あるファミリーの壊滅の為に、わたしたち警察は対マフィアチームの精鋭中の精鋭で組んだメンバーで今回の任務に臨んだ。名も知らないファミリーに対して、いささか構えすぎやしないかというメンバーだったが、その考えは一瞬にして打ち砕かれた。
屋敷の北側と南側に別れて夜襲をかけた結果、屋敷の中まで到達できたのは10人中たったの2人。敵は恐ろしく強かった。班を率いていたリーダーは既に命をおとし、撤退のタイミングを逃したわたしは、気付けば随分と屋敷の奥まで入ってしまっていた。

『…ブツッ』

左耳のイヤフォンからは無機質な音が響いた。通信が繋がっていた最後のひとりとの回線がとうとう途絶えた。これで残ったのはわたしひとり。状況は絶望的だった。
窓を。わたしは長い廊下を走り抜けて窓を探した。窓を蹴破ってここから出なければ。新月の今日は透ける月明かりが無い為、窓が見付けにくく加えて屋敷の中は薄暗い。早く戻って伝えなければ。増援を送ってはいけない。もうこのファミリーには関わってはいけない。

ぞくりと悪寒が走った。咄嗟に腰を屈めると、ぶんっと頭の上をナイフが通過する。しゃがんでいなければ、今頃わたしの首はなかった。

「お〜、やっぱり。お姉さんが一番強いね」

だらりとした構えでこちらを見る男は屋敷の南側で会った、目の前でわたしの同僚を切り伏せた男だ。
間合いをとって銃を構える。相手はナイフだ。銃に敵うはずがない。わたしは引き金に指をかけた。
ひゅっと目の前から男が消える。慌てて引き金を引くも、ダンと響いた銃声は床に穴を開けただけだった。きらりと視界にナイフが光って、鳩尾に衝撃を感じた。ナイフの柄で入れられたらしい一撃に、ごほっと思わず声が漏れる。そのまま引き倒され、受け身も取れずにわたしは床でしたたかに頭を打った。

「でも俺の方が強いからネ」

打ち所が悪かったのか、意識が朦朧とし始める。わたしを見下ろす男がぶれた。その少し先に花瓶と窓があるのが微かに見える。あぁ、この男さえ振り切れば外に出られたのに。そう思いながら、わたしは意識を手放した。


「いや、でも、女の子ですし…」
「甘いね〜、工は。この子、そこらの男より余裕で強いよ」
「いや、けどだからって…」
「敵に同情してんなよ」
「ほんと賢二郎は容赦ないよね〜。あ、起きた」

目を開けると、わたしは小汚ない倉庫のような場所にいた。まだ頭がずきずきと痛む。咄嗟にそこに手をやろうとして気が付いた。腕も足も拘束されていて床に転がされている状態だ。

「何者だ、お前」

ひとりの男が、わたしに向かって歩いてきた。南側には居なかった男だ。誰が答えてやるものかと、わたしは思いきり顔を背けた。

「こいつ…」
「まぁまぁ、賢二郎。そんなの聞かなくても身ぐるみ剥いでいっちゃえば分かることじゃん」

後ろからにゅっと顔を出したのは、先程会ったナイフの男だ。すっと細められた目はぞっとするほど冷たくて、嫌な汗が背中をつたう。

「ちょ、身ぐるみって…女の子っすよ」
「工はほんとウブだね〜」

ゆっくりと男の手が縄に伸びてくる。震えそうになる身体を必死に抑えて、わたしは男を睨み付けた。縄が取られたら、ジャケットの裏のナイフでこの男を確実に仕留めてやると心に誓いながら。

「天童」

低く、太い声が部屋に響いた。ぬっと部屋に入ってきたのは、背の高い大男。

「ありゃ、若利君。早かったね」
「今戻った。…何があった」
「大したことないよ〜。このお姉さん達が遊びに来ただけ」

遊びに来た、となんとも軽い表現で言われたことに腹が立って、わたしは縛られた両足をぶんっと男の方に振った。が、おっとと軽々避けられる。
カツカツと靴音を響かせて、入り口にいた男がわたしに向かって歩いてきた。
牛島若利。マフィアに関わるこの世界では、知らぬ者はまずいないだろう。数多のファミリーや警察組織を潰してきた男だ。ここがまさかこの男のファミリーだとは思ってもみなかった。その名と顔だけが独り歩きして、ファミリー自体に関する情報はほぼなかったから、わたしたちは誰も気付かなかったのだ。知っていたならば、こんな少数で夜襲をかけたりなんかしなかった。

じっと見詰めてくるから、わたしは気圧されそうになりながらも負けじと見返してやった。けれど絶望的な状況に、縛られている手の指先は先程からずっと震えている。わたしの横に立つ天童と呼ばれた男には、もしかしたら気付かれているかもしれない。

「捕らえたのはこの女だけか」
「そうそう。他は弱すぎてすぐ死んじゃった。で、今から尋問するところ。工がね」
「え゛俺ですか!?」

やっと視線が反らされて、わたしは無意識に小さく息を漏らしていた。工と呼ばれた男の子が牛島若利の後ろで慌てているのが見える。

「いや、俺がしよう」

視線が反らされて安心していたのもつかの間。再びぎろりと視線向けられて、今度こそ身体が強張った。この男は今、何と言った。
その言葉に、周りの者達も焦ったように彼を見詰めた。

「は?え、まじ?若利君」
「牛島さん…?」
「え、でもじゃあ俺しなくていいんすよね?いいんすよね?」

嘘だと言って欲しかった。いっそさっさと殺される方が、もしかしたら楽なのかもしれない。ずきずきとした頭の痛みもいつのまにか感じなくなるくらい、わたしは目の前の男に恐怖を感じていた。

「部屋に連れてこい」

あぁ、わたしは何故生き残ってしまったのだろうか。


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