高麗国
次元移動の時間はあっという間だが、阪神共和国に次いで二度目の移動になって少し慣れ、周りの景色を眺める余裕がある。飛ばされていく先にこれから行く世界があるのだろう。辺りを軽く見回してから前方に目を凝らすと、近付いてくる景色には人々が何やら武器を持って打ち合っている姿が見える。阪神共和国よりも文明は進んでいないようだが、考えられたのはそこまでである。一行はすぐに乱雑に世界へ吐き出されることとなったからだ。
次元移動の際に黒鋼の横に居たためか、落下した際にしっかり下敷きにしてしまった。
「わあ、ごめんなさい」
「早くどけっ」
「黒むーこわーい」
黒鋼いじりチャンスを見逃さないファイはすかさず茶化して来るが、無論悪いのは彼をクッションにしている私である。しかし、落下地点が木製の箱に詰められた農作物だったことを考えると、黒鋼を挟まなければ怪我をしていたかもしれないので、まあ――幸運だった。
さっさと避けて「サクラちゃん、怪我ないですか?」と声を掛ける。眠たげな目を丸くして呆然としていた彼女だが、声が掛かるとはっとして微笑んでくれた。
「大丈夫です。ありがとう」
他三人は聞かずとも無事なことは分かるので、彼女の傍でモコナの姿を探す。
「次はどこだ?」
「なんだか見られてるみたいー」
「てへ♡モコナ注目のまとー!」
実際よりも好意的な誤解を招く言葉選びではあるが、確かに注目を集めている状況である。周囲の人々は長い棒を武器のように構えて戦い合っていた様子で、モコナやサクラは近くに居ないと危険だろう。モコナを「おいで」と手招くと喜色満面に飛び込んできてくれるのが愛らしい。
「なんだこいつら!」
質素で似通った服を着ている人々が多い中、 鮮やかな色合いの高価そうな装いをした強面の男が、躊躇いなく私たちの方へ近づいてくる。彼と一番近い距離に居るのはサクラだ。庇うように彼女を引き寄せるのに構わず、その男は私の横に居たサクラの腕が抜ける程の力で引き上げる。
「どこから出て来やがった!!」
「お」
「あ」
「わ♡」
答えを求めている様子ではないな――と拳を構える私の横を小狼が飛び出して行く。あっと声を上げる間もなく男の横っ面に彼の蹴りが炸裂し、サクラから男の手が離れる。背中の方からは黒鋼とファイの愉快そうな声が、抱いたままのモコナすら楽し気に声を上げた。
「わあ……あ、腕、見せて」
サクラの腕はかなり強く掴まれたようで、赤くなっている。手を当てて回復魔法をかける。とはいえ小狼の蹴りを受けて砂の地面を滑っていった男の方が余程重傷に違いない。丁寧に礼を言うサクラに笑顔を向けてから、男に向かって遠慮気味に「あの〜」と小さく呟く。私たちが不審者であることは間違いないので、改めて事情を確認するべきと考えたためである。
「おまえ!誰を足蹴にしたと思ってるんだ!?」
男はよろめいて立ち上がり、後ろに部下らしき人々を侍らせ吠えている。元気そうで一安心だが、小狼はしっかりと男を怒らせたようなので、一先ず退散するべきだろうか。
「やめろ!!」
後方の二人にアイコンタクトを取るため振り向いたと同時、男の後方から少女の高い声が聞こえた。声の方向に振り向いて顔を上げると、一本にまとめあげた黒髪と凛々しい目元が印象的な少女が屋根の上からこちらを見下ろしていた。
「誰彼構わずちょっかい出すな!このバカ息子!!」
「春香!!」
男に春香と呼ばれた少女に、男は身体を震わせ怒っているようだ。小狼の蹴りを受け、さらにはバカ息子と呼ばれ、散々ではある。確かに、幼気な少女の腕を無礼に強く握り過ぎだが。
「高麗国の蓮姫を治める領主様のご子息だぞ!」
「領主といっても、一年前まではただの流れの秘術師だったろう」
「親父をばかにするか――!」
領主の息子という男の部下が彼の味方をしている様子もあるが、これは最近地位が変わったばかりで、春香のように支持を得ていない民もいるということだろうか。
「領主に逆らったらどうなるか分かってるんだろうな!春香!!この無礼の報いを受けるぞ!覚悟しろよ!」
この話と様子を見聞きした限りだと、支配的な領主とその地位を笠に着る暴虐の息子という印象である。
言うだけ言って息子と部下が立ち去った辺りには、一帯の民と思しき人々が徐々に姿を見せ、私たちが落下した衝撃と息子たちが暴れていった名残と思しき形跡を片付け始めた。
「怪我は?」
「大丈夫です。ありがとう」
サクラは自然体だが、小狼の表情はぎこちない。
「ウィズさん、ありがとうございました」
「ううん。すごく乱暴な人だったね」
