紗羅ノ国
今回の次元移動は妙に激しくて、ファイに手を取られていなかったら狭間で露頭に迷ったんじゃないかと思った。
「はぐれちゃったねぇ。モコナ達大丈夫かなぁ」
「ちょっと強引でしたもんね」
「……」
「あれ――怒ってる?」
星史郎との戦闘中断に続いて魔物も竜巻だったという結末に黒鋼は不服らしい。
「あの国、変だったねぇ」
こくこくと頷けば、ファイは”彼ら”の特徴について言及した。暑い国の生き物なのに”ふわもこ”は妙だと。言われてみるまで気付かなかったが、確かに生態系として自然ではない。
「竜巻にやられたとはいえ、建物もほとんどなかった。
それに、あんなに側に羽根があったのにモコナが全然気づかないってのも変だよねぇ」
「モコナが居る間、羽根はあそこに無かったか、意図的に隠していたか?」
「サクラちゃんが竜巻の声を聞いた以上、羽根はずっとあった。けど」
「仕組まれてたってことか?」
「……かもね」
誰が、何のために?
「後はあの子たちの可愛い仕草で色々変な所をうまーく誤魔化されたって感じかなぁ」
ファイの言葉が身に染みる。可愛いものに私は弱すぎる。肩を落としていると「可愛かったねぇー」と優しい励ましの言葉を掛けられる。
「驚かないんだねぇ」
「……誰かの視線を感じる時がある。異世界を渡る旅を始めてから、ずっと。
何ともなかったのはあの次元の魔女の所くらいだな」
「あの次元の魔女の居場所は凄い所だったからねぇ」
ちら、とファイを見上げると、もういつものファイだった。じっと見つめ続けていると、彼は黒鋼に目を向ける。
「何で言わなかったの?小狼君に」
「言ってもしょうがねぇだろ。相手が誰かも分からねぇのに」
「無駄に不安にさせることもないって?」
そこまでは言わないが、黒鋼のその判断は結果として優しさになっているということは儘ある。黙って聞いていると、ファイは調子よく「黒様やっさしー」と言って黒鋼に絡んでいる。
長い階段を下りていた私たちの前、広場になっているところに揃いの白い道着に鉢巻を巻いたサングラスの男たちがぞろりと群れを成して立ちはだかっている。それぞれ小刀を帯刀していてこちらを睨んでいる。
「なんだてめぇら」
「遊花区の手のモンか!?」
「ここは陣社だぞ!!遊花区のモンが来ていい所じゃねぇ!!」
「ゆうかく――?じんじゃ――?」
「神社?」
こちらの態度に対し、彼らは”とぼけている”と思ったようで、血の気多く吠えて刀を抜く。
「……そっちが先に抜いたんだ。どんな目に遭わされても文句言うんじゃねぇぞ」
間の悪い男たちである。黒鋼は戦いたくて仕方が無かったのだから。
抜刀と共に一薙ぎで向かって来た男たちを吹き飛ばす。
「かっこい――黒んぴゅ!」
緊迫した空間、男たちの呻き声が上がる場に気の抜けた拍手の音がよく響く。
「てめぇ何ぼけっと見てやがる」
「や――、黒たんの大活躍を邪魔しちゃいけないかな――って」
「く……っくっそ――!」
「やっちまえ!」
ファイの態度もまた頭にくるのだろう、男たちは全員飛び掛かって来る。
「おやめなさい」
それを止めたのはよく響くのに穏やかな声である。動きを止めた男たちのさらに奥、長髪と丸眼鏡が印象的な穏やかな面持ちの男性が近づいてくる。
「なんだ?」
「誰だろー」
「蒼石様!」
「陣主!」
立場は陣主、名は蒼石――というのだろう。男たちは彼をよく信頼しているようで、私たちにはしなかった状況説明をしている。
どうやら私たちは蒼石が張った結界を越えて勝手に敷地内に侵入したことになっているらしい。その実、モコナの口から落とされただけなのだが。説明してもわかるまいとファイは笑った。
「だとしても、それだけで手洗い真似をするなど言語道断。申し訳ありませんでした」
「いいえー。見た目が凶暴そうだったから、誤解しても仕方ないかもー」
「んだとてめぇ!!」
馬にするようにどーどーと声を掛けているファイに、最近はそういうイジりにハマってるんだなと放っておき、蒼石の方に目を向ける。
「この紗羅ノ国の方ではないようですね」
「旅の者です――あと二人、いや三人いるんですけどー」
「お連れ様がいらっしゃるんですね」
こちらの事情を丁寧に聞いてくれる蒼石に、ファイが素直に答えると、彼の方からうちに泊まらないかと提案してくれる。
「陣主!こんな何処の馬の骨だか分からん連中を!!それに」
「袖すり合うも多生の縁。困った方を助けないで、何が陣社ですか」
