玖楼国


玖楼国

 乾いた砂の香りに変わり、目的の世界へ辿り着いたことを悟る。

「モコナ!」

 次元移動を終えたモコナがふらりと地面へ落ちて行くのを小狼が受け止める。モコナの表情にははっきりと疲労が滲んでいた。

「限界まで魔力を使ったんだね」
「大丈夫か」

「平気……出来る事頑張るんだもん」

 チャンスは一度だけだと念を押されていたうえ、通信先から聞こえた爆発音がこれまでとは負荷が異なることは明らかだ。小狼の腕の中にある丸い頭を撫でると、モコナは気丈に微笑む。

「着いた?」
「ああ。玖楼国だ」

 見覚えのある両翼の遺跡。目に見える範囲に街並みもある。先導する小狼に続いて私たちは居住区に続いているという階段を上がっていく。長い階段の先には翼をモチーフにしたのだろうゲートがあるが、扉や門番があるわけではなく、装飾の役割のようだ。

「この門の向こうか」
「居住区があって、城はその先だ」

 太陽は天辺近くにあるが湿度が低いためか、砂漠の砂が舞い上がるほどの風のおかげか、然程暑さは感じない。

「でも”切り取られた時間”ってどういう意味なのかな」
「分からない。時間が止まっているという事なのか、それとも……」

「どうなっていようが、目指すものはこの向こうにある」

 モコナの疑問にファイは推察を述べていたが、黒鋼はそれを一刀両断した。

「行こう」

 迷いのない小狼の様子に頷いて一行は頷いて歩みを進める。

「!!」

 辿り着いた居住区は人々の活気に満ちていた。飛王がこの地に居るとは思えないほど、平穏な日常風景だ。

「これは……」
「あっ」

 たくさんの果実を籠で運ぶ少年が地面の小石に躓いたのか、あっと声を上げた。その身体を支えた小狼に「ありがとうお兄ちゃん!」と笑顔で感謝を伝えている。

「旅のひと?」
「……ああ」

 困惑する小狼がようやく返事をすると、少年は「ほんとにありがと!玖楼国はいいとこだよ!」と続けた。賑わう居住区は笑顔に満ちている。

「みんな楽しそう」

 モコナが思わず呟いた言葉にこくりと頷く。

「……どうなってんだ」
「城下の人達は特に異変は感じてないのか」

「サクラ、どこにいるのかな」

 黒鋼とファイの疑問を明らかにするには、あまりにも情報が不足している。私たちの探しているサクラについて聞き込みをするにしても、変わらぬ日常を過ごしている様子の彼らが、何を知っているとも思えない。

「お兄ちゃん!」

 街を歩いていると通りすがりの店先で、先ほど小狼が手を貸していた少年と再会した。

「さっきはありがとう。お店の品物落とさずにすんだよ!」
「いや……」

 梨のような果実を手にしている少年の後ろ、柔和な面持ちの女性がその肩を抱いた。

「本当に有難うございます。この子慌て者で」

 ありふれた母子のやり取りには何一つ引っかかる点がない。

「どっちにも殺気はねぇが、消そうと思や出来る」
「……だね」

 もう、ここは敵地なのだ。人々の朗らかな雰囲気すらも信じることはできない。黒鋼とファイのやり取りに瞬き一つで気持ちを切り替える。
 歩み寄る人々の気配を感じ取り、私たちは小狼の傍へと集まる。

「その格好、異国の人かい?」
「はい。今着いたばかりで、玖楼国に」

 声を掛けて来た通りすがりの男性と愛想よくやり取りをしてくれるのはファイだ。その態度が柔和でも、ずっと共に過ごしてきた私たちには警戒という壁をはっきりと感じ取れる。

「なんだか4人とも随分違った服だね。それぞれ別の国から来たのかい?」
「産まれた国は違うんですが、今は一緒に旅しています」
「いいねぇ」
「一人旅もいいが、やっぱり誰かと一緒はいい」

「……そうですね」

 異国の旅人と見ても警戒することなく寛容な態度を崩さない彼らは隙だらけで、無害そのものだった。ただ”誰かと一緒はいい“と何気なく言われたのだろうが、それは私の心によく染み入る。

