高麗国


 領主の所に向かう支度をしていると、春香は自分も行くと言って譲らなかった。ファイは危険であることを膝を折って諭すように伝えるが、春香は承知の上といって聞かない。



「ウィズだって行くのに――」

「ん――困ったなぁ」



 ファイとその頭に乗るモコナが黒鋼を見上げる。無論、黒鋼はそっぽを向いて「俺ぁガキの説得はできねぇからな」と言い切る。



「照れ屋さんだから――?」

「テレ屋さんー♡」



 こんなときでも茶化しが止まらない二人に「こら」と声を掛け、小狼を説得に掛かる春香を見る。



「行って領主を倒す!母さんのカタキをとるんだ!!

絶対一緒に行くからな!いいだろ!?小狼!!」



 小狼は腕を掴む春香の手をそっと離す。



「だめです。ここでサクラ姫と待っていて下さい」



 言い切って、春香の家を後にする小狼に私たちは続いた。後ろでは春香が泣き崩れる声が聞こえたが、振り返ることはしない。小狼は優しいが、不器用なところがある。

 別に春香を連れて行ったって良いのだ。足手まといになったなら、そのときに置いていけばいい。それでもそうしなかったのは、春香の命やこれからの生活を思って、最善を取ったということだ。ファイは、小狼は領主を倒せなかったときのことを想定して春香と距離を取ったのだろうと指摘した。小狼は何も言わないが、それが何よりも肯定であった。



「とにかく、その領主とやらをやっちまやぁいいんだろ」

「で、サクラちゃんの羽根が本当に領主の手元にあれば……」



「取り戻します」



 領主を倒すことは蓮姫の民のため、羽根が見つかれば万々歳。どちらにしても領主を倒すことが不可欠である現状、迷うことはない。



「ガキも言ってたが、お前はいいのか」

「……あれ、心配してくれてる?」

「してねぇ」

「素直じゃないなぁ――」

「照れ屋さんですねぇ」



 いつも通り怒っている黒鋼を見るとほっとする。早々死ぬことは無いが、相手が何者で秘術の仕組みが分からないので、緊張はある。



「体は丈夫な方なんです」



 二度目の身体はそのようにできている。







 そう遠くない距離歩けば領主の城の門までは辿り着いた。侑子から受け取った品を試すのだろうと思って待っている私とファイに対して、黒鋼は門を押し開いていく。



「ああ!?」



 門の先には、空から町を見下ろしているような景色が広がっていた。このまま飛び込めば落ちて死ぬのだろうかと思わせる光景である。秘術による守りというのはこういう形になっているようである。幻覚なのか、本当に空があるのか。後者と考えた方が賢明だろう。こうして蓮姫の人々は領主に触れることが敵わなかったというのだから。



「出来るだけ遠くへ投げて!あのお城に届くくらい!!」



 黒鋼の疑問にモコナが使用方法を説明したところ、そのように言ってのけたので彼は一層訳が分からないという顔をしている。ファイは飛ばす方法を解っているのかいないのか、いつも通りの笑顔である。モコナに相談していた小狼が、黒い玉を宙に放ったかと思うと、次の瞬間、サッカーボールのように勢いよく城に向けて蹴り飛ばした。

 天高く飛んで行った玉はドーム型に張られていたのだろう結界に当たるとどろりと溶け、結界は切り裂かれるような音を立てて破れた。

 拍手する私に困惑した様子の小狼だったが、モコナにも絶賛されると照れたように笑っていた。



 城内に入った一行はあまりにも長く続く回廊に少しずつ疑問を抱きつつあった。一番初めに口を開いたのは黒鋼である。



「中に入ったはいいが、いつまで続いてんだよこの回廊はよ」

「真面目に歩いてるんだけど、どこにも着かないねぇ。扉もないし」



「黒鋼だらしなーい」

「おめぇはずっと頭の上で歩いてねぇだろ!!」



 まだまだ元気いっぱいという様子で何よりである。いつだって文句を言わない小狼を振り向けば、彼は立ち止まって――足元にある碁石を拾った。



「元の場所に戻ってます。この回廊の入り口近くに落としておいたんです」

「かしこすぎる」

「ひゅーー、小狼君すごいーー」



「今、口でひゅー言っただろ」



 以前からのファイの“ひゅー”を気にしていたのか、黒鋼はここに来て指摘している。口笛が吹けないと言うファイの肩で彼と同じ“ひゅー”を言うモコナに癒される。

 入れた気合が抜けるほどの時間はこの回廊を歩いていた。立ち止まってしまったとき、ファイが迷いなく壁に手を当てるのでそっと近付いてみる。目を閉じて何かを感じ取ろうとしている仕草には覚えがある。



