紗羅ノ国


 夜叉王と出会った夜からもう半年が経つ。流石にこの国の言葉にも慣れ、知り合いも増え、女中さんにも良くしてもらっている。とはいえ、小狼たちと合流できない焦燥は常にあり、毎晩戦地で命のやり取りを重ねることに疲弊もある。

私が手にかけた訳では無い。しかし、私が救った人は敵軍の人を殺す。そして、一度は救った人が、次の日には救えないほどに殺されることもある。戦いが苛烈な日には、人だったとわかる肉片しか残らないこともあるからだ。目の前にいた人が、一瞬にして生物でなくなる瞬間を見た。獣や魔物ならば、私自身がそうしたこともある。人間だから堪えられないというのは変な話で、変な話だと思うのに、彼の家族や友人の話だとか、あの日の会話だとかを思い出す。思い出すことをやめられない。それと同じように、敵軍の人々だって同じ人間で、同じように思い出があるだろう。

 口に出したことはないし、態度に出したつもりはない。それでも、気が付く人というのは居て、やはり黒鋼とファイには頭が上がらなかった。宴席からさっさと退席させられたり、治療もそこそこで部屋に連れられたり、本来なら前線にいる彼らの方が余程必要としている時間である。

 こんなに良くして貰っていて申し訳無いと思いながらも、向いていない世界からの解放を私は毎夜願っていた。ファイが心配する夜に、意地を張って一人で眠ると必ず私は“悪夢”を見て、慣れたもので緩慢に目覚め、朝日を待つためだけにまた眠って“続き”を見る。まあ、生きている人と、生きていた人が出てくる夢だ。だから、眠るのには覚悟が必要だった。



 ただ、新しい杖が完成したのは良かった。技術の方が足りなかったため製作は難航し、練習のために作った剣や弓も黒鋼たちがいつもの戯れ合いに使ってくれて報われただろう。まだ今の杖が使えそうなので続投だが、次があるのは幾分も安心できる。

 ずっと作業を見ていたファイも完成をリアルタイムに喜んで祝ってくれた。今の杖より上等なのがハッキリ分かるのだろう、二つを並べて何やら早口に語っていた。楽しげな様子に水を差す気にはなれず“わかるわかる”みたいな顔で頷いていたら“全然わかってなーい”みたいなジェスチャーをされて、二人でじゃれ合った。



 総じて、どうにか上手くやっていた私たちのもとに、ようやく彼らは現れた、らしい。今夜は黒鋼も宴席をそこそこで抜け出し、先に彼の部屋で待機していた私は既にファイから話を聞いている。



「あいつら、やっと来たみてぇだな」

「時間、違う、落ちた?」



 にこりと笑うファイに私たちも頷く。



「ファイ、黒鋼、話せた?」

「話せねぇことになってるからな」

「早く、会いたい」



 小狼のことだから問題なく拠点を作れるだろうと思うが、こんな殺伐とした世界に彼らを長く置いておきたくない。

 黒鋼は苦い顔をしてから、ファイをちらりと見る。見られたファイは数秒彼を見返したかと思うと、肩を竦めている。



「小僧の、剣の確認ができたら合流する」



 黒鋼が言いにくそうにしているのは、こちらが良い顔をしないと分かっているからだろう。分かっているのなら、これ以上否と言うことはできない。



「任せるぞ」

「ブッ……」

「へへ」



 耳に入る言葉を学習したためか、時々、私の言葉選びは様子がおかしいらしい。笑った二人の肩を一発ずつ殴っておいた。



 終わりが見えたことで、今夜はまだ健やかに眠れそうだ。もう湯浴みも済んでいるので部屋に戻ってすぐ布団に吸い寄せられる。いつになく気分が落ち着いているのに、腹に回った腕にひょいと身体を持ち上げられる。