「陣主!!」
男たちは一切許容していないようだが、蒼石の決定が覆ることはなさそうだ。
「ここ、どういう所なんでしょう?」
「神社だろ。神だかを祀ってる」
「いいえ、ここは陣社。私達が守っているのは神ではなく、人達です」
蒼石が後は案内をしながら説明をすると言って、陣社の中に誘う。親切にしてくれる相手をすぐに信用するのは良くないと分かっているものの、陣社と蒼石の纏う清浄さが居心地よく気が緩む。
男たちは蒼石に案内される私たちを不審に思う気持ちがまだ払拭されないようで、後ろをぞろぞろ続いている。
「もうずっとずっと昔から、この陣社はこの国を守っています」
「何からー?」
「色んなもんだよ!外からの敵や!疫病とかな!」
「その陣社を守るのが蒼石様の一族よ!」
「代々不思議な霊力を持った人が産まれてな!」
「その中でも一番強い霊力を持った人が陣主になるんだ!!」
余程蒼石のことを尊敬しているらしい男たちが、彼の説明を大いに補足してくれる。
「神社と神主みてぇなもんか」
「かんぬし?」
「神に仕えて社を守る者のことだな」
「日本国にもいるんだー」
「神社はあるが神主はいねぇ。いるのは姫巫女だ」
「それが黒たんを飛ばしたっていうお姫様ー?」
「おう」
紗羅ノ国の陣社を知らない我々を”田舎者”と揶揄するようなことを言って上位に立ったつもりの男たちを、黒鋼は一睨みで黙らせる。
蒼石の穏やかな気質に反して、なんて浅ましい男たちだろう。
「今もなんだか大変な感じなんですかー?」
「どうしてですか?」
少し驚いた様子の蒼石がファイの言葉に質問で返す。
「陣社のまわりだけじゃなく、あっち。注連縄っていうんですか?あれよりもっともっと強力な結界がありますよねー。
何かからあの中にあるものを守る感じの……」
ファイの”カン”だろうか。彼の示す先には確かに私でも分かる結界が張られている。そうだ、今はモコナが居ないから、ここの探索は私たちが気を配ってやらなくてはならない。
「……先程の剣術といい、貴女の見立てといい。只の旅のお方ではないようですね。
これも何かのご縁。お話しましょう、今起こっていることを」
恐らくは、来たばかりの私たちに見せていい場所ではないだろう。蒼石は躊躇うことなく結界の施されている部屋の扉を開いた。
「この夜叉像のことを」
目を閉じた長髪の男性の像だ。右目の傷と大剣が印象的である。室内に入った私たちがその像を見上げていると、傷ついた右目から赤く粘度のある液体が伝い落ちる。
「血!?」
「一年に一度、月が美しい秋頃になるとこの夜叉像は傷ついた右目から血を流すのです」
それが遊花区に居を構えている”鈴蘭一座”という芸の一座が旅から戻ってくる日と毎年一致しているというので、陣社に仕えている男衆・氏子達が”気にしている”というのだ。
「毎年って、どれくらい前からなんですか――?」
「私がこの陣社を受け継ぐよりもっと前、先々代の陣主であった曾祖父が残した文に血を流す夜叉像のことが書き記してありました
”鈴蘭一座”の前身である旅の一座が今遊花区と呼ばれている所に住み始めてから怪異が起こったことも」
「蒼石さんは関連があるとお考えですか?」
彼はその言葉に曖昧な笑みをこぼした。断言しない辺り、彼は否定する気持ちも持っていると分かる。
「曾祖父は”鈴蘭一座”が守り神としている阿修羅像が関係していたのではないかと考えていたようです」
「阿修羅か。この国でも戦いの神なのか」
「戦いと、災いを呼ぶ神だとされています」
夜叉神は寄ると黄泉を司り、阿修羅神が呼ぶ約歳は人々を黄泉の国へと送るものではないかと彼の曾祖父と祖父は考えていたそうで、夜叉像の血の涙は阿修羅像が呼ぶ厄災への警告ではないかという推察で終わるという。そう語る蒼石の顔は険しく、彼自身の考えとはやはり乖離しているらしい。
「蒼石様。祭事のお時間です」
「今、行きます」
蒼石はまだ私たちにこの部屋にいることを許した。立ち去り際、彼自身の言葉を残して。
「結界を越え、貴方達がこの時期陣社にいらしたのには理由があると私は考えています」
ただ親切にしている訳ではない。彼なりに、彼の思う真実に辿り着くため、私たちを利用したいとはっきり明言したのだ。柔和に見えて強か、陣主として遜色ない手簡と感じる。
「何か言いたそうだな」
「この像、警告とかそんなので泣いてるのかなぁ。
もっと何か別の理由があるような気がするんだけど」