「やー、到着早々派手だったねー」
「小狼すごいー!飛び蹴り!」
モコナが小狼の蹴りの真似をして、それを見ていた小狼がぐちゃぐちゃになった農作物に気が付いた。慌てて謝罪し片付けに参加する彼に倣って、一行は全員で片付け始めた。無論、黒鋼はファイに言われて渋々だったのだが。
人々はモコナを見慣れないようで、白いまんじゅうが喋っていると悲鳴を上げたりしているが、本人は至って気にしていない。売り物だという農作物を滅茶苦茶にしてしまったのに、人々は金銭を要求したり憤ったりすることなく許してくれた。今回の世界でも、全員がそうではないが、人の温もりを感じられる。
春香と呼ばれた少女も屋根から降りてきて、息子への不満を呟きながら片づけを手伝っている。うとうとしながらも健気に片付けを手伝うサクラを視界に収めながら、野菜を積んだ箱を重ねていく。その耳に春香の「ヘンな恰好」というよく響く声が入って来た。
「あはははははーヘンだって――黒りんの格好――!!」
「黒鋼へんー」
「俺がヘンならおまえらもヘンだろ!」
大ウケするファイに真っ当なツッコミで怒鳴る黒鋼の言葉が、私にも刺さる。前の世界での装いがシンプルな洋服だっただけに、久々に来たローブがひどく浮いている気がしたのは事実だ。
「おまえ達ひょっとして!!――来い!」
「あ!待ってください!」
またも、腕を引かれて行くのはサクラである。春香に連れられて行くサクラをそのままにしていくわけにもいかず、追う小狼を追う他三名という図で市場を去ることとなった。ファイは走り出しながらも、店主らしき人物に謝罪をしている。作業途中で抜けてしまうことを断っているのだろう。やはり、ファイが居てくれて助かる。
「なんか忙しいねぇ」
「めんどくせ――!」
確かに、前の世界と比べても落ち着かない展開である。
走って連れて来られた先は、小さめではあるがよく手入れがされている一軒家だった。急に連れて来られた理由を小狼はしどろもどろに春香へ問うが、ここが彼女の家であると説明をされてからは「言うことはないか?」と詰め寄られるばかりである。それにも小狼はたじろぎながら首を振る。
「よく考えたら、こんな子供が暗行御史なわけないな」
「あめんおさ?」
サクラの質問に、春香は流れるように答える。
暗行御史とは、この国の政府が放った隠密であり、彼らは各地域を治める領主の政治を監視する役目を負って諸国を旅する存在だという。つまり、私たちのことを高麗国が放った隠密だと思い、蓮姫の政治を正しに来てくれたと春香は誤解したため、ここまで連れてきたということらしい。
モコナは暗行御史の話を聞いて、水戸黄門のようだと喜び、侑子さんが何代目が好きかという話まで教えてくれた。
「さっきから思ってたんだけど、なんだそれは!?なんでまんじゅうがしゃべってるんだ?」
「モコナはモコナー!!」
「まぁ、マスコットだと思って――もしくはアイドル?」
どちらも間違いない。私も、モコナにペンライトを振りたい。ファイの言葉に深々と頷いている間、モコナは春香の困惑をものともせず飛びついている。モコナのファンがまた一人増えてしまうな――
「オレたちをその暗行御史だと思ったのかな、えっと――」
「春香だ」
前の世界に引き続き、ファイが各々名前を紹介してくれる。ファイ、小狼、サクラ、私と続いて、黒鋼が何と紹介されるのか心待ちにしてしまう。
「でそっちが黒ぷー」
「黒鋼だっ!!」
ふふ、と笑うと黒鋼の吊り上がった目が私の方にも向けられたので、慌てて目を逸らす。ファイはそんな黒鋼をにこにこと見ていたかと思えば、春香と向き合い話を続けた。
「つまり、その暗行御史が来て欲しいくらいここの領主は良くないヤツなのかな?」
「――最低だ!」
熱の籠った彼女の言葉に、一行が続きを待っていると、外から強い風の音が聞こえ、家屋の節目がミシミシときしみ始める。先ほどまで穏やかな天気だったというのに、まるで台風でも襲ってきているような風だった。
ファイが立ち上がって窓の方を見ると、春香は「外に出ちゃだめだ!!」と吠える。
直後、触れてもいない窓が勢いよく開き、室内に強風が吹きこんできた。はっとしてモコナを探すと、ファイが捕まえて守ってくれている。サクラは小狼の傍に居て彼が囲い込むように抱きとめている。強風は家屋を破壊し、細かくなった木材や石材が渦を巻いて天井から抜けていくように飛んで行く。
そして、風が止んだ。
先ほど開いた窓はぶらりと下がり、屋根には大穴が開いている。細かな家具は倒れたり、吹き飛んでいったようだが、奥の壁や床板が壊れるものではなかったようだ。誰も、怪我はない。