「今日一人で寝れる」



 一旦は意思表示をするが、ファイの布団に枕を二つ寄せられて降ろされる。この人は最近、聞こえないふりをすることがあります。

温かくて寝心地が良いので強く断る理由はない。



「一人で寝れなくなったらファイのせいだよ」



 聞こえないことにしているらしい人に、聞こえないのをいいことに悪態はついておいた。







 朝一番は夜叉王の体調確認、ブランチ、その際に前日治療をしそびれた人たちがおずおずと顔を出すので順番に。女中さんや軍の人たちがそのまま他愛ない話や、喪った人々の話をぽつぽつとするのを聞いていると、黒鋼に連れられて組手の訓練をしてもらう。少し休んで軽く食べたら、月の城へ出陣、帰還後の食事、治療は前までと同じ。

 格闘技能は随分上達したが、私には本当に弓の才能がなかった。ファイが便乗して手取り足取りやってくれたのに、ひょろんとその辺に落ちる弓矢が憐れであった。彼は腹を抱えて大変楽しそうにしていたが。ファイの気が向いてくれるなら、魔法を教えてもらえた方が余程身になるだろうと思わないでもない。決して、言わないけれど。



 月が昇り、私たちは月の城に導かれる。私はいつも通り後方部隊である。一応、この世界における”馬”を借りてはいるが、いざというときの退避用という意味合いが強い。私がすることは、負傷して前線から下がって来た兵の治療である。

 しかし、よく通る声は聞こえる。



「黒鋼さん!ファイさん!」



「阿修羅族はこんな子供まで戦に駆り出さなきゃならん程、戦える奴がいねぇらしいな」



 小狼の声だ、と気付いて安堵する。小狼は、阿修羅王の目に留まったのだろう。姿を一目みたい気持ちはあるが、それは黒鋼の狙いを邪魔することになりそうで、いつもより身体を小さくして耐えた。



「閃竜・飛光撃!」



 一際大きな衝撃音と共に聞こえる黒鋼の声で、小狼への”試験”が始まったことを悟る。どうかやり過ぎないことを願うばかりである。





 結局、やり過ぎた黒鋼の技が小狼を瓦礫に埋めトドメすら刺すかと思われたとき、小狼を連れて来た阿修羅王の攻撃が向けられ、黒鋼はトドメを刺しそびれた。そのまま黒鋼に攻撃を続ける阿修羅王にも黒鋼は好戦的な姿勢を崩さず斬り込んでいったようだが、側近らしき男の援護もあって直接対決は中断、側近と阿修羅王に囲まれた黒鋼にファイの援護も加わり、戦況は膠着状態になった。後方で様子を見ているだけだった夜叉王が剣を上げたのを見て、私は今夜の戦いの終わりを悟る。



「夜魔・天狼剣」



 膠着状態の群れが集まる地面が光ったかと思うと、人々が吹き飛ばされ地面も抉れる。単純な衝撃波というだけではない。黒鋼動揺、魔力や気の伴った一撃である。びりびりと肌が痺れる心地にも、慣れてしまったなと感じる。



 月が昇り切ると、私たちは夜魔ノ国に戻される。戦うためだけに、月の城に毎夜導かれている。しかし、本当に、そうなのか。夜叉王の剣は黒鋼が認めるほどだが、彼ほど戦いを望んでいるようには思えなかった。