竜巻の声を聞いたサクラが居たのなら、何か分かっただろうか。未だ涙を流している夜叉像を眺めていると、居心地が悪かった。
〇
蒼石から宛がわれた部屋は大広間で、本当に宿泊用になっているのかシャワールームや手洗いまでついていた。三人まとめて一室になってしまうことを謝罪されたが、男たちのあの剣幕と一際私への睨みが強かったところを見るに、男尊女卑の気があるコミュニティだということは悟った。蒼石がいる以上妙な攻撃はされないだろうが、敢えて二人と別室になるよりも、一室に押し込められる方が余程安全で気楽である。何から何まで女物が無いということで用意されたのは男物の道着だったが、これも全く問題ない。
問題なのは湯を浴び戻って早々空になっている酒瓶の多さである。問題児は例の二人。一、二、三と数え始めてみたが、この行為に意味がないと思い直して十でやめた。
「蒼石さんが良かったらどうぞってー」
「そうなんだぁー」
ファイの声に適当に返事をしながら、部屋の隅に布団を敷く。もぞもぞと潜り込む私の背中にまだ声が掛かっている。
「おいしーよー」
「ご飯のときちょっと飲んだじゃん」
「違うやつだよぉ」
酒は水分だが、この薄い腹の一体どこに吸収されているのだろうか。目の前にしゃがみ込んだファイの手には二つお猪口がある。
「……ちょっとだけね」
「わ――い」
黒い方の横に拳一つ分だけ開けて座ると、白い方はわざわざ座り直して拳一つ分の反対側に座った。
「せまい」
「おめぇから来たんだろうが!」
「黒い方に言ってない」
「どっかいけって言われてっぞ」
「えーん」
わんこそばのように注がれていくお酒は確かに美味しい。しかも、ファイは毎回違うやつを注いでくれる。
「暑い……」
「そう?」
「酔ったんだろ」
「黒鋼が止めてくれないから」
「俺のせいかよ」
黒鋼の横に座ったのは、ファイが注ぎの鬼になったときセーブしてくれると一握でも期待したからである。結果、ファイは注ぎの鬼だが黒鋼はセーブしない。
「四つ葉おいしかったなぁ」
「そうだねぇ」
「でももう飲めない……ファイ作れる?」
「この国のお酒じゃできなさそうー」
「次の国ではチョコのケーキも食べたい……」
「あはははは」
四本目だ。こいつ(白い方)私に一升瓶を四つも空けさせてる。
二度目の肉体の耐用飲酒量は三本まで。ワインだろうが三本、ウイスキーだろうが三本だ。飲みたい物や食べたい物の話をしていたときは気分が高揚し、普段よりむしろ調子が好いと感じたが、急にお猪口が重く感じる。
そして、布団から這い出たときの覚悟を思い出したのだ。
「全然ちょっとじゃなくない?」
「でも、もう飲めないかもよ――」
「無理に飲むもんでもねぇだろ」
白い天使、黒い悪魔、白い悪魔、黒い天使――
「最後の一杯にする」
「どれがいいー?」
「馬鹿はどいつだよ」
「ばかちんは黒い方、お酒はこっち、いたっ」
拳骨された。
「可哀想に――よしよし」
「距離が近い」
軟派男を許すな。女たち。
髪を梳いていた手をペン、と払う。
「ウィズちゃん、結構力あるよねぇ」
「ファイをちっちゃくしたら運べる」
「ちっちゃくされるの?」
「ちっこいにゃんこにする」
「くっ……」
お猪口を空にして間もなく立ち上がる。くらりと頭は揺れるが、私の意思は固い。
「大丈夫ー?」
「絶対に歯を磨いて寝る」
「あはははは、気を付けてねー」
文明がある国でそれをしない選択肢はない。
口の中も気分もさっぱりとして戻ると、二人は桜都国でのファイの泥酔演技疑惑について話していた。それは既に私たちの中で解決した話である。
二人はまだ飲み続けるつもりらしいが、私には関係ない。これ以上起きていたら吐くまで飲まされるだろう。さっさと布団に潜り込み、ぼんやりと二人の背中と私が並べた酒瓶の列を眺める。
「あー、納得してない顔だ――胡散臭い奴だなぁって思ってるでしょー」
「ああ」
「やっぱり――黒りん顔にかいてあるんだもーん」
「だとしても問題ねぇだろ。おまえも腹割るつもりはねぇみてぇだからな」
またギスついてる。
「蒼石とやらがあの夜叉像の謂れを話していて”阿修羅”の名が出た。その時、顔色を変えたのはなんでだ?」
痛いくらいの沈黙である。
「言えねぇのか、言わねぇのか」
「ウィズちゃん、起こしちゃうよ」
「……そうかよ」
まだ起きてるわ、ばかちんども。
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