出会ったのは中学で。そして高校で別々になって、大学で再会した。中学生のわたしはバレー部だったし、偶然にも彼とは三年間クラスが同じだった。だから、岩泉と話す機会は他の女の子達よりも多かったかもしれない。
彼はとても話しやすかった。他の男の子みたいに格好つけてなくて、真っ直ぐで。けれどわたし達ふたりの間に"何か"が生まれることはなく、そのまま別々の道へと進んでいった。
高校生になってから、一度だけ近所で岩泉を見掛けた。部活帰りらしかった彼は、強豪校のジャージがとても良く似合っていた。声は掛けなかった。
短い制服のスカートに、明るい髪色。好きだったバレーも辞めて、なんとなく付き合い始めた友人達に誘われるままに夜遅くまで遊び歩いていたわたし。酷く惨めに思えた。
そんな自分が情けなくて、それから少しずつ変えていった。制服もできるだけきちんと着て、髪も元に戻して、勉強もした。夜出ていくことも減っていって、行きたかった大学の推薦も貰えた。"元"友人達は、何をそんなに真面目にやってんの、馬鹿じゃないのとわたしを笑ったが、どうでも良かった。

そしてわたしは大学で岩泉と再会した。
昔と変わらずわたしと話してくれた彼は、いつもわたしの一方的な相談や愚痴を聞いてくれていた。ストーカーに追われた話、彼氏に振られた話、"元"友人に出会い系サイトにわたしとの写真を貼られた話、彼氏に振られた話、賞味期限切れの豆腐を食べた話、彼氏に振られた話。振り返って並べていくと、なんとも滑稽で申し訳なくなる。


「…おい、寝るなよ?」

泣き止んでしばらく、ぴくりとも動かずにいるわたしに岩泉がそう声を掛けてくる。こんな状況では寝られるわけがない。岩泉の服を握ったまま、わたしは小さく頷いた。
岩泉が少し身体を離す。泣き腫らした顔を見られるのが嫌で、わたしは即座にぐるりと岩泉に背を向けた。

「…随分な態度だな」

声が低くなったけど、無視をした。自分の顔を見せるのも勿論嫌だけれど、岩泉の顔を見てしまえば、何だかいろいろなものが溢れてしまって、止まらなくなるような気がした。
岩泉に背を向けて、ベッドのほぼ中央に座り込んだまま、視線を窓へと向ける。落ちていく雨は、再び真っ直ぐになっていた。しとしとと、降っている。

ぎしりとベッドが鳴った。かと思えば、すぐにぎしりと沈む。目の前には胡座をかいて座る岩泉。驚いて思わず向けた視線は完全に絡んだ。

「ミョウジ」

ゆっくりと呼ばれるから、外そうとした視線はそのままになってしまった。こちらを見つめる岩泉の瞳は真剣で、わたしの心の奥底にある何かが溢れて溢れて、心臓を打ちならす。
なに?と唇だけ動いた。声を出したつもりが、言葉は喉に引っ掛かったまま出てきてはくれなかった。
岩泉が一度視線をさ迷わせて数秒、やがて決心したかのようにずいとこちらに身体を近付けてくるから、反射でわたしは後ろに下がろうとした。けれど岩泉が、あ?みたいな視線を向けてくるから、シーツを掴んだままわたしは完全に停止した。

「ナマエ」

名前で呼ばれたのは、多分これが初めてだ。
分け目が変なふうになっていたのか、はらりと髪が一房落ちた。手櫛で整えることすらしてなかったなぁと、頭の隅の方で思う。

「俺にしとけ」

一度泣いて緩んだ涙腺はいとも容易く涙を解き放った。目の前の岩泉が透明に滲んでいく。まさか二度も泣かされるなんて思わなかった。こんな言葉が聞けるなんて思わなかった。その言葉が狂おしいほどに心を揺さぶるなんて思わなかった。

「だいじに…して、くれる?」

嗚咽に邪魔されながら紡いだ言葉は、途切れ途切れで酷く幼く聞こえた。それでも目の前の人はしっかりと頷いてくれる。

「あぁ。……頼むからもう泣くな」

苦笑いした彼は、おもむろにわたしの頭に手を伸ばしてぐじゃぐじゃとかき回す。そしてその手は頭から離れた後に、ずれて肩口まで露になっていたわたしのTシャツを正した。
たったそれだけのこと。なのに身体中が熱くなった。
Tシャツの襟口にあった手は再び髪に戻っていく。手が差し込まれたと思ったら引き寄せられた。
目、閉じろ。言われるままに閉じたら、普段の彼には似合わないくらい優しい口付けが落ちてきて、また涙が溢れた。

雨はもう、止んでいた。


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