| 「そこのお兄さん、これから時間がある?」 ガタンゴトン オレは行く宛もなく乗った電車の席の向かいに儚く笑う男がいた。それはそれはお人形みたいな雰囲気だった。優しく取り扱わないと壊れそうで、その前にこいつ話せたんだという驚きがあった。いや、どこからどう見ても生身の人間のはずだが、どうやら彼のことを無機物のようだと見ていたようだ。それくらいに彼は現世離れな姿をしていた。 血が溶けたような赤いお目目が人形のお目目みたいで、髪が女の子のように柔らかそうで、服がフリフリしていて、西洋の人形と言っても過言ではなかった。 そんな彼を前にして黙っていたから、正直関わるつもりもないし、ただの他人としてこれからも彼を知る機会は一生来ないだろうと思っていた。 彼への返事に困っていると、彼は続けた。 「アンタ、若そうだね。この年で一人旅?」 くすくすと笑う低めな声。その声が妙にくすぐたかった。 あんただって若いだろと言いたかった。西洋の人形のような陶磁の肌。若干低めの身長に高いブーツ。もしかしたら、身なりのいいぼっちゃまかもしれなかった。 オレは今、ちょっと荒れていたので、他人とはあまり話したくなかった。はっきり言ってどこかに行ってしまいたかった。独りで遠くに終点に向かう電車に身を任せて。 「別に」 「寒い」 「そう」 「独り?」 「……」 「寂しい?」 「……さっきから馴れ馴れしいな。いくら年下でも、怒るぞ」 笑わないはずの人形は口を歪ませ笑う。それが不気味に見えて鳥肌が立った。何が可笑しいんだよ。彼の目には実はオレのことを全部分かっているんじゃねぇのかと思うくらいに暗く重く見透かしていそうだった。 「少なくともアンタよりは上だよ」 「嘘だ」 思わず即答してしまったが、まぁ、間違っていないだろと妙に自信満々だった。 「この電車はどこまで行くんだろうね」 「さぁ」 「雪がすごいよね」 「そう」 受け答えは最小限にとどめ、彼を見ないようにして、窓の向こうを見る。暗くなった夜の世界に輝く雪。正直寒いだけでなんとも思わなかった。鬱陶しい。雪なんて嫌いだ。寒さが俺の心を冷たくさせる。 「ボクね、これから死のうと思っているんだ」 「そう……は?」 突然の自殺志願に俺は思わず彼を見る。 彼の瞳に嘘はついてなかった。淡々と当たり前のように言ったのだ。 「冷たく、動かなくなり、目が開かなくなったり、死んでゆくボクを見届けてほしい」 こいつ、本気だ。淡々と紡がれる有り得ないキーワードに眩暈を覚えるものの、彼の気迷いに誰も止める者はいなかった。何故ならオレと彼以外、客はまばらで一人二人いる程度だった。いても、遠くにいて、彼の言葉など聞こえるはずがないだろう。 俺は一旦自分の状況を整理した。 バンドの仲間との意見の食い違い、学校の虐め、身内から放置されている、何もかも嫌になって、家に出るための準備をして、机の上に「クソくらえ」と走り書きのメモを置いて、マフラーを巻いて、家から出た。 そして、どこまでも続く電車に乗り、今に至る。 オレの人生はどこまでもついてねーな…… 「なんで」 「さぁ」 「これから死ぬの」 「それはアンタ次第」 「はぁ?」 なんで一人の生死が俺に関わるんだよ。ついさっきまで赤の他人だっただろうが。 「寒いのが嫌い。だから、他人に見守られて死んでいくのが悪くないかなって」 「さむ……?話がめちゃくちゃだぞ」 「死ぬ時が温かくて寒くて独りでみんなで静かな所で騒がしい所で……」 オレはもう何も言えなかった。見た目の綺麗な人形ではなく、夜中に壊れたように笑う人形だったと知り、気持ち悪いところが何故か寂しいと思えてならなかった。 彼はオレと同じように孤独なのか。いや、言い過ぎなのかもしれない。オレにはバンドの仲間がいるし、身内や友人もいる。それを見限って捨てただけの話。努力すれば戻れる可能性があるかもしれないのだ。 彼はどうだろうか。何にも知らない彼は不気味そうに貼り付けられたような笑みを浮かべる。もしかしたら、笑っているだけで精一杯なのかもしれない。そう考えていたところでオレは我に返った。他人に深く関わってどうするんだよ。所詮他人は他人。勝手に死のうがオレには関係ない。まぁ、オレのせいで死なれたら少々胸糞悪いが、どっちみち彼は死ぬ道を選んでいたことだろう。 「ねぇ、寒いね」 「……あぁ」 「この電車はどこまで行くんだろうね」 「……終点まで」 「そう。答えはあるんだ」 「なぁ、終点に着いたらあんたは」 「気が変わった。アンタを殺してボクも死ぬ」 雪が激しく吹雪く。止む気配を見せない雪をよそ見にしながら、 「オレ、死にたくねぇんだけど、」 彼はにっこり笑って、 「大丈夫。怖くないよ」 と言って、手が微かに震えていたことにオレは気づかないまま、あんたが怖いよと言った。 ∴寒いよ寒いよどうしてボクを冷たくするんでしょうか |