玖楼国


 血に濡れた手が、そこに居たことを確かに教えてくれるのに、硝子が砕けるようにして消えて行く姿は何も残さない。

「小狼、君……」

 ぐらぐらと揺れる視界で、そこに在る血痕に指を浸す。

「……詫びるくらいなら、なんで、生き残らなかった」

 ファイも、黒鋼も。想定しなかった訳じゃない。それでも、取り戻したいと力を尽くしていた。尽くしていたのに。
 残された緋炎が黒鋼の手に握られ、魔力の結晶はファイに戻った。左右揃った、蒼い瞳。

「オレに魔力を残して元に戻すために……ずっと力を使い続けていたんだね」

 魔術師の気配。魔力の存在を感じる。肌に慣れた、魔術師としてのファイの気配だ。

「君が……帰って来てくれたほうが……ずっとずっと良かったよ」

 ファイは、写身だとか、本物だとか関係なく、ただ小狼とサクラが幸せであるように。笑顔でいてほしいと願ったのだ。言葉にしなくとも、黒鋼だって、私だってそう望んでいた。
 私が救えなかったから。そう言っても、小狼が戻って来る訳ではない。

「やるべきことを、やる……」

 立ち上がった小狼が、私が張った虚勢に頷いた。嘘でも、張らなければ、戦えないから。
 小狼は黒鋼に差し出された緋炎を受け取った。

「この魔法、あの男の空間とこっちの空間を繋げようとしてる」

 写身の小狼が、その身を貫かれながらも放った魔法だ。

「引きずり出せ」
「ああ」

 黒鋼の言葉に、言うまでもないといった態度でファイがその魔法を継いだ。
 広がった亀裂の奥へ潜むようにして膝をつく飛王のもとへ、小狼と黒鋼が飛び込む。その身体へ守護魔法を付与した。魔力はもう多く残っていないが、手段を選んではいられない。

 魔法で小狼の攻撃を防ごうと飛王だが、斬撃に敵わず防御壁は崩壊する。そこへ撃った黒鋼の二撃目が、飛王の身体を一刀両断した。皮が剥がれるようにして見えた中身は見覚えのある男――カイルだ。為す術もなくカイルは倒れ込む。

「この、為に……側に……」

 影武者。
 倒れ込んだカイルの奥に悠然と構えた飛王と――眠るサクラの姿がある。

「置いていたのだが、身代わり程度にも役に立たなかったな」

「飛王……」

 カイルに思い入れがある訳ではない。一人、また一人と、紙切れ一枚のように掃いて捨てる、無関心な顔に怒りが収まらない。

「飛王……!!飛王!!!!」

「やはり、偽物(つくりモノ)どもはこの程度か」

 カイルの身体が消える。彼もまた、誰かの写身だったのだろう。側に置かれた理由もその終焉まで知ることが無く、利用されただけ。

「真者(ホンモノ)と違って」

 日本国で別れたサクラの躯。その頬に触れる飛王に小狼が斬りかかる。私たちも身構えてその後ろに続いて飛び込んだ、が。

「さくら!!」

 ふわりと浮かぶサクラの躯は飛王の手を離れる。

「始まるぞ」

 サクラから魔力が放たれると、背後に見える玖楼国に倒れていた人型たちがカイルと同様に姿を消す。振り向いた先、取り込まれようとしている幼少のサクラが、止まっていた水の流れが、動き出した。

「時間が動き出してる!」
「姫の所へ行け」

 間もなく動き出すだろうと小狼が言った、その刻限が来たのだ。

「君は今までその為にずっと待ってたんだろう、あの手の掴む為に!」

 小狼へ敏捷の魔法を。

「急いで」
「行け!」

「小狼くんをよろしくね」

 頷いたモコナには、飛王の元に残る私たちより、小狼の側に居てもらった方がいい。
 飛王の場に繋がってから、続いている地鳴りが強くなっている。

「遂に来たか、待ち続けていた時が」

 興奮した様子の飛王に構う間もなくモコナの声が聞こえてくる。

「小狼!!サクラの羽根の力感じるよ!」
「あの時の黒く濃くには羽根はない筈だ!」

 そうだろう。サクラの羽根が飛散したのはこんなに幼少の時代ではない。

「あの時には、な。けれど、おまえ達の旅で世の理が崩れ始めている。
 おまえ達がそれぞれの世界でおこした出来事が、未来だけではない、過去をも変えた様をその目にしただろう」