 負傷者はそこまで多くなかった。夜叉王の部屋に行けば、特に何も言わずとも中に通される。寝台の上から、一人で月を眺めている。いつもの姿だった。



「夜叉王」



 振り返り、優しく微笑んでくれる。私も返したつもりだが、彼ほど美しくは笑えなかっただろう。

 彼に貰った宝石で作った杖を今日は腰に下げてきた。それを見止めて、一層微笑む。



「できたのか」

「はい。ありがとう」

「よくできている」

「うん……今日、使う」



 いつも使っていた杖を見せてから、それはウエストポーチに仕舞って、新しい杖を握る。

 夜叉王に触れたことは何度もある。無論、治療のためだ。温かくて、美しい顔に似合わず、剣士らしいタコもある硬い手だ。



 それでも、優しい人の形をした、夢幻だった。



 誰かの強い願いによって具現化し、兵たちの誰もが疑うことのない、完璧な夜叉王。一体誰がここまで精巧に想像し得るだろう。



「無事、毎日、願う」

「……」



 どんなに優しい夜叉王の姿を、知っている人なのだろう。

 回復魔法を掛ける意味などない。それでも、そうすることが――私も、夢幻を生んだ誰かも、彼が生きているような夢が見られる気がした。







 小狼と対峙する二日目の夜が来た。月の城に着いて早々、黒鋼は機嫌よく挨拶と共に打ち込んでいったようである。拮抗すらできず打ち負けていたはずなのに、突如黒鋼が自陣に跳んで戻って来る。驚いて小狼を見ると、彼自身信じ難いようで怪訝に刀を握る手を眺めている。

 直後、前線の気配が変わる。ざわめきが起きたかと思うと、阿修羅王が馬を進めて出てきていた。今と言わんばかりに攻撃を仕掛ける夜叉軍は阿修羅王の一振りで吹き飛ぶ。一般の兵では力の差が歴然としている。その様子は普段見ることが無い程殺気立っていて、近付く毎にびりびりと肌が痺れるようだった。

 馬を降りてさらに近づく阿修羅王をその側近が強く声を上げ引き止めているようだが「来るな」と重ねて言われ、一人敵陣に分け入る。纏う気に圧倒され、足踏みする兵もいれば勇気を奮い斬り込む者もいる。そして、斬り捨てられる。



 地面を蹴った阿修羅王が、夜叉王のもとに着地する。彼女は一切の殺気を持たなかった。傍に立つ私を一見もすることはない。



「夜叉王。決着をつけよう」



 しかし、その一撃は死をもたらすのに十分だった。



「私は、己の願いを叶える」



 夜叉王の胸を貫く剣の先が見える。剣を構えることすらしなかった夜叉王の腕は、阿修羅王を待っていたかのように抱きしめた。



「……阿修羅」

「……私が付けた傷だな」



 愛した者の名を呼ぶ声だった。互いに、愛し合っていたのだろう。

 崩れゆく夜叉王に”なかったはずの”自身が負わせた傷をなぞった阿修羅王が、そこへ口付けた。



 光となって消えた身体が”羽根の姿”に戻る。

 夜叉王の姿を取っていた、サクラの羽根だ。



 阿修羅王の腕に残る夜叉王の戦装束と剣だけが、彼が存在していたことを真実にしてくれる。



「小狼、こちらへ」



 崖を駆け上った小狼に、阿修羅王は夜叉王の死の真相を語った。



「死んだ。もう随分前になる」

「じゃあ、さっきまでいたあの人は……」



「幻だ。その羽根が見せていた、まるで生きているかのような影身」



 阿修羅王は夜叉王の右目に傷をつけた。永い戦いの中、互角であった筈の彼に。そして、彼が病に冒されていることに気が付いた。その後のある日”月の城でしか相まみえない筈の”夜叉王が、修羅ノ国――阿修羅王の城に来た。魂となって、ようやく戦を終えた。