「領主だ!――あいつがやったんだ!!」
誰に吠えるでもなく、行き場のない怒りを発露する春香。少女の姿に似つかわしくない、大きな感情だった。
一人で暮らしているという春香の家は、そのままにしておくわけにはいかないだろうと陽が高い内に修理に必要な材料を集め、泊っていけと言う彼女に甘えて一泊することになった。市場で売っていた農作物だと言って料理ももてなしてくれた。領主があの様子のため、豊かには暮らせないとのことだが、人々は工夫をしてどうにか生活しているようだ。
布団の用意も足りないから、寒いだろうとまで気遣ってくれたが、一行に文句を言うような者は居ない。
「気候が温かいし、過ごしやすいから大丈夫だよ」
「それでも夜は結構冷えるんだ」
確かに日中と比べると気温は下がるが、窓はすぐに直せたし、屋根の大穴には布を貼って凌いでいる。一行の装いも気温の調整が効くものばかりだ。
「春香こそ、温かくしないと」
私たちに布団を分け与えようとしてくれる春香にしっかりと布団を掛け、眠るよう促す。
「今日は一日ありがとう。おやすみ」
「……うん」
母親を亡くしているという春香は、その死因を語らなかったが、恐らく領主が関係しているのだろうと予想はつく。まだ少女である彼女がこれだけ自立した生活を強いられている。せめて、いい夢が見られるように。
今日一日で随分親しくしてくれる彼女の頭を何度か撫でると、寝息が聞こえてくる。彼女は他にも部屋はあるのに、私たちと同じ部屋に布団を敷いた。きっと、寂しいのだろう。暫くそれを眺めてから、私も自分の布団に包まって、床板へ横になった。誰も居なくなってしまって自分だけが残される悲しみは、私にも少しわかる。
〇
窓は朝日をそのまま透かして室内を照らし、朝の訪れを悟る。前夜に春香が言っていた通り、夜更けは気温がぐっと下がったようで身体は冷えていた。しかし、眠りを阻害するほどでは無い。目を開いて周囲を見渡すと、起きているのは黒鋼だけらしい。壁際に座って、阪神共和国で手に入れたマガニャンを読み耽っている。
そっと上身を起こすと、横で眠っている春香が身動ぎをするので一旦静止する。再び寝入ったのを確認し、そっと家を出た。
少し小高くなっているこの家からは、昨日走り抜けた道と、市場の方が見える。まだ店を開けている者はいないようだが、人の気配がするので皆起き始めているのだろう。今日は、昨日準備するだけで終わってしまった屋根の修繕と、蓮姫の様子を見て回ることになる。全員で行うほど規模の大きい穴では無いし、手分けすることになるだろう。私は屋根の修繕に回ることになりそうだ。恐らく、人当たりのいいファイと小狼が外に出ていくはずだ。
身支度を終えた頃に丁度皆が起きだしてきて、話はやはり今日の予定へと移った。春香はサクラを家に置いて行ったらずっと眠っているのではないかと心配し、市場を見せてくれると言ったのでモコナと小狼が同行を名乗り出た。春香も小狼が居れば安心だろうと他の同行を断り、結局大人三人が留守番して屋根を直すことになってしまった。
「……手慣れてるな」
「これくらいなら」
裁縫、木工、鍛冶までは前の世界でやらざるを得なかったので、屋根の修繕くらいならお手の物だ。次々に板を埋めていく私の横で、黒鋼はぐちぐち言いながら金槌を振っている。
「なんであの白まんじゅうはあのガキの肩ばっか持つんだ!」
国に戻りたい黒鋼にしてみたらもどかしいだろうが、そういう契約なのだから仕方がない。ファイの笑い声が室内から聞こえてくる。
「何か分かるといいねぇ」
「しかし大丈夫なのか、あの姫出歩かせて。しょっちゅう船漕いでるか寝てるかだぞ」
「足りないんだよ羽根が、元のサクラちゃんに戻るためには」
サクラに戻った記憶は二枚。ファイは今のサクラに意志や自我が無いと言った。だからこそ、旅に疑問を持たず、意見もせずについて来たのだと。
「まあ、羽根が戻っても……小狼君との思い出は戻って来ないけどね」
黒鋼は手を止め、ファイの言葉に考え込んでいるようだ。口には出さなくとも、彼は小狼の痛みに寄り添っているのかもしれなかった。
「それでも探すでしょう、小狼君は。いろんな世界に飛び散ったサクラちゃんの記憶の羽根を……これから先、どんな辛いことがあっても」
降り頻る雨の中、立ち尽くす小狼の姿が頭に焼き付いている。私が彼にしてあげられることは少ない。少しでも、力になれることはしてあげたい。
手に持った金槌と木材を眺め、ふと思い立って端材を自分の鞄に詰め込む。何も無いよりは、ある方がいい。
