阪神共和国


 魔女・侑子さんと別れ、強烈な引力を感じて光に包まれたかと思うと、同行者一同は再び地面に転がっていた。意識を失っている少年少女に反して、白い男性はけろっとしている。黒い男性もまた警戒する姿勢を崩さず辺りを見回す余裕があるらしい。白いウサギの魔法によって飛んだ世界は少し覚えのある景色だった。



「文明がある国みたいですね」

「そうだねえ、暖かくて過ごしやすい」



 雪国の装いをしている白い男性はそれでもコートを脱ぐ様子はなく、彼は彼で警戒していることが窺える。慎重な性質は旅路に不可欠だ。望ましいことと思えた。



「けど、オレたちちょっと浮いてるかもーー」



 至る所から聞こえる人々の言葉、看板の文字、建造物から見て取れる暮らしぶり。私が初めて産まれた世界“日本”を思わせる街並みに、ファンタジーな一行の格好は確かに浮く。ぼろぼろな少年少女の様子も相まって、不審者に見えるだろう。

 鞄から慌てて適当な上着を取り出して彼らを覆うように掛け、体力のありそうな黒い男性に助力を得るべく「路地に一旦隠れませんか」と打診する。

 その後ろ頭に、軽妙な関西弁が掛けられた。ハンズアップで無害をアピールする成人男性は空汰と名乗り、侑子とは知人で宿を貸してくれるというのだ。

 あまりにも都合のいい展開に三人で視線を送り合うが、空汰があまりに隙だらけなので一旦飲み下して彼の誘いに乗ることにした。

 空汰の引率で黒い男性が少年少女をまとめて抱えて歩く。世界を渡る際、共に来た白いウサギは眠っていて、私が拾い上げて抱えた。宿は目と鼻の先だった。新築の佇まいではないが清潔な印象を受ける、アパートのようである。男性はあれこれ文句を言いつつもその足取りは軽く、もしかすると相当腕の立つ武人かもしれないと思われた。



 出迎えてくれた空汰の妻・嵐に促され雨に濡れた身体を拭かせてもらっているうち、白いウサギ――モコナと名乗った――が目を覚まし、少女の身体を拭く私の傍で少年の身体を拭き始めた。布団に寝かせていた少年の方が「さくら!!」と誰かを呼びーー恐らくは腕に抱く少女のことだろうーー目を覚ました。少年の視界はモコナが占めていたため、飛び起きるような勢いはすぐに失われた。

 困惑する少年からモコナが回収されるように抱き上げられる。白い男性の膝の上で軽快に動き回るモコナと彼が状況の説明をしてくれているのを少し離れて眺める。その様子に少年も少しずつ緊張を解き始めているようだ。侑子さんのところで名乗ることがなかった少年から、白い男性が名前を確認している。私が拭いていた少女の身体は少年ーー小狼ほど濡れておらず、借りたタオルは然程濡れなかったので、自分の頭も拭うことにした。



「こっちは名前長いんだー。ファイでいいよーー」



 ファイからの視線を受け、名乗るべき名前を口にしようとして言葉に詰まる。長らく聞くことも言うこともない自身の名前が、出てこなかった。



「ウィズ、です。よろしくね」



 咄嗟に名乗ったのは、救えなかった二度目の人生における出身国名である。動揺を悟られないよう穏やかに微笑むと、小狼は真面目な顔で頷き、ファイも柔らかく微笑んでよろしくと返してくれた。同じ魔法使いとして彼は腕が立つと感じ取れるが、柔和な物腰に緊張は緩む。

 会話に加わる様子の無い黒い男性のもとへモコナが飛び移り、ファイが会話を差し向ける。



「そっちの黒いのはなんて呼ぼうかーー」

「黒いのじゃねぇ!!黒鋼だっ!」



 全くよろしくする雰囲気は無くツンケンした黒鋼に構わず膝に着座するモコナ。その様子を「くろちゃんとかー?くろりんとかー?」と愉しげに眺めるファイ。この旅の無事を一層願わずに居られない三者から目を背け、少女・サクラの身を案じる小狼に膝を寄せる。



