友人と共にやって来た大学近くのカフェ。他愛ない話の後、飲み物が運ばれて来たところでわたしはあることを打ち明けた。

「彼氏?あぁ、合コンでどうのっていう?」

彼氏ができたんだけど。というわたしの言葉に、友人である彼女はそう返した。言われて気付いた。そうだ。合コンで知り合ったあの男と別れた話もしていないのに、わたしはもう彼氏ができてしまっているのだ。

「いや、由紀違う。その人じゃない」
「んん?なに新しい人?忙(せわ)しいね、あんた」

彼女――由紀はくるりくるりとティースプーンでコーヒーを回した。それを見てわたしは、運ばれて来たままほったらかしにしていた自分の紅茶に口をつける。

「合コンの人には振られて、別れたその日に違う人に告白されたの」

そう言うと、由紀は「へーえ」と楽しげに笑った。小中一緒で高校で別れ、大学で再会したこの友人はわたしの今までにない恋愛パターンに興味を持ったらしい。

「なになに、あんた狙われての?」
「そう、だったの…かな」

前から好きだったとかそういうことは何も言われていないからよくわからないけれど、それでもあの日の彼の真摯な瞳は昨日今日思い付いたことを告げるようなそれではなかった。思い出すと顔に熱が集まるようで、わたしは小さく息を漏らして俯いた。あの日から五日が過ぎようというのに、未だ夢のように感じてならない。

「ね、どんな人?」

かちゃりとコーヒーをソーサーに戻して由紀が聞く。心なしか嬉しそうなのは、彼氏ができたと報告するわたしの様子がいつもと違うことに、きっと気付いているからだ。何だか気恥ずかしい。

「ずみ…」
「ん?」
「彼氏、岩泉…」

相手が相手だけに、わたしはさらに恥ずかしくなってきた。わたしと中学が一緒だった由紀は、もちろん岩泉とも一緒だったわけで。ついでに言うと、彼女の進学した高校は彼と同じ青葉城西高校だ。どんな人も何も、既に知りすぎている。

「岩泉って……岩泉!?」
「ん…、そう」
「告白してきたの?好きですって?」
「俺にしとけって…」
「わぁー、さすが男らしい。でもまぁなんていうか…それだったら、あんたはもう安心だね。岩泉だもんね」

おめでとうと由紀は嬉しそうに笑った。側で見守り続けてくれたこの子がそう言うのだから、きっと間違いないのだろう。高校時代、当てもなく夜道をさ迷うわたしを、部活帰りの由紀はいつも無言で家まで引っ張って歩いてくれたし、大学に入ってからも転々と彼氏を変えるわたしを懲りずに叱ってくれていた。
言い尽くせない感謝の気持ちが少しでも伝わればいいと、色々ありがとうと伝えたら「しっかり大事にされなさい」と由紀はまた笑った。


「何でそんなに大人しいの、お前」
「別に普通だけど…」

そう返したら目の前に座る岩泉が堪えきれなかったのか吹き出した。何だか物凄く悔しい。

「お前もあれだな。緊張とかするんだな」
「そりゃあそうでしょ…」

泣かされて胸を貸されて俺にしとけと言われてキスをされた。その一連の行為が引き金になって完全に岩泉に落ちたわたしは、どうしたらいいのか分からず挙動不審気味だ。今までの人とはいったいどうしていたのだろうか。こんなにどくりどくりと心臓が落ち着かないことがあっただろうか。
ちらりと腕時計を確認する。岩泉の部活とわたしの部活が始まるまであと20分ほどだ。岩泉はもちろん男子バレー部であるが、一応わたしもその隣のコートで練習する女子バレー部の一員だ。高校時代に何もやらなかったことを後悔していたわたしは、小中とやっていたバレーを再び大学から始めていた。

今わたしと岩泉がいるのは大学のテラス。わたし達と同じように向かい合って座っている人の中には男女も何組かいる。けれどわたし達と違ってそれぞれ楽しそうに話をしていて、なんだか居たたまれなくなった。またちらりと腕時計を見る。あと19分、何を話したらいいのだろう。

「わりぃな、なんか。付き合わせて」

時計をちらちら見るわたしに気付いたのか、缶コーヒーを啜った岩泉が少し申し訳なさそうに言うから、わたしは慌てて否定した。

「いや、違う、そうじゃない。…なんかごめん、わたし思った以上に……恥ずかしくて」

思春期真っ盛りの中学生みたいだ。あの頃ですらこんな焦れるような自分ではなかったのに。つくづくこの恋はわたしにとってイレギュラーらしい。言葉にしたら余計に恥ずかしくなって、わたしは頬杖をついていた右手で顔を覆った。

がたりと椅子が動く音がして指の間から前を見ると、立ち上がった岩泉が至極優しげな表情で目を細めた。初めて目にする表情に、わたしは完全に硬直した。

「まさかこんなミョウジが見れるなんてな」
「わっ」

そんなことを言われたかと思うと、腕捲りされた逞しい腕が伸びてきてくしゃくしゃと髪を掻き回された。思わず声を漏らせば、彼は喉の奥で低く笑う。

「コンビニ寄るから先行くわ」

じゃあ後でなと、重そうな鞄を実に軽々と肩に担いで行ってしまった。くしゃくしゃにされた髪を片手で整えながら、腕時計に視線を落とす。部活が始まるまであと18分。それまでにこの顔の熱は消え去ってくれるだろうか。


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