「ゆっくりしていくといい。祭りも近いしね」
「祭り?」
「おう、あの遺跡でな」

 遺跡で行われる予定だという祭りに反応を示したのは小狼である。彼は険しく表情を引き締めた。何か気が付いたのか、気がかりなことがあるのかもしれない。

「宿はもう決めたのかい?」
「いえ、まだ」
「だったらうちに来て!」
「そうですね、是非」

「いや、でも」

 先程の母子の提案に対して、渋るのは小狼だ。訳知りの彼の判断に私たちは従うべきだろう。

「そうすりゃいい。旅の途中なら金も必要だろ。なあ」
「それにこの国、夜はすっごく寒いよ。外で寝るなんて無理だよ」

 身を寄せたファイに、小狼は小さく「確かに、眠れる所は確保しておいたほうがいいと思う」と呟いた。

「それに、サクラ姫の居場所が分からない今、情報も欲しい。
 ……もう、陽が暮れる」

 全貌とまでは行かずとも、僅かな情報すら今は必要だった。私たちは沈みゆく夕陽に照らされる小狼へ頷いて返した。

 複数のドームが連なるようにつながっているのが玖楼国のスタンダードな住居のようだ。振る舞われた夕食は野菜や果実が割合として多いが肉類も人々に食べられているようで、豊かな国といっていいだろう。

「ごちそうさま、おいしかったよ」
「お母さん、お料理上手なんだね」

「うん!母さんのパーユもね、美味しいんだよ」

 モコナとファイの賛辞を受け、食器を提げる少年は嬉しそうに続けた。

「パーユってなぁに?」
「これ」

 少年は一度食器を置いて、小さなサイドテーブルに置いてある籠を取り上げた。中には既にぎっしりと“パイ”のような食べ物が詰められている。私たちが座るテーブルの皿に積んである果実の一つを手に取った少年は「中にね、市場で売ってるうちのリンゴが入ってるの」と言う。
 その“リンゴ”を渡された小狼の表情はどこかあどけない。ふと、阪神共和国でリンゴを食べたときのことを思い出した。もう一人の小狼が、半分に割ったそれを分けてくれたのだ。

「パーユは明日の朝食べて下さいね。
 さ、お疲れでしょう。ゆっくりお休みになって下さい」
「有難う」

 食事中にファイは玖楼国で変わったことが無かったかそれとなく母子へ話を振っていたが、彼らはきょとんとするばかりで追求はできなかった。

「今日これ以上聞けることは無さそうだね」
「野郎は気付かれねぇように動いてるって事か」

「……明日は遺跡に行こうと思う。すべての始まりだから」

 リンゴを眺めているようで、それを通して小狼が何を思っているかは想像に容易い。
 私たちは頷いて用意された部屋へ別れることとなる。

「黒鋼、そういえば腕の調子はどう」

 母子は既にリビングから寝室へと立ち去っている。カーテンで仕切られた一室へ向かう背中にそう投げかければぴたりと動きが静止する。ファイは肩を竦めて小狼の背中を押し、先に部屋へ行った。
 しかめっ面が振り向いて舌打ちが一つ。全くもって無礼な男である。

「私の部屋に行こうか」

 マントを捲りベッドへ座らせた黒鋼の腕を見ると、義手の接合部は熱を持ち赤く腫れていた。皮膚の下で繋がる黒鋼自身の組織と義手の回路が嚙み合っていないのだろう。よくもまあ、黙っていたものだ。回復魔法を掛けても、結局は一日過ごすだけでまた同じ症状を繰り返すだろう。

「義手そのものを調整できたら、一番いいんだけど」
「動くから問題ねぇ」

「よく言うよ」

 ひやりと冷えた相槌が聞こえて来たのは部屋の入口からだった。黒鋼ならばそう言うだろうと分かっていた。私は半ば諦めていたが、ファイはそれを許さなかったようだ。室内の温度が下がったように感じるのは、玖楼国の夜が冷え込むからではないだろう。

「マントは傷を隠すため、頭のは痛みを隠すためだろう?」
「……」

 詰められている黒鋼がこちらに視線を送ってくるが、私がまさか味方するとでも思っているのか。自分の立場ならば味方して欲しかっただろうし、実際よく黒鋼にそういった視線を送ったものである。

「ちっ」

 げいん、と響いたのは黒鋼の額当てが揺れる音である。ファイの拳によって。

「痛いなら最初からそう言え、馬鹿」
「ってっめ!」

 ファイから繰り出されたとは思えない殴打の勢いに目を白黒させていたが、一先ず応急処置でもしないよりマシだと決意して杖を取り出す。

「一緒にいたら隠しきれない事のほうが多い。後で知ったら、小狼君もモコナももっと辛い」
「……おまえが言うか」

「オレだから言うんだよ」

 滲む視界を明瞭にすべく瞬きを繰り返していたというのに、頭を優しく撫でられて止まらなくなってしまう。

「ほらー、黒様が隠し事するからー」
「まあ、半分は黒鋼のせいだね」

「もう半分は俺じゃねえってことだろ」
「え――」

 飛王との戦いは、この義手で騙し騙し乗り越えるしかないだろう。戦いを終えた先で、この腕をしっかりと治してもらいに行こう。また侑子との取引が必要になるかもしれないが、この腕を用意してくれた国に行けば調整もできるはずだ。サクラもきっと彼女に会いたがるはずで、それは想像しうる最高の未来だろう。

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