 飛王は愉悦に満ちた声色で、困惑する私たちに続ける。

「砂の国。人々の名前の響き。守られた貴重な水。そして、ふたつにそびえる塔のような建物」

「まさか」
「ここは……!」
「東京!?」

 紗羅ノ国が、かつてその名を修羅ノ国としていたように、玖楼国はかつて東京と名を冠していたのか。

「そうだ。ここはかつて“東京”と呼ばれていた所。
 そして、この地下には姫自らが残していった羽根がある」

 玖楼国の貴重な水資源を守っていた羽根、東京に残していったサクラの羽根。

「サクラは東京にいる人達の為にって置いていったんだよ!みんなお水がないと困るから、サクラ優しいから!
 小狼が教えてくれた!ここにある水は一生懸命サクラを守ろうとしたって!」

 飛王の魔の手が迫るとき、サクラを守ったのは水だった。彼女が自らの意志で東京に残した羽根が関係しているのだ。
 モコナの叫びが悲痛に響く。

「きっと知ってたんだ!サクラの羽根が水を守ってくれてたって!
 なのに!なのに!!」

 こうなることを知っていたら、あのとき、サクラの選択は変わっただろうか。

「みんなを悲しませる事に使うなんて、絶対だめ!!」

 飛び込んできた羽根がサクラに吸い込まれる。身体が硬直して、それを妨げることができない。

「サクラちゃん!」
「動か、ねえぞ!」

 黒鋼やファイも同じだ。

「まわりへんだよ!!」

「様々な次元を刻んだ躯。そしてこの遺跡深く眠り続け比類なき力を貯え続けた羽根。その力でそれぞれの次元を繋ぐ鎖が千切れ、今」

 サクラの身体が一際強く光る。

「世界の最も強固な理が崩れる。
 死者は生き返らない、という理が」

 亀裂が生まれ、見覚えのある世界が覗いている。阪神共和国、桜花国、ピッフル国、レコルト国――それが、砕ける。
 ああ、そうだ。こうして、私の世界も閉じていった。

 目の前の飛王を見据える。

 飛び込んでいく黒鋼にファイが防御魔法を張っている。こちらは指先一つ動かせないというのに、全く規格外である。私も彼に倣い、黒鋼へ魔法を放つ。
 腕の一振りで吹き飛ばされる。伏した先の玖楼国で、動きを止めた小狼がこちらを見ていた。

「小狼!!」

不安に揺れる瞳に気付かない訳がない。
 三人の声が揃った。サクラに目を戻した小狼が動き出す。私たちも、飛王に向けて飛び込む。

 勢いを増した黒鋼の剣戟を二人分の魔法が後押しをする。一撃、飛王が守り切れずに受けた。

「とったな……その手を」

 しかし、攻撃を受けた飛王の声は一層の愉悦が滲んでいる。
 小狼はサクラの手を取ることができた。それを、飛王は待っていたという態度だ。

「おまえのその選択で……最後の鎖が切れた。
 死の間際のものを取り戻そうとしたおまえの想いが、最後の選択が、同じように死の淵へと歩を進め、その刹那時を止められたものを」