「……ここかなぁ」

「何かありましたか?」



 小狼の問いかけに、ファイはこの手の魔法では術の元が魔力の強い場所にあるものだと答えた。次いで壁を物理的に破壊するよう黒鋼に声を掛けるが、彼は応じる前にファイを険しく見やる。



「……魔力は使わねぇんじゃなかったのかよ」

「今のは魔力じゃなくてカンみたいなもんだから」



 詰問するような言葉に、ファイは否定で返した。私の横から、ファイを見つめる小狼の視線を感じる。私はファイが小さな嘘をついたことに気づいたが、小狼も同じなのだろう。黒鋼がどうかはわからないが、怪しんでいるのは間違いない。ただ、今はその嘘を暴くべき時ではないだろう。

 口を噤み、私が壁から離れると他二人も続き、黒鋼がその壁の真正面に立った。素手の拳一発で身体が震えるほど大きな音で壁が破壊される。飛散した瓦礫が足元に散らばるのを見ながら、やはり黒鋼が規格外の武人であると実感する。



「あたりーー!」

「誰かいます」



 大喜びで壁の奥に隠れていた室内に飛び込むモコナに続き、一行は歩み出す。土煙だけではない、靄のようなものが立ち込めている。小狼の言葉で目を凝らすと、高い天井から吊るされた天蓋の合間、床に座り込む妖しげな女性が居た。



「よう来たな。虫けらどもめ」



 一目で人ならざる存在であるとわかる。ファイが感じ取ったのは彼女の力なのだろう。豪奢な額飾りとそれが映える豊かな藤色の長髪、宝石を埋め込んだような白目のない眼球、囁くようなのに傍で語りかけられているような声。

 魔物や妖に近い気配がある。相性は悪くないが、彼女は私一人で敵うような相手ではなさそうだ。



「誰だ?てめぇ」



 一切臆することのない黒鋼に、彼女は愉快そうに語り出した。



「たかだか百年程しか生きられぬ虫けら同然の人間達が、口の利き方に気を付けよ」



 彼女の言葉は私たちを下等生物と見ているが、それに憤りを抱かせないほど彼女の纏う気配は人間という存在からかけ離れたものである。



「――と、言いたいところだが……久しぶりの客だ。大目に見てやろう」



 全く余計なことしか言わないだろう黒鋼の腕を引き、これ以上彼女を刺激しないよう口を引き結び首を振って見せる。不満げに目を細めた彼の視線にはもう慣れている。

 向き直った横顔を信じて手を離せば、喧嘩腰を引っ込めて黒鋼が再び口を開く。



「とりあえず、さっさと領主とかいうのの居所を吐け。面倒くせぇから」

「黒ぷん短気すぎだよぉ」



「短気で照れ屋さんなんだ――かわいいー―」



 この場における救いはモコナが可愛いことしかない。



「面白い童達だ」



「ほめられちゃったー」

「ガキって言われたんだよ!」



 強敵を目の前に何と悠長な態度だろうか。ちなみに、クソガキと言われているんだと思う。

 彼女は刃のように鋭く伸びた爪をさぞ愉快そうに口元へ寄せている。未だ敵意を抱かれていないことが信じ難いほど凶悪な気を纏っているのに。



 救いを求めるように小狼を見ると、彼は臆することなく彼女に歩み寄っていくところだった。



「この城の中に捜し物があるかもしれないんです。領主が何処にいるか教えて頂けませんか」



 暫し小狼のことを見据えていた彼女だが、次第に笑みを深め、小狼に「良い目をしている」と評した。



「しかし、その問いに答えることはできんな。

 それに、ここを通すわけにもいかぬ」



 やはり、気にかかるのは彼女の態度である。人とは平時対立する存在である魔や妖を思わせる気配だというのに、彼女は終始敵意を表出せず、私たちとの邂逅を愉しんでいる。そして、この止むを得ないという言葉。



「あなたはどうして領主の支配下にいるんですか」



「それにも、答えることはできぬ。その時が来るまでは」

「わかりました」



 ここで初めて彼女が顔を忌々しげに歪めた。その言葉は私に確信を持たせるには十分だった。勝機がある。覚悟を決め、彼女に頷いて返した私を見てから、一層愉快そうに微笑んだ彼女が立ち上がる。その行動は一行を警戒させるには十分だった。



「オレ達を通さないためには荒っぽいコトもしちゃおっかな――って感じですかねぇ」

「その通り」



 目を閉じた訳でもないのに、気がつくと室内に居たはずの私たちは一瞬にして数多の細い柱や街灯の立つ池の上に立たされていた。各々の立ち位置が変わっていて、狭い柱の上に立たされている。高さがあり、普通ならばここから落ちれば骨を折るだろうと思われるほどである。空中には薄紫色の水面と同色の球体が数えきれないほど浮かんでいて、状況的に触れるとまずい液体なのだろうということが分かる。



「……幻か」

「いいや、秘術だ。幻は惑わせるだけだが、私の秘術は……」



 続く言葉を一度止めた彼女に身構える。言葉を発した黒鋼が狙われるかと思い意識を集中させていると、彼女は爪先を小狼に向けた。

 宙を漂っていた球体は彼に目掛けて弾かれるように飛んで行く。



「……溶けた」



 頭を狙った動きから身を守るように構えた左腕の袖が焼けるように溶けていく。

 球体はやはり液体で、腕に当たると弾けて飛散するのに、触れたところは燃え尽きたような現象が起きている。攻撃の実体が掴めず、どくどくと心臓が早鐘を打つ。それを目の当たりにした他の二人も緊張を強めているのが分かる。



「私の秘術によって出来た傷はすべて現実のものだ」

「ってことは大怪我をすると――」



「死ぬ」



 立ち上がった彼女が両腕を広げると、全ての球体が私たちに向かって動きを変えた。その動きは素早い。全員が柱から離れることを余儀なくされ、他の足場へと飛ぶ。柱や街灯同士は距離が離れていて、移動するのも一苦労だが、着地した先の柱が本物とは限らない。その情報を後出しされるが、幻を踏んだ小狼の足は既に例の池に落ちたところだった。



「足が!!」



 先ほど燃え尽きた袖と同じように、裾は勿論靴まで溶けつつある。困惑の声を上げながらも小狼は素早く跳び上がり、今度は本物の柱に乗ることができたようだ。



「池に落ちたら溶けちまうってことかよ!」

「黒みんこれ壊して」



 ファイは街灯の上へ長い身体をコンパクトに乗せて黒鋼にアピールしている。その間も球体は飛び交っている。



「ああ!?なんでだ!?」

「素手じゃいつまでも避けるしか出来ないでしょ?」

「自分でヤレ!!」



 避けるのに必死なのは私だけではないようで、黒鋼は呼称に文句を言うこともなければ反対することもなく、文句だけは言いながら街灯を一発殴りつけて破壊した。どうやら木製でできているのか、ある程度長さを持たせて折れた他、木端も飛散して飛んで行く。

 ピンと来て、その木端を回収すべく低めの柱に飛び降りて池に落ちる前の掴めるものだけ回収する。



「”ひゅー”黒さますてきー♡」

「だから、口で言うくらいならやめろ!!」



 球体の割れる音が連続で聞こえてくる。野次から推測するに、どうやら黒鋼が折った棒で活躍しているようだ。背後でプロペラが回るような音が聞こえ、向きを変えるとファイがほど近い柱の上で長い棒を高速で回転させている。流石、器用だ。彼はそのまま小狼にモコナと共に先へ進むよう指示を出している。小狼は渋るように座り込んだままだ。



「まだ決着は付いていません」

「うん。でも人数いっぱいでかかってもあんまり効果なさそうだし――」



 ちらりとファイの視線を受け、私は小狼と同じ柱に跳び、彼の足を包むように手を添える。反対の手には先ほど回収した木端を握り、集中して回復魔法を唱える。青白い光が眩く輝き小狼の足を中心に身体全体を包む。阪神共和国でサクラに施したときとは格段の手ごたえを感じる。見た目は完全に治癒しているが、あの球体の残渣を感じ取り、気休めに過ぎないことを悟った。



「これは時間が経てばまた戻ります。今のうちです」

「ね、足が動くうちに先に進むべきでしょう。小狼君にはやるべきことがあるんだから」



「大丈夫、ここは黒ぴーたちがなんとかするから」

「また俺かよ!!」

「まかせてー」



 逡巡する表情をしていた小狼だったが、まだ残っている木端たちを見せ微笑みかけると決意の籠った顔つきに変わる。小狼は「有り難うございます」と一つ頷いた。

 ファイは先の見えない天井を指差して出口はあそこだと言う。黒鋼にでも投げてもらえば届きそうだ。続けて、小狼ならば届くだろうと言う。これからまた戦いが待っているだろう小狼に物理攻撃からの加護を付与する。木端が一つぼろぼろと崩れた。



「これ以上怪我しないように、おまじない」

「?はい」



「すごく高い――小狼、届く?」



 小狼の胸元から出てきたモコナに思わず仰け反って驚く。そんな私を見てモコナはご機嫌だ。こんなときでも可愛い。



「何の相談かは知らないが、私をあまり退屈させてくれるな」



 脱出方法の助言を小狼がファイから受けているうちに、女性の方が痺れを切らしたようで声を掛けてくる。やはり、彼女はこのやり取りをする猶予を与えてくれている。先ほどから球体が向かってこないのだ。移動に向けて小狼の邪魔にならないよう、私はファイと黒鋼のいる足場の広い柱に跳び移る。ファイの後方が最も安置と見て位置取りをする。彼は「すみませーん、すぐ終わりますから――」と彼女に変わらぬ笑みで謝罪している。



「行きます」

「なんで俺が……!」



 やはり指示を受けた黒鋼が棒を構え、小狼がその先に飛び乗る。そして、乗った小狼を打ち上げるように黒鋼が棒を振れば、彼は軽やかに天井に向けて飛んで行った。投げればいいと思っていた私よりもスマートな答えである。黒鋼ならば投げるだけで事足りたと今でも思っているが。

 空中で体勢を変えた小狼が、天井に蹴りで大穴を開けて抜けていった。瓦礫がゆっくりと池に落ちてくる。頭からいくのだろうと思っていた私の予想も外れだ。確かに、ここは室内だったのだからしっかりと”天井”があるだろう。



「二人ともカッコいい――”ひゅ――”」

「だからやめろ!」



「一人逃がしてしまったのだな。仕方ない」



 天井の大穴を眺めている彼女が、そこに向けて手を翳す。球体が一斉に高く浮き上がり、はるか上空で破裂する。無論、飛散した液体は雨のように私たちに降り注いでくる。



「なかなかマジなピンチだねぇ」

「……ふん」



 ファイの後ろが安置だというのも間違いだったようである。直撃や浸水より威力は落ちるが、肌に触れるそれは熱を帯びて肌や服を焼く。小狼に施した魔法で木端は一本砕けた。残りは二本。魔法は使えてもせいぜい二回と思った方がいいだろう。ファイと黒鋼には悪いが、彼らを都度回復してあげられる余裕はない。



「この水やっぱ痛いねぇ」

「当たったら服も体も溶けちまうみてぇだからな」



 自分たちの身体から煙が上がり、視界も悪い。



「ファイ、おつ教えてください。彼女を縛る呪いの元はどこですか?」



「先ほどの童と同じ方法では逃げ出せんぞ」



 私の質問に彼が答えるよりも早く、私たちの上空に大きな球体が放られる。すかさず棒を振り上げたファイだが、球体は棒を避けるように弧の字に形を変え、降り注ぐように弾けた。

 彼を抱き抱えようとした私は後方に力強く引き寄せられ、視界がぐんと揺れる。僅差で聞こえてきた打撃音、次いでバケツを返したような大量の水音が響いた。



「ケホ、黒む――ひどい――、ケホ」



 ファイが黒鋼の棒に薙がれ吹き飛ばされていったようだ。私はどさりと地面に落とされる。こちらは、黒鋼に荷物の如く回収されていたらしい。



「ああしなきゃおまえ今頃溶けてるぞ」

「そうなんだけど――」



 ファイが居た場所の地面は抉れるように溶けていて、上がる煙を見ているだけでぞっとする。いや、黒鋼の機転がなくとも私が間に合っていただろうから、こうはならなかったのだが。