「身体、冷えてますよね」

「はい……」



 身体を拭いたときから感じていたが、水気を取って尚温まらない身体は彼女の失った記憶と関係があるのかもしれない。

 小狼の許可を得て彼女の手に触れ回復魔法を試みるが、芯から冷えた身体が自ら熱を巡らせることが無い限りは焼け石に水のようだった。しっかり医者に見せるべきか、医者でわかる状況なのか。

 考え込んでいる最中、頭上に影が落ちてびくりと身体が跳ねる。ファイが小狼に覆い被さるようにしてマントの中をまさぐっている。無断無許可で行われる蛮行に愕然としつつも、彼女への処置を中断する訳にはいかず目を瞑って集中を続ける。遠くから黒鋼すら怪訝な声を掛けているがファイはお構いなしといった風だ。

 再び影が遠退いた直後、ファイの手には大ぶりな羽根が一枚握られていた。少し変わった模様が記されたそれは彼女の記憶のカケラだと彼は言う。小狼もまた、彼が飛散するのを目の当たりにした羽根だと確信した様子である。記憶のカケラというものを目にしたのは初めてだが、触れていなくても強い魔力のようなものを感じ取れる。

 ファイの手を離れた羽根は吸い寄せられるようにして彼女の胸に吸収されて消えた。その光景は確かにその羽根が彼女の失った記憶のカケラに相違ないと確信を持たせる。直ぐに自ら熱を生み始めた彼女の身体に小狼も気が付き視線を送ってくるので、安心させるよう微笑んで頷きを返す。



「今の羽根がなかったらちょっと危なかったねーー」

「おれの服に偶然ひっかかったから……」



「この世に偶然なんてない」



 緩み始めた空気が、ファイの言葉で再び一瞬の緊張が走る。

 侑子さんの言っていた言葉だと続けられ納得する。



「だからね、この羽根も君がきっと無意識に捕まえたんだよ。その子を助けるために」



 万が一にも羽根が無ければーー考えたくも無いだろう可能性を断ち切ったファイの言葉は僅かでも小狼の心を救うだろう。

 すぐさま「なんてねーー」と真剣味を霧散させる彼に脱力するのだが。



 今後羽根を探す方法について切り出したファイに、モコナが元気よく声を上げて挙手をする。



「モコナ分かる!」



羽根は強い波動を出しているためモコナが感知できるらしく、恐らくは自動的にーー眼力が強くなってアピールする構造だ。愛らしい糸目がかっぴらく様は少々刺激が強いが、わかり易くて助かる。壁と向き合って動揺を鎮めている黒鋼に対してファイはにこにことモコナを撫でている。羽根があったときには教えてくれるということで胸を撫で下ろす小狼が礼を述べる傍ら、水を差す声ーー黒鋼が口を開いた。



