「若利君がどういうつもりか知らないけど、そもそも尋問なんて必要ないんだよね」

あっけらかんと言い放つその男は"天童 覚"と名乗った。

「だって君の仲間の残骸を調べたら済むことだし」

睨む。視線だけで人を殺(あや)められるものなら、今すぐそうしてやりたかった。拳を握ると縄が手首にきつく食い込んだが、そんなの痛くもなんともなかった。

「お姉さんで遊ぼうと思ったけど、ざんねーん」

わたしの視線をさらりとかわして、男は扉の前で立ち止まった。尋問というのは建前で、単にわたしをいたぶることが目的だったのだ。もしそうなっていたら、本当に死んでしまった方がマシだったとわたしは思っていたことだろう。

「お姉さん腕立つんだから堅苦しいとこにいないで、もっと楽しいことすればいいのに。どお?俺らと一緒に」

耐えきれなくて脚が出た。この男とわたしの差は分かっているから、当たらないのが承知の上で、だ。分かっていてもこの男の言葉はひとつひとつが癪にさわる。
振り上げた脚はかわされ、軸足は払われた。絨毯の敷かれた廊下に倒れるわたしを見て、男は笑った。この男が憎い。わたしの仲間を奪った者達が憎い。

「まぁ、後は若利くんとごゆっくりね」

死刑宣告のように聞こえた。それと同時に目の前の扉が開いて、ギロリと鋭い双眸が、未だ廊下に転がるわたしを捕らえた。


ほとんど物のない部屋だった。殺風景、と呼ぶには所々に置かれている物が上質過ぎる気がした。
手首の縄は部屋に入る前に、天童によって外された。拘束なんてあってもなくても若利君の前じゃ意味ないよ、とそう言いながら。ただ、これだけは貰うよとジャケット裏のナイフは奪われた。いつから忍ばせていることに気付いていたのだろうか。

「来い」

声をかけられ、思わず身体が小さく震えた。天童に抱くぞくぞくとした悪寒のようなものとは違い、ただただ純粋な恐怖。懐にナイフがあろうがなかろうが、決してわたしはこの男には敵わない。生き物としての本能的な怯えだ。
いつまでも固まったまま動かないわたしに痺れを切らしたのか、牛島はわたしの手首を掴んで、引いた。荒々しくはないが、絶対に振りほどけないような力を感じた。
部屋の奥に扉があり、牛島はわたしの手を引いたまま、そこを開けた。すぐに目に入った大きなