昨夜はお酒をほんの少し飲んだだけだから、酔って途中から記憶がないとか、二日酔いで頭が痛いとか、そういうことは全くない。それなのに、目が覚めて視界に入ったこの天井はよく知るわたしの部屋のものではなくて。いったい自分は如何にしてこうして、知らない部屋のベッドで眠っていたのか。昨夜のことを最初から頭に思い浮かべてみる。


昨夜は伊達工バレー部の集まりだった。今はもう、皆それぞれ卒業して就職したから"元"伊達工バレー部か。わたしと同級生の茂庭くんや鎌先達、ひとつ年下の二口や青根、ふたつ年下の作並くんや黄金川くん達がそれぞれ仕事終わりに集まった。
わたしは仕事が立て込んでいたので、始まってから一時間以上してからようやく合流できた。高校の時と変わらない雰囲気が嬉しくて、たくさん話してたくさん笑った。お酒はあまり得意ではないからゆっくり飲んでいたけれど、仕事の疲れからかわたしは次第に眠たくなっていた。二口に「え、寝るんですか」と言われ、茂庭くんに「大丈夫か?」と言われ、机に突っ伏すわたしに、青根が無言でわたしのスーツの上着をかけてくれたのは覚えている。

そこからは思い出せない。押し寄せてきた眠気そのままに、わたしは寝たのだ。一週間くらい前から睡眠不足が続いていたから、疲れと眠気はかなり溜まっていた。そこにきて久しぶりのお酒。完全なる爆睡だった。いったいあれから誰が連れて帰ってくれたのか。ここは誰の家なのか。

そろりと起き上がると、付けっぱなしのテレビからは随分小さな音でバラエティー番組が流れている。テレビの前にあるソファーからはみ出た長い脚が見えた。そして反対側には見たことのある頭がちらりと覗いている。

「ふたくち…?」

小さく呼び掛けると、その人物はもぞりと動いてソファーから顔を出した。

「起きたんすか、ナマエさん」
「うん…、ごめんね。二口が連れて帰ってくれたんだ」
「ガチ寝でしたからね」
「……」

返す言葉もない。でも、泥酔して介抱してもらうよりは、ひとりで勝手に寝た方がまだマシだろう。と、いうことにしてほしい。

「ここ、二口の家?」
「そうっすよ。俺の家が一番あそこから近かったんで」

ナマエさんの家知らないし、そもそも終電過ぎてたしと二口。多分、二口の家に連れて帰るようになるまで、皆は何度もわたしを起こしてくれていたに違いない。

「わたし…全然起きなかった、の?」
「ふっ、そうですよ?どうしようもないから俺が背負いましたもん。んで、青根が荷物持ち」

あぁ、そういえば誰かが二口の家は青根と近いとかなんとか行っていたような気がする。というか、後輩に背負ってもらったなんて申し訳ないというか情けない。

「ごめんね…」
「いーえ。謝ってばっかですね」
「だって、情けないじゃん」

とんだ失態だ。ガチ寝だったと二口は言っていたから、さぞ間抜けな顔をして寝ていたことだろう。小さく嘆息して、気になったことを聞いてみる。

「ねぇ二口。わたし寝言とか言ってなかった?大丈夫だった?」
「あー、寝言は言ってなかったっすけど…」
「…けど?」

そこで二口は言葉を切って、ソファーから出していた顔を引っ込めてしまう。"けど"なんだ。そこでやめられたらすごく気になる。
もぞもぞと二口の頭が動いたと思うと、ぱしゅんとテレビが消された。そのままソファーから立ち上がった二口は、ゆっくりとわたしのいるベッドまで歩いてくる。

「何も…覚えてないんすね」
「え?」

よく聞こえなくて聞き返す。ギシッとベッドが軋んだ。呆けたようにベッドに座るわたしの前に、二口がいる。

「普通女の子からしたら、寝ている間に男になにかされたんじゃないかってって疑うのが先じゃありません?」
「え、だって二口なら安心かなって…」

そう言うと、二口はふーんと不敵に笑った。とても妖しい感じがするのは、わたしの気のせいではないはずだ。

「ここに、こんなのが付いてたとしても…安心?」

とん、と二口の長い指が置かれたのは鎖骨の少し下。スーツの下に着ていたインナーの襟元に、隠れるか隠れないかのそこにあるのは赤い痕。

「え…」

それが何なのかすぐに分かった。分かったけれど、何故。いったい何がどうしてこうなった。

「下心しかなくて俺んちに連れてきたのに、安心なわけないじゃないっすか」

言葉の意味を理解して、驚きに目を見開いたまま固まっているわたしの耳元で、今さら遅いですよと二口が囁いた。


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