 小狼の腕の中にいる少女のサクラが、その手を離れて浮き上がる。

「さくら!!」
「……呼び戻す!!」

 光り輝いた幼少のサクラとサクラの躯が溶け合う。私たちの知る年齢のサクラとして一つになって尚、光りは止まない。

「ちっちゃいサクラとおっきいサクラ、一緒になっちゃったの!?」
「どうなってんだ……?」
「魔力、が」

 膨大な魔力が生まれている。

「オレ達が一緒に旅をしたサクラちゃんと、切り取られた時間の中にいたサクラちゃん……どちらも凄い魔力なのに、それがひとつになって……!」

 飛王はこれを、小狼がサクラの手を取ることすら待っていたというのか。

「魂を集め、似せた人型に吹き込んでも、それは出来損ないにしかならなかった」

 呆然とする私たちへ飛王は薄ら笑いながら続ける。

「だが、次元を刻んだ器、長きにわたって水底で蓄えられた魔力と、そのどちらもを受け継げる資質を持つ真の存在。
 その全てが揃った!」

 光り輝くサクラを前に、飛王は“誰を”視ているのだろう。

「かつてクロウが試み、しかし叶わず、あの姫と同じく時間ごと存在を切り取られ、その為にすべての次元からも切り離された者――次元の魔女よ!!」

「侑子!?」

 サクラが放つ光が弱まる。まるで、羽根が彼女の体内にこれまで吸われていったときのように、その躯が、魂が、消えようとしているのだ。

「サクラの光、消えちゃう!!」
「邪魔はさせんぞ!」

 近づくことを許さない飛王の攻撃に再び私たちは弾き飛ばされる。

「おまえが為し得なかった夢!今我が手で叶うぞ!クロウ!!」
「さくら!!!」

 何か、打つ手は。

 再び地を蹴ろうとする私たちを、眩い魔法陣の出現が制止する。

「侑子の魔法陣だ!」
「!?」

「まさか!?」

 飛王の驚き様に、奴の策ではないらしいと僅かに安堵するのも束の間、小狼とサクラの姿が消える。困惑の声を漏らす刹那の内、再び彼らは姿を見せる。二人の小狼と、二人のサクラ、四人の姿で。
 無数の魔法陣が出現し、強い魔力の奔流に吹き飛ばされたモコナを受け止め、状況把握のため周囲を見渡す。ファイも困惑した表情だが、私や黒鋼よりは何か引っかかるところがあるようだ。すぐに展開された防御壁に私たちは守られる。

「何なの!?」
「ここから出るな!」

 小狼たち、サクラたちもそれぞれ防御壁を展開している。

「貴様ら!!」

 飛王の表情は余裕を失い怒りに支配されている。どうやら、侑子の一手が投じられたのだ。

「世界を」
「壊させたりしない」

 サクラと小狼の声だ。聞き覚えのある、二人の声。飛王が怒りのまま放った魔法を弾きながら、崩壊していた世界がパズルのピースを埋めるように修復されていく。

「これは!!」
「壊れたの元に戻ってく!!」

「破片に映ってるのはなんだ!?」
「それぞれの世界の流れてきた時間、過去。いや、記憶達だ。
 世界を戻そうとしてるんだ!」

 ファイは驚きを隠さない声色のまま、それでも確信を持って説いた。途方もない規模の魔法だろう。侑子や小狼の魔法陣だけではない、見覚えの無い魔法陣も浮かんでいる。きっと、彼ら全員の魔法なのだろう、が。

「飛王が壊そうとした理と共に」
「出来るのか!?」
「あの二人の力は凄い!でも……」

 サクラと小狼の表情には余裕がない。

「飛王がこれまで壊してきたものを巻き戻す程の魔力なら、別次元にいても気付いたはずだ!」

 確かに、ファイならば可能かもしれない。モコナも気が付かなかったと続くが、魔力探知に関してはてんで無能の私には縁がない。とはいえ、彼らが気づかなかったとするなら、これまで二人はどこにいたのか。

「あの二人は一体何処にいたんだ!?」
「それに、さっき父さん母さんって言ってたのに、なんで小狼、サクラと見た目も格好も同じなの!?」

「な、何?」

 どうやら、小狼とサクラが消えた刹那にそんなやり取りがあったらしい。残されていた私たちの小狼が、その二人をまた小狼・サクラと呼んだらしい。
 揺らぐ小狼を、もう一人の小狼が支える。

「父さん!」
「気を散らすな。あの時決めたんだろう。“それがやるべき事なら”と」

 その激励に再び前を向いた小狼に、サクラが頷いた。もう一人のサクラはまだ眠ったままだ。

「見失うな。己の願いを。
 そしてそれを叶えたいなら、選べ。たとえそれがどんなに辛い選択になっても」
「!?」

「我が願いの成就、決して邪魔はさせん!させんぞ!!」

 往生際の悪い、と言えたならよかった。圧倒的な力で抵抗を見せる飛王が、再び彼らへ攻撃を放つ。爆発音に次ぎ、煙が晴れる。見覚えのある魔法陣――小狼の魔法が防いだようだ。

 繰り返し放たれる攻撃を防いでいるが、一際強い飛王の攻撃が私たちを守る防御魔法ごと打ち砕いた。もう一枚張った魔法でどうにか凌いだが、私の魔法はほんの一瞬で崩れた。黒鋼に掴まれながら私たちは見覚えの無い魔法陣へと着地する。どうやら“父さん”と呼ばれた小狼の魔法らしい。

「その魔法陣は、クロウの……!?いや、クロウの魔法そのもの!何故おまえが使える!?」
「クロウがこの子に渡したものだからよ」

「ではおまえ達は私が創った写身か!!」
「一緒に旅したサクラと小狼!?」
「!?」

 そんな場合じゃないというのに涙は流れる。

「良かった!二人とも戻って来てくれたんだね!!」
「ほんとに、おまえら……なのか?」

「……はい」

 サクラと小狼の声が揃う。私が守れなかった二人なのに、申し訳ない思いと同時に再会の喜びが湧いて、それが混ざり合った涙がぼろぼろとこぼれるだけ。

「てめえ、まさかあいつらが現れた時から分かってやがったんじゃ……」
「まさかとは思ったけどね」
「ならさっさと言え!」
「抱き締めなきゃ……」
「おめぇは落ち着け!!」

「確信なかったから……もし違ったらげんこつじゃ済まないし」

 舌打ちをした黒鋼が一瞬の逡巡ののち、二人を見上げる。

「おまえら、二人まとめてぶん殴るからな!
 もう二度と……消えるなよ」

 黒鋼の言葉に全てが詰まっている。柔らかく微笑んだ二人が、どんなに苦悩を抱え戻って来たかと感じ入る。

「おまえと、もうひとりの姫も。勝手に消えんじゃねぇぞ」

 二人の子供である小狼と、もう一人のサクラ。抜け目なく声を掛ける黒鋼に胸が熱くなる。共に在っていい。はっとした表情を浮かべた小狼が決意を固めた様子で頷いた。

「……子供でも、基になった存在でも。おれの大切な存在に変わりはない」
「それは……」

 互いを見合っていた小狼が言葉を返すよりも早く、飛王が攻撃を打ち込んでくる。
 邪魔をするなと毒づく余裕もなく私たちは魔力の渦に吹き飛ばされた。ファイがモコナを守ってくれたようで、その腕の中から周りを見たモコナが叫ぶ。

「まわり止まってる!!」
「あいつが……止めたんだ」

 ファイの言葉に、飛王を見やる。
 飛王は呆然と立ち尽くし、辺りを見回していた。

「……次元の魔女が、いない。どの世界にも。
 死んだ……のか」

 僅かに訪れた静寂がすぐさま憤怒に塗り替えられる。

「認めん、そんな事は認めんぞ!魔女は蘇らねばならんのだ!! 
それが!それがクロウを超える唯一の証!」
「あれは!!」

 飛王の手に一つの魔道具が現れる。

「次元を越え、刻を越え、遺跡で蓄えさせた力!無駄にはせん!!」

 その掌中で光り輝く。あの魔道具を発動させようとしているのだろう。妨害するべきだ。

「必ず、必ず蘇らせる!魔女が消えたなどそんな現実はあってはならんのだ!!
 もう一度時間を巻き戻す!」

 飛王は小狼を睨む。

「おまえの自由を対価にな!そして姫の力で魔女が存在する次元を探し出す!」

 どこにも居ないといったのは飛王だ。誰よりも彼女に執着していたはずの自分がそれを見誤るはずがないというのに。錯乱状態にあるのだ。気持ちはよくわかる。私は、私たちは、そうやって踊らされてきたのだから。

「在る筈だ!!どこかに!魔女が消えない道筋が!!
 それが成るまでおまえ達は我が手の中で生きろ!但し、お互い触れ合えず、声も届かないままに!安心しろ!用が済めば殺してやる!!」

 小狼とサクラを狙う魔法を彼らは防いだ。次々に放たれる攻撃は私たちの応援すら阻んでいた。飛王自身を攻撃する方が有効かもしれない。黒鋼もファイも判断は同じようで、攻撃を浴びせ始める。

「創りものの分際で!!」

 飛王は私たちからの攻撃を浴びながらも二人――いや、四人を筒へと閉じ込めた。

「小狼!サクラ!」
「あれは俺がぶっ壊す!あいつらを!」
「分かってる!」

 黒鋼に防御魔法のみ付与し、私はファイと共に四人が閉じ込められた筒へ解呪の魔法を唱える。魔法は蒸発するように効力を失う。

「邪魔だと言っただろう!!」

 飛王からの反撃を受け、私たちは一時距離を置いて後退するが、防御壁はあっという間に打ち破られ身を切る。

「あれ、侑子の所にあったのと同じだ……クロウが作ったの」
「どうやったら開く?」

「これは中に引き入れた者の許し無しには!壊すことは出来ん!!」

 中にいるサクラと小狼の四人を飛王が睨み、魔力を注ぎ込む。

「写身共め!!この世、いや、全ての次元から消し去ってくれる!」
「そいつらに――触るな!!」

 黒鋼の放った剣戟が、ファイと私の放った魔法が、飛王へ向かう。同じだけ攻撃が返ってくる。

「ファイ!黒鋼!ウィズ!」

 回復魔法はもう切れたらしい。あちこち傷だらけの二人へ再び魔法をかける。もう魔力は尽きかけている。

「しぶといね」
「ほんと」
「チッ」

 まあ、それは私たちも。

「馬鹿め!魔力を持っているなら、そこから出られない事など分かっているだろう!」

 小狼とサクラも諦めていない。
 幾らか癒えたのか、二人が立ち上がる。私も、まだ戦わなければ。

「まさか!!」

 筒を見上げる飛王に動揺が見てとれる。今が、チャンスだ。

「その力を使ってそこから出るつもりか!!
やめろ!おまえ達の力はそんな事の為に貯えさせたのではない!!」

 サクラの膨大な魔力を利用しようとした飛王。確かに、その魔力があれば、出られるのか。
 一撃、二撃、私たちの攻撃を飛王が喰らいながらも動揺を強めている。

「そこから出た所で既に理は崩れている!おまえ達がそれを壊す事で更に理は乱れる!
 元には戻れん!いや、更に時空は崩壊する!!おまえ達の存在も無に帰すぞ!!」

 四人の声は聞こえないが、飛王の動揺から彼らが活路を開いていることは明らかだった。

「やめろぉ!!!」

 筒が砕ける。

「還して」

 サクラの声が聞こえた。

 飛び込んでいく黒鋼に掛け得る全ての防御魔法を掛けてから、ファイの背中に触れる。最強の魔術師へ、魔法攻撃強化。

「最大火力でよろしく」
「ハハ、ほんとに?」

 その威力は爆発音に等しかった。
 上半身と下半身が分かたれた飛王は動きを止める。

「魔女は、生き返る……その為に私は存在するのだから……」

「小狼の時と同じ……!」

 崩れ行く飛王を中心に黒い渦が噴き上がる。

「そして……伝えねばならない事が……私は、その為に……私は……を……」

 全くしぶといことだが、ようやくこと切れたようだ。飛王は写身の小狼が潰えたときと同じように、欠片となって消えて行く。飛王もまた、誰かの写身だったということだろう。
 黒い渦の勢いは収まらない。寧ろ、一層強くなったようにすら思う。吹き飛ぶ私とモコナの身体をファイが捕まえてくれて勢いは弱まるものの、じりじりと地を滑っている。

「黒鋼……!」
「世界が元に戻り始めてる!!」

 ファイを更に捕まえたのは黒鋼だった。感謝する間も無く放たれたファイの言葉に状況理解が追い付かない。

「サクラ!!
 小狼が出て来ないよ!小狼―――!!!!」

 渦から抜け出した二人のサクラを見て、モコナが叫ぶ。
 サクラたちもその両手を渦へ伸ばすが――その一人、写身のサクラの身体が消えて行く。小狼はまだ、戻らない。

「サクラちゃん!」
「こうなる事は、分かってました」

 写身のサクラの凪いだ声は、揺れていた。

「でも、必ず小狼は帰ってくるから。
 貴女と、小狼と。ふたりの記憶があれば、終わりじゃないから」

 サクラと向き合った写身のサクラが微笑んだ。

「終わりじゃ、ない」

 その手に触れるより早く指先が溶けていく。

「ありがとう」

 そんな言葉で、納得する訳がないのに。残された一枚の羽根を前に、私は泣き濡れるサクラを抱きしめることしかできなかった。

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