「おまえらが羽根を探そうが探すまいが勝手だがな。俺にゃあ関係ねぇぞ」



 確かに、異世界を渡るという共通目的はあるものの、協力関係を築く必要性はどこにも無い。

 黒鋼は自身の目的は自分の世界に帰ることであり、他の事情には関与したり手伝ったりするつもりは無いと宣言する。



 わざわざ突き放すような言い方で伝えなくともーーいや、旅がいつまで続くか分からない以上、一線引いておくのが得策なのかもしれないが。



「はい。これはおれの問題だから、迷惑かけないように気をつけます」



 小狼の真面目な返答に黒鋼は拍子抜けした様子で、それを眺めていたファイはけらけらと笑っている。どうやらこの二者のやり取りが気に入ったらしい。

 不満を隠しもせず黒鋼がファイに話を向ける。



「とりあえずオレは元いた世界に戻らないことが一番大事なことだからなぁ。ま、命に関わらない程度のことならやるよーー他にやることもないし」



 彼を睨むようにしている黒鋼の胸元をモコナがよじ登るのを眺めてから、小狼に語り掛けているファイに続いて私も微笑みかける。



「杖が無いからあまりお役には立てないかも。でも、できる限り力になりたいと思ってるので、何でも言ってみてね」



 ごめんね、と断って小狼の頬にある傷を跡形なく消して意思を伝える。



「すごーい!」

「本当にこれくらいしかできないので、皆さん怪我には気をつけて……モコナもね」



 膝に飛び乗って賛辞をくれたモコナのふわふわとした毛並みを撫でながら、その温もりに癒される。うふうふと笑う様。間違いなくこの旅路の癒しである。







 挨拶を終えて間もなく元気よく入室してきたのは現在滞在している宿の主・空汰夫妻である。皿いっぱいの茶菓子と人数分のお茶まで携えた彼らは疑うまでもなく善人で、初対面である小狼の緊張も間もなく緩む。



 かなりの愛妻家らしい空汰の長い惚気話もそこそこに、渦中の妻・嵐が配ってくれたお茶を啜り温まる。そこで初めて自分の身体が冷えていたことを悟った。



「つーわけで、ハニーに手ぇ出したらぶっ殺すでっ[V:9825]」

「なんで俺だけにいうんだよ!!」

「ノリやノリ」



 歌い笑う空汰に翻弄されている黒鋼を眺めながら遠慮なく茶菓子に手を伸ばす。モコナも空汰と共に踊っていて大変可愛らしい。醤油の効いた煎餅がお茶とよく合う。

 ダメ押しの「本気やぞ!」に元気よく噛み付いている黒鋼に構わず、話は本題に戻される。

 空汰は共に踊っていたモコナを拾い上げ、関西弁同士で軽妙な自己紹介を済ませたあと、小狼が目覚めるまでに事情説明を済ませていたことを告げる。ちなみに、事情説明においても一行の場を回しているのはファイであり、私は相槌を打つ程度だし、黒鋼に愛想はない。もう少し協力的ならやりやすいのにーーと彼に思っていたわりに、私自身も協力的な態度を取れてはいなかったのだと少し後ろめたい。



「一番最初の世界がココやなんて幸せ以外の何もんでもないでーー」



 モコナは行く世界を選べない。その中で初めて移動したこの世界は“阪神共和国”だと空汰は説明した。彼が開けた窓の外には道頓堀、通天閣、くいだおれ太郎ーーらしいものが見える。しかし、国だと言うのか。



 ホワイトボードに資料を提示して丁寧に説明を始めてくれる空汰の話を聞くに、阪神共和国は日本・大阪府と非常に似た文化を持つ異世界の一国であった。十分な基本説明を経て、ファイが空汰の喋り方に質問を投げ掛ける。所謂関西弁だが、阪神共和国においては古語の扱いだという。



「わい歴史の教師やから、古いもんがこのままなくなってしまうんもなんや忍びないなぁと」

「歴史の先生なんですか」

「なんや、小狼は歴史に興味あるんか」



 食いつきのいい小狼に嬉しそうな空汰が微笑ましい。発掘作業に携わっていたという小狼と、歴史教師の空汰は確かに関心が近いだろう。



 ファイはさらに質問を重ねる。



「ここはどういう部屋ですかー?」



 宿を貸してくれるという話だったが、人気はないのに設備が揃っていて清潔である。歴史教師という説明がある以上、寮か何かだろうかと予想していたが、妻の嵐と管理している下宿らしい。料理も提供してくれるようで、まさに学生向けである。

 人のいい二人の様子からして、恐らくは自分たちもその恩恵が受けられるのだろう。空汰は“プチラッキー”と称したが、これはかなりの幸運と言える。



 説明に続いて再び始まった惚気を生ぬるい目を向けて聞いていると、急に空汰が黒鋼の居眠りを発見しーー



「そこ寝るなー!」



 パコン、と軽い音を立てて黒鋼が前のめりに弾かれる動きをする。前触れのない音に一同身を固くして警戒の姿勢を取る。私も回避の姿勢を取りながら空汰を見ると、きょとんとしていた。



「てめぇなんか投げやがったのか!?」

「投げたんならあの角度からは当たらないでしょーー真上から衝撃があったみたいだし?」



 警戒を解かない皆を見て不思議そうにしている空汰。そこまで驚くとは思わなかったという様子ーー彼が仕掛け人らしいが。警戒する程ではなさそうだと腰を下ろし、彼の説明を待つ。



「何って、くだん使たに決まってるやろ」



 ホワイトボードへ新たに書かれた文字は“巧断”とある。漢字圏ではない様子のファイには慣れない言葉のようだ。



「けど聞いたりしゃべったり、言葉は通じるから不思議やな」



 確かに。こくりと頷いて考えるより早く、黒鋼が巧断について質問をする。それには嵐が答えた。この世界の者には必ず憑くもので、私たちも例外ではないと断言する。確信をもった言葉に注目が集まる中、嵐はサクラの傍へ膝をついた。



「サクラさんの記憶のカケラが何処にあるかは分かりませんが、もし誰かの手に渡っているとしたら……争いになるかもしれません」



 小狼が緊張に息を呑むのが聞こえる。



「今貴方たちは戦う力を失っていますね」



 話を向けられた黒鋼とファイは表情は変わらないものの、先ほどより緊張感がある。ふと嵐からの視線を受けてようやく私もその”戦う力を失った”一人であると自覚する。二人と比べて緊張感に欠ける自身に苦笑してしまう。



 何故わかるのかというファイの問いには、空汰が”かつて嵐は巫女だった”という説明で答える。空汰との結婚を機に辞したもののかつての姿は――と再び惚気が始まり、空気は一時弛緩する。嵐を敵ならざる存在と認識した一行は、巧断についての質問を続ける。



 ファイは魔力の元を、黒鋼は刀を、私は杖を対価にしたが、小狼が渡したものは種類が異なる。彼が取り戻すと決めたサクラの記憶に、小狼との過去は含まれない。それが彼の渡した対価である。確かに小狼は戦う力を失ってはいないが、対価の話を思い出すと胸がじくりと痛む。



「魔力や武器は最初からおれにはないから」

「やっぱり貴方は幸運なのかもしれませんね」



 本当に幸運だろうか――と一瞬考えたのち、空汰の言葉に掛かっているのかと思い至る。阪神共和国、巧断という力のある国。武人である黒鋼が感知できないような巧断の力。争いになった際、巧断が手立てになるという言葉に納得する。使いこなせば役立つだろうが、巧断がどういうものなのか認識はあまりに浅い。



「巧断って戦うためのものなんですか」



 真っ先に納得して使い道を考えていた私の予想と異なる疑問を投げかける小狼に、はっとする。彼は本当に武力や争いに疎い――いや、私があまりにも慣れすぎているのかもしれなかった。



「何に使うか、どう戦うかはそいつ次第や」



 百聞は一見にしかず。空汰はそれ以上の説明をしなかった。

 これまで生きた世界では武力となり得る力は必ずしも正しく使われてはいなかった。それはどこでも共通なのだろう。小狼はやはり険しい顔を見せ、ファイと黒鋼もまた平常通りでいるが隙のない態度である。



 話はこの世界での羽根の所在に移り、空汰の質問を受けたモコナが小狼の膝の上で答える。



「まだずっと遠いけどこの国にある」



 モコナの感知精度がどれほどなのかわからない以上、足で探すしかないだろう。小さな島国というのがせめてもの救いである。

 改めて空汰から意志の確認をされた小狼が力強く頷いて返す。



「兄ちゃんらも同じ意見か?」

「とりあえず――」

「そうですね」



「移動したいって言やするのかよ、その白いのは」



 ここに来て往生際の悪い黒鋼を見ていると呆れてしまう。へらりと了承していたファイを横目で見ると、目が合うなりまたふにゃりと笑われるので、こちらも却って脱力し過ぎる。ぎこちなく笑い返して、床に立つモコナを見下ろす。