 翌日、月の城に現れた夜叉王の姿は既に羽根の力による幻だと知っていながらも、阿修羅王には消すことができなかった。

 理由など、言わなくとも、分かる。



 阿修羅王は羽根を小狼に渡した。



「望みは叶ったか?」

「……はい」



 小狼の言葉に優しく微笑んだ阿修羅王は、自身の剣を地面に突き立て声を上げる。



「月の城は阿修羅が制した。

 願おう、我が真の願いを」



 願いが叶うといわれる月の城に、彼女は何を願うのか。聞くまでもないことだ。



 月に近い程高くある浮島は、眩く光輝きながらばらばらに崩壊していく。馬は危険を察知して嘶く。落ち着かせようと首を撫でるが、私の身体もがくりと揺れる。



「……やはり我が願いは、月の城を手に入れても叶えるには重すぎるか」



「阿修羅王!!城が崩れます!早くこちらへ!」

「いやだ」

「王!早く!!」



「いやだと言った」



 側近の懇願を断る阿修羅王は、夜叉王の剣を抱き目を閉ざしている。この城と共に、剣と共に終わるつもりなのだろう。

 それでいい、と私は思った。



「阿修羅王!!」

「小狼」



 小狼は、そう思わないのだろう。崩れ行く足場で、どうにか助けようと術を探している様子だ。



「諦めればそこですべてが終わる。願い続けろ、強く、強く」

「たとえ己が何者でも、他者が己に何を強いても。己の真の願いを願い続けろ」



 それは、今彼女が為そうとしていることかもしれないし、これまで彼女が為せなかったことなのかもしれない。



 私の立つ足場も重力を失って落下を始める。この高さから落ちても死にはしないが、怒る人が怒るだろう。まだ振り落とさずにいてくれている馬を撫で、浮力を残す瓦礫を飛び移りながら地面に近付いてく。



「やっと来たー」

「……ん!?」

「あはははは、モコナ近くにいるねぇ」

「ファイー!」



「やってる場合か」

「黒鋼もいつも通りだー!うれしいよお」

「おめぇは喋ってただろうが」

「全然違うんだよー!」



 ここが空中でなければ馬を飛び降りて感動の抱擁でもしたいところなのに。驚いている内に、空から小狼が降って来て慌てて掴まえ、衝撃を逃がすよう瓦礫を転々と飛び移る。



「小狼君!会いたかったよ!!」

「えっ!?ウィズさん!」



 受け止めた衝撃と二人にできなかった分の抱擁を小狼に与えてから、前を示して跨らせる。手綱を握り直し、ほど近い地面へと着地する。降り注ぐ瓦礫に注意しながら空を眺めたとき、一際強く空が輝いて、直後――月の城は、跡形もなく姿を消した。阿修羅王の姿も、無い。



「……王!!」



 彼女を弔う声は悲嘆に暮れている。当然だろう。あれだけの愛情と強さを持つ王を喪ったのだから。



 隣に近付いてきた馬を見ると、ファイと黒鋼がこちらを覗いていた。言葉を失っている小狼を見降ろし、黒鋼は呆れたような表情から険しく眉をしかめる。ああ、多分、師匠の顔だ。そういえば、そういう話だった。



「やっぱ、まだまだ鍛練のやり直しだな」

「え!?」



「黒ぽっぽきびし――」



 その肩の後ろからひょっこりと顔を出すファイは機嫌良さげである。それはそうだ。やっと言葉が通じるし、小狼と合流できたし。彼のもとにモコナもサクラもいるだろう。



「黒鋼さん!!?ファイさん!?」

「はーい」



 前に座る小狼の腹をぎゅっと強く抱き、後頭部にぐりぐり頭を押し付ける。



「ほんっと〜〜に会いたかったよ――小狼君!」

「えっあっ!え!?……そうだ、目が!」



 そう言われて初めて、腕を話して顔を上げる。二人の目は真っ黒から蒼と赤に戻っている。



「夜叉族の国にいると自然に黒くなっちゃうみたいー」



 ファイはそれを皮切りに、私たちが半年程前から滞在していたこと、言語が唯一まともに通じる”黒ぴー”が活躍した話をしてくれる。私はその間、あまり小狼に構い過ぎると犯罪になる恐れを危惧し、馬を休めるという名目で二人で降りた。