「オレももっと優しく移動させて欲しかったよぅ――」

「コイツの言う呪いの元の話をしろ」



 腕を掴んで立ち上がらせられる。紳士的ではないが、優しいと言えば優しいか。

 

「カンだけど、ココかな」



 ファイの指が彼の額を示す。彼女の額飾り、紫色の宝石が埋まる部分だ。 魔法で攻撃するにはあまりにも繊細過ぎる。まさに適任といった黒鋼の腕を掴み、木端を片手に握って小狼にかけたものと同じ物理攻撃からの加護を唱えておく。予想通り、それだけで木端が砕ける。降り注ぐ水によって溶けつつあるのだ。残りの一本は懐に仕舞っておく。



「魔法は喰らわないでくださいね」

「おう」



 こんなに素直な黒鋼を相手にするのは初めてだ。開けた活路にやる気がみなぎっているのだろう。問題はほどんと隙間なく飛び交う球体の中、どうやって彼女に近付くかなのだが。



「ここまで耐えた人間は童共と、過去戦ったことのあるこの蓮姫の女秘術師だけだ」



「それって春香ちゃんのお母さんかな?」

「そういう名前の娘がおると言っていたな」



 周囲を渦巻くように飛び交う球体は変わらないが、私たちを攻撃する動きを見せない。



「この国に真に必要なのは、あの馬鹿な現領主達ではなく童達やあの女秘術師だろうが――」

「今、私はここから出られぬ身。理不尽にも、私を意のままに操ろうとする者の、身の程を弁えぬ令を聞かねばならん」



 彼女の言葉に、ファイと黒鋼も確信を持ったようである。彼女は領主に縛られているのだ。立場がどうであれ、蓮姫の行く先を案じて、何よりも領主を憎んでいる。



「名残惜しいが童達、そろそろお別れだ」



 彼女の居る東屋だけを避けるように池の水面がさざめき、柱や街灯を飲み込むような大波が立つ。

 そして、逆にチャンスが到来したのを私たちは感じていた。彼女のもとへ道が開けたのである。



「ファイと私も行かないとですね」

「余裕そうだねぇ、ウィズちゃんは」

「そうですか?」



 黒鋼は彼女の額飾りを破壊するため飛び込む必要があったが、私たちはただ見ているつもりだった。しかし、この大波が襲って来るというのなら私たちもあの東屋まで向かわなければならない。

 ファイの所へと跳び、彼に手を差し出す。



「嫌ですか?」

「オレはいいよ――」

「そうですか、じゃあ」



 懐から取り出した木端を握り、ファイには回復魔法を唱える。まだ木端は形を保っているので、再び懐に戻した。

 魔法を使うのは嫌らしいが、掛けられるのは構わないらしい。



「春香にいい話を持って帰りたいです」

「……そうだね」



 女性の口から語られた春香の母のことを聞けば、彼女は少しでも喜ぶだろう。

 ファイと共に、黒鋼に先んじて女性の元へ飛び込むことになった。



「この事態になっても魔法とやらは使わねぇか」

「うん。ごめんねぇ」



 黒鋼はファイに言っているのだ。私は散々魔法を使っている。ファイも、使っていない訳ではないのだが。彼の実力があれば、確かにここで足踏みをすることはないだろう。



「俺はさっさと済ませて次の世界へ行く」

「……オレも、あんまり一箇所にはいたくないからねぇ」



「なんでだ?」



 次の世界に行くことは双方意見が合致している。しかし、ファイがそれでも魔法を使うことを渋るのには理由があるのだろう。



「元いた国の水底で眠っている人が、もし目覚めたら、追いつかれるかもしれないから。

 オレは逃げなきゃならないんだよ、色んな世界を」



 初めて聞く話だ。水底で眠る人――封印されているのか。いや、封印したのだろう。他の誰でもないファイ自身の魔法で。そして、それを破った人がファイを追うだろうと考えている。封印が完全ではないのか、ファイの魔法を凌駕するほどの実力の持ち主なのか。



「最後の話は終わったか?」



 はっとして、思考を止める。これは、今考えることではない。



「じゃあ、またあとで」

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