「しない。モコナ羽根がみつかるまでここにいる」

「……ありがとう、モコナ」



 躊躇なく返答したモコナをそっと拾い上げた小狼が、安堵したように微笑んでいる。むすっとした顔を隠しもしない黒鋼を愉し気に眺めるファイ。前途多難である。



「よっしゃ、んじゃこの世界におるうちはわいが面倒みたる!」



 侑子には借りがあると言って嵐の手を握り、そのまま部屋を辞する二人は幸福そうである。

 下宿の一部屋はサクラと彼女の傍にいたいという小狼が、空汰の指示のもと黒鋼とファイが同室に、私は一部屋借りさせてもらえることになった。部屋に行く前から言い合い――というよりは、黒鋼が噛み付いてファイは泳がせている――をしている二人に、モコナも便乗して随分夜更けなのに賑やかで、こういうのを近所迷惑と言うのだろう。私の肉体より年上に見える彼らには言い難いことこの上ないが、これ以上は空汰夫妻の迷惑になる。

 後ろを歩く二人に振り返る。



「二人とも。そんなにはしゃぎたいなら、朝にやってください」



 あちこち灯りの消えている窓を指差してから、シッとジェスチャーをして高い所にある黒鋼の顔を真っ向から見返す。ファイは大きい声を出していた訳ではないので、二人と言ったがこれは実質黒鋼への注意である。



「おやすみなさい」



 まだ何か言いかけた彼に先んじて別れの挨拶を叩きつける。踵を返して部屋に入る背中には視線が刺さったものの、非難の声は無い。数秒ののち、ドア越しにファイの笑い声と何やらぐちぐち言っている黒鋼の声が聞こえたが、そう長くはなく静まったようである。



 時間の感覚を忘れるほどあの闇の中にいて生活のいろはなど忘れてしまったと思っていたのに、茶は飲み茶菓子は食べ、床に就く前にはシャワーまで浴びている。気持ちがいいと感じた瞬間、頬が涙を伝ったのにも自分のことだというのに驚愕した。

 どれほどの月日をあの闇で過ごしたのか正確な時間は分からないが、朧気にある記憶が十年程だろうと認識させる。世界を旅し始めたあの頃から合わせると二十年以上経つのだろうか。全く年月の経過を感じない身体が、異世界に渡ったことで時の流れを取り戻すものなのか疑問だが、いつか明らかにしなくてはいけないと頭の奥に置いておいた。







 また、闇の中に居る。しかし、天地の分からなくなるほどの空間ではない。ざわめく胸を落ち着かせながら辺りを見渡すとぼんやり光るものが目に留まり、警戒しながら歩みを進める。触れられるほどの距離になり、その光るものが亀の甲羅であるとわかる。暗闇を這うことなくただ静止している亀は、緩やかに振り向く動きをしてから、手足を動かしこちらに向き合う。首を伸ばしこちらを見上げられ、膝をついてできる限り視線を合わせる。

 彼の輝く甲羅のおかげでその表情は目視できる。きらきらと輝く黒い瞳はまるで潤んでいるようで、この闇の中でひとり佇んでいた彼の孤独に同情を誘う。



「この闇の中で、あなたがいなかったら私はおかしくなっていたかもしれない」



 そのまま座り込み、照らされる亀の動きを眺める。少し静止していた彼は口をパクパクと動かす。可愛いらしい動きだと思った直後、どこからか響く声が続いた。



「ここではわたしが貴女の傍にいます」



 男とも女ともつかない声である。他に誰も居ない空間で自分以外の誰がと言うと、まさにこの亀しか居ない。やはり、ただの可愛らしい亀ではないらしい。驚きはすれど、優しい語りかけに心が緩む。



「ありがとう」



 彼の小さな一歩でも、既に十分近付いていた私たちの距離は無くなるほどである。光る甲羅をそっと撫でつけるとともに、亀はふわりと浮き上がり慌てて抱えるようにした私の胸元に消えた。

 光が消えていくとともに意識が遠退く。



 暗闇に呑まれそうになった瞬間、息が上がる心地で飛び起きた。私は横になってーー眠っていたらしい。

 不思議な夢だった。

 暗闇というものを自分が想像以上に恐怖していることを自覚する。カーテンを透かしている明け方の光を見つめ、安心させるように胸元で拳を握る。その途端、冷え切った手を温めるように胸元が熱くなり、びくりと身体が跳ねる。

 本当に、ただの夢だったのだろうか。

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