 小狼は珍しく納得がいかない態度を隠さず、もじもじと言い出す。



「だったらあの月の城で会った時に教えてもらえれば……!!」

「あ――あれは黒ぷいが――、オレ達だって分かってると小狼君、本気出さないからって――。

 小狼君の先生だからね。これでも」

「これでもたぁなんだ」



「そ……そうだったんですか」



 それを聞いている内に僅かな憤りすら収めてしまった小狼はとうとう眉をさげ、黒鋼に頭を下げる。



「有り難うございます」

「なんだ?」



 なんだって、分かるだろうがばかちんめ。



「おれの剣技の上達を考えて下さったんですよね。有り難うございます」

「……ふん」



 目を丸くしたあと、鼻を鳴らして顔を逸らすだけの黒鋼に、まあ、当然ファイは茶化す。



「わーい黒様照れてるー」

「誰が照れてる!!」



 ああ、いつもの感じが戻って来た。二人がチャンバラごっこを始めているだけなのに、私は安心してしまう。



「小狼君!!……ウィズさん!ファイさん!黒鋼さん!!」

 

 モコナを大切に抱いて駆け寄るサクラの姿もある。何やら天女のように可愛らしい装束を着ている。



「サクラちゃん何か可愛いの着てる」

「あっ!えっ」

「ひさしぶりー」



 手を振って再会を喜ぶが、抱擁をする間もなく、小狼が持っていた羽根が近づいて来たサクラに吸い込まれていく。

 眠りに落ちる彼女の腕からふわりと抜けたモコナをファイが抱きとめた。



「モコナ、寝てる?」

「んー?」



 こういうときはいつも一番に声を上げるはずなのに。

 眠るサクラを小狼が抱きしめたかと思うと、モコナは眠りについたまま浮き上がり羽を広げた。



 モコナの様子もおかしいし、紗羅ノ国、夜魔ノ国と続く次元移動は胸騒ぎがする。これまで平気で行っていたことだったのに。



「やっと移動かよ」



「ウィズちゃん」



 手を取られ、小狼のもとに歩み寄る道中、黒鋼の首根っこを掴んだファイは彼もその近くに引き寄せ、全員まとめて抱きしめた。私も意図を理解し、黒鋼の腕を掴んでサクラが抜けないようにぎゅっと抱いた。



「てめ!何しやがる」

「また離れて落っこちないように――」



「待て!やっぱりお前達は夜叉族と通じていたのだな!!」



 モコナの次元移動を直前に、私たちに怒りの声を向けてくるのは阿修羅王の側近の男である。戦場でもよく王を気にかけている様子があった。きっと、捌け口が無く、受け止め切れないのだろう。



「ちがいます。もしそうだとしても、二人の王はもういません」



 小狼の言葉に涙を浮かべる側近が、言葉を失う。



「もし二人の王の亡骸か、形見の一部でもみつかったら。どうか離さず一緒に葬ってさしあげて下さい」



 死して尚、いがみ合う立場になければいい。小狼の願いが伝わって来る。随分前、阿修羅像を忌避ししていた陣社の氏子達のことを思い出した。



 次元移動の最中、手を離さないようにしながら見える景色に目を凝らす。陣社だ、と驚いている内に私たちは生垣に落ちる。



「紗羅ノ国――?」

「戻って来たの?」



 サクラももう目を覚ましたようだ。これまでよりも早くなったな。ここにも変化を感じる。

 陣社の様子は華やかに変貌している。以前は静かな印象を抱かせたが、今は桜が印象的なほど多く華やかである。何より、陣社では見なかった華やかな装いの女性の姿も沢山見られる。

 小狼が気のいい女性に声を掛けられ、陣社と遊花区の人達について濁しながら聞くと”困ったことがあったらいつも陣社の男衆に助けてもらう”関係だといい、それを聞いていた氏子も気前よく腕を構えてみせ、満更でもない様子である。



「仲良しだ――」



「ここは前にいた紗羅ノ国とは違うんでしょうか」

「同じだけどまた別の次元ってこと――?」



 わあっと歓声が上がった方を人々に促されて見ると、見覚えのある顔――蒼石が、喝采の中花婿として女性と登場したところであった。



「鈴蘭さん!」

「神主じゃねぇかよ」



 遊花区で小狼たちが世話になったという鈴蘭と、陣社の陣主・蒼石の結婚式は皆の祝福に包まれている。以前とは状況がまるで違う。困惑する私たちに、続けて”守り神”も披露される。



