたと――」
「モコナも美味しそうなのに――ぃ♡」
食べられたいのだろうか。そこで張り合うモコナの思惑を真剣に考える。そもそも、小狼は美味しそうだろうか――
「モコナ、羽根の気配は?」
「……うん、感じる。近い」
「魔物退治ってわけか」
「黒様うれしそ――」
確かに、黒鋼の出番である。私も杖を新調できたし、少しは役に立つだろう。
「わたしも行きます」
「姫……」
「足手まといにならないように頑張ります。一緒に行かせてください」
サクラの表情に不安は一切なく、決意と覚悟に溢れている。ここに一人サクラを置いて行く方が不安だし、いざという時は皆で守れる。
「……はい」
小狼も彼女の表情に否というつもりはないようだ。
私たちはもてなされた料理で腹ごなしも済んだところで、全員身支度を整えて出立の用意をしていたのだが、それには”彼ら”が否と主張する。
「みんな行って帰って来なかったらイケニエいなくなる。ひとり残って!」
やっぱり、残るのは美味しそうな人がいいのだろうか――
「あははは、しっかりしてる――」
「でも、誰を……」
「私結構美味しいと思いますよ」
「え!?」
「じゃあ、オレも残るよ――」
彼らは満足なのかこくこくと頷いている。
「サクラちゃんは行って来て――危ない目に遭うかもしれないけど、それでも行きたいんでしょ?」
「はい」
「ここで応援してるよ――」
ま、二人いればイケニエにされることもないだろう。
「ファイも美味しそうだもんね」
「えへへー、そうー?黒りー、イケニエの話のとき剣抜いてたからー」
ナイスフォローだったと言われて、気が付いていなかっただけに苦笑しかできない。
火はすっかり落ち着いてとろとろ燻っているだけ。それを眺めながら、彼らと話をしていた。
「あれ、すごく強い」
「そばにいけない」
魔物の見た目に関して言及されていないことが気にかかっていた。彼らがカタコト口調なので深堀りしづらいところもあるが、黒鋼たちが戻って来るまでは時間が沢山ある。ゆっくり話を聞いて情報収集しておけば損はないだろう。
「そっかー。で、そのあれってどんな感じなの?」
「あれは……」
「住んでる所飛んでった、いっぱい倒れた」
「戦っても勝てない」
「勝てないならイケニエを出すのはどうか」
「いいかも」
「おいしそうなイケニエ渡したらもう大丈夫かも」
「きっと大丈夫」
「大丈夫だって言った」
「だれが?」
「あの恐ろしいものかも」
「あの恐ろしいものだよ」
「魔物がおいしそうなイケニエ渡したらもう荒らさないっていった!」
少しずつ話が食い違っていく。人づてに聞く噂話ぐらい真実から乖離していっている。ここで事実なのは”あれのせいで住んでいるところが跳んでって倒れた”ことだけだ。
ファイをちらりと見ると、愉快そうに笑っている。
「黒んたが怒りそうだねー」
「え?まあ……」
「ほら」
指差された先を見ると、彼らのうちの一人が、見覚えの有り過ぎる羽根を持っている。
「あの、すみません、その羽根なんですが」
どくどくと早鐘を打つ心臓を抑えながら、その彼に膝をつき声を掛ける。
「多分、例の魔物の原因です。こちらで、お預かりして処理します」
「そうなの?」
「あの人たちが戻ってきたら処理できます。魔物いなくなります」
「ウィズちゃん、なんか片言ー」
「どう喋ってたっけ……」
「やったー!!」
「お祝い!」
「お祝いしなきゃ!」
火は再び焚かれた。
「この羽根、どうしたんですか?」
「落ちてたの拾った」
「落ちてたんだー」
それでいいのか。いや、まあ、これまでの人たちだって羽根との出会いはそういうものなのかもしれない。
よくできた太鼓とバチで火を囲いながら踊る彼らを眺めていると、考えているのが馬鹿らしくなってしまう。
「楽しそうだねぇ」
「踊りできる?」
「教えてー」
「教える!」
その間、やることも無いので親切に声を掛けてくれた一人に続いて踊る。彼らの”お祝いの踊り”は案外長くて、2ラウンド目に入る前に黒鋼たちは帰って来た。まだ、踊りがマスターできていないというのに。
「お帰り――」
「おかえりなさい」
「何やってんだてめぇら」
何故か膝から崩れ落ちているサクラと小狼に、そういえばイケニエとして待たされていたんだったなと思い直す。
「お祝いの踊りなんだって――」
「どうしてお祝い?」
「はい」
私はローブの中からサクラの羽根を取り出し、小狼に渡す。
「羽根!?」
「ここにあったのかよ」
「この子たちが持ってたんだ――落ちてたの拾ったんだって」
「それって魔物が現れた頃じゃないですか?」
「そう?」
「そうかも」
彼らは伝言ゲームが下手なので、あまり信憑性がない。いつ落ちてきたのかは――いや、モコナが来てすぐに反応しなかったのだから、彼らが手にしたタイミングはそれよりも後だろう。
「魔物は竜巻だったんです」
「あーやっぱり。この子たちの話聞いてたらそうかなぁって」
「生贄寄越せなんて、竜巻が言ったのかよ」
「それがねぇ、はいもう一回」
ファイは彼らによる”あれのせいで住んでいるところが跳んでって倒れた”事実から” 魔物がおいしそうなイケニエ渡したらもう荒らさないっていった”誤りの主張までの伝言ゲームを披露させる。
「言ってねぇだろ!」
「言ってないねぇー」
黒鋼のツッコミがこんなに有難いと感じることがあるだろうか。この旅史上初といってもいい。
「サクラ姫」
落ち着いたところで、小狼がサクラに羽根を渡す。吸い込まれるように消えると、直後例の竜巻が吹き荒れる。
「竜巻だ――!!」
モコナは叫ぶが、その勢いが強風程度で彼らの縄張りを荒らさない様子を見ると、黒鋼にしがみついてファイと共にきゃーきゃー楽しんでいる。
風がふっと止むと、一帯では見なかった大きな花と花弁が優しく降り注ぐ。
「この花は……竜巻のお礼かもしれませんね」
小狼の手に一つ降って来た大きな花を、彼は眠るサクラの髪にそっと置いた。いつになく彼女の表情は穏やかだった。
その後、モコナはこの国に用は無しという様子で再び羽を広げ、魔方陣を出す。まだ少し気になることはあるが――まあ、羽根は手に入ったのだから、次か。
小狼がサクラを抱え、魔方陣に入る。
「踊り、教えてくれてありがとう」
笑いかけると、彼らはきょとんとしてから笑ってくれた。
ファイに手を引かれ、ぽすんと後頭部が吸い込まれる。
「なに?」
「離れたらだめだよー」
前にもそういうことを言われた気がするな、と思いながらつながった手をそのまま握り返した。
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