「ナニ茶飲んでくつろいでんだよ!」
「んー?やー、黒ぴっぴの働く姿を見守ろうかなーって」
「お前も遊ぶな!……無視か!!」
屋根の修繕と関係のない物を作り始めた私に黒鋼は怒っているが、集中が途切れるのでやめてほしい。逃げるように室内に飛び降り、ファイの背中を盾に私は”新しい杖”作りを続けた。
屋根の修理は早々に終わったようで、作業の合間に二人を見ると何やら碁のようなものをして時間を潰している。こういう時間も大切だろう。再び作業を再開しようとしたとき、玄関から足音が聞こえてきたので中断する。
「おかえり――どうだった?」
ファイが声を掛けた彼らを見ると、みな肩を落としていて、特に春香は表情が暗かった。
「何か、あったみたいだね」
春香たちは外出先で再び息子と出くわし退けたものの、どこからか昨日の”風”に襲われ、息子たちに敗北の体となったのだという。重い税と一方的な支配に苦しむ民はこれまで何度も領主に抗ってきたというが、領主の城に施された秘術によって指一本触れることができなかったという。
モコナが羽根を感じ取れなくされている不思議な力はその秘術だろうとファイは言う。
「あの息子のほうはどうなの?人質にとっちゃうとかさ――」
「……今、さらっと黒いこと言ったな」
「ファイ、そういうとこある」
珍しく意気投合する私と黒鋼がこそこそ話していると、ファイは「ん?」と目を向けてくるので慌てて首を振った。何も言っていないことにした方がいい気がしたからである。
とはいえ、昨日今日と狙ったように吹いた”風”は、領主が秘術によって蓮姫を見張っているため可能なことだと言うので、人質作戦も不可能である。
しかし、一年前急に強くなった秘術は、サクラの羽根が関係している可能性が高い。次元が違えば時の流れも違っておかしくはないと言うファイに、私も頷く。あの強大な”風”と蓮姫全体を監視する秘術は、何かの力を得たと考えて自然である。
立ち上がる小狼をサクラが腕を掴んで引き留めた。
「待って!小狼君、怪我してるのに……」
「平気です」
「でも……」
「大丈夫です。羽根がもしあったら取り戻して来ます」
小狼の優しい微笑みは、サクラを想ってのものに違いない。しかし、サクラの心配を汲み取ったものではない。小狼の名を小さく呼んだサクラの声は悲し気だ。
「ちょっと待って――」
ファイは領主の城にかかった秘術だけでも破る必要があると意見した。
「おまえなんとか出来るのかよ」
「無理」
「いかにも策あり気な顔で言うなー!!」
「侑子に聞いてみよう!」
モコナには考えがあるらしく、額の赤い石から放った映像に侑子を映し出す。
「あら、モコナ。どうしたの?」
「しゃべった――!」
驚きに声を上げたのは春香だが、モコナの能力に驚いたのは一行も同じである。
映像は侑子のリアルタイムな姿を映し出しているようで、先日とは装いの異なる彼女が喋るのに合わせて動いている。モコナは何でもできるアイドルだ。
ファイが事情を説明すると、侑子は一度渋る態度を取った。
「あたしに頼まなくても、ファイは魔法が使えるでしょう?」
「あなたに魔力の元渡しちゃいましたし――」
「あたしが対価として貰ったイレズミは”魔力を抑えるための魔法の元”。あなたの魔力そのものではないわ」
二人のやり取りを黒鋼は険しい顔で、小狼は思うところある様子で見守っている。
「まあ、でも。あれがないと魔法は使わないって決めてるんで」
侑子はその言葉を聞き、秘術が破れるモノを送ってくれることになった。とはいえ、対価は必要だ。何かあっただろうかと考えている横で、小狼が侑子に話しかけている。
「おれに何か渡せるものがあれば……」
「これでどうですか――?」
使わなくなった魔法具と説明し、ファイは壁に欠けていた大ぶりな杖を掲げて見せる。長身のファイの身の丈よりも長い杖である。
許可が下り、どうするのだろうと成り行きを見ていると、モコナの口にずるずると杖が吸い込まれていった。見ているだけで喉がむずむずする光景である。
大きな嚥下の音のあと、モコナの目がいつかのように見開く。どうやら、羽根を見つけたときにだけなる顔ではないらしい。間もなく、モコナが口から渦を巻く黒い玉を弾き出した。
小狼はそれを受け止めて見つめる。
「これが、秘術を破るもの……」
私は不安げに見守るサクラの肩をそっと支えることしかできなかった。
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