 見覚えのある夜叉像、そして面影のある夜叉像であった。



「出来た時からずっと一緒なんだよ!」

「おう。離しちゃいけないって言われてるからな!」

「紗羅ノ国が安泰なのもこの神様お二人のおかげさね!」



 確信を持たせたのは、モコナが示した箱の中。小狼とサクラが驚愕に声を上げた”おさげ”と”桜の髪飾り”である。陣社に祭られている神器だと紹介された。ファイが二人に事情を聞くと紗羅ノ国で着けていって、修羅ノ国で置いていってしまったものだと言う。

 いよいよ確信する。小狼は修羅ノ国が紗羅ノ国の前身だったのではないかと同じ見解を述べた。



「場所は同じで、現在から過去、過去からまた現在と。時間だけ移動したって事か――」



 サクラとモコナは不思議そうにしているが、何ら不思議なことはない。敢えて言う必要もないだろうが小狼の鬼気迫る様子にファイは微笑を湛えたまま口を開く。



「未来が変わった、か」



「未来から来たおれがあの時言った言葉を、阿修羅族の人はちゃんと受け止めてくれて、二人の像を離す事なく一緒に祭った」

「そして共にあるふたつの像は怪異を起こすことも無く。怪異が起こる事も無いんだから陣社と遊花区がもめる事も無いよね――」



 納得しながら関心の無さそうな黒鋼と、楽しそうでよかったと喜ぶサクラ。その二人に反して、小狼はすっきりしない表情をしている。一度は「でも」と呟いた小狼だったが、心配そうにサクラが彼に声を掛けると、口を噤んで微笑みを返した。

 過去を変えることで失われるものもある。小狼が何を懸念しているかは分からないが、それを考えず手放しに喜ぶことは私も出来ない。ただ、もう為してしまったことを無しにはできないのだから、次に行くしかないのだ。



 黒鋼が次元移動の順序についてモコナに何やらぐちぐち言っているのを聞きながら結婚式を眺めていると、小狼の声で私は慌てて振り返る。



「阿修羅王と夜叉王の剣!」



 まさに、モコナの口に吸い込まれていった物がそうだろうか。





「モコナ108つの秘密技のひとつ、超吸引力なの♡」

「秘密でもなんでもねぇだろ!しょっちゅうやってんじゃねぇかよ!!」



「守り神の中身を吸い込んで」

「い、いいのかな」

「まずいんじゃーないかな――」



 見られてないよな、と視線を辺りに配るが皆結婚式に夢中のようだ。

 歓声があがり、一同が観衆の視線の先を向くと、阿修羅王の放っていた炎が儚く、優しく辺りに降り注ぐ芸が披露されていた。それを眺める新婦の鈴蘭は幸福そうに涙ぐんでいる。



「きれい。花びらが降ってるみたい」

「本当に」



「んな事より、祝い酒っつってたな」

「黒ろん飲む気満々――」



 花より酒と威勢のいい黒鋼が進む先、モコナが羽を広げる。



「え!?」



 一同の声は揃ったが”紗羅ノ国”で一つとするなら長い期間、この世界に留まっていたことにはなる。飲みそびれた不満を漏らすのはファイに掴まれている黒鋼くらいだ。私も黒鋼が間違ってもはぐれないようがっしりと掴む。



「ほら、小狼君はサクラちゃんを。離れないようにね」



 ファイに肩を掴まれた小狼は優しく微笑みサクラの手を取る。久々に、甘酸っぱいのいただきました。

 幸福そうに微笑む新郎新婦を最後に眺めてから、私はもぞもぞ動く黒鋼の腕にがっしり巻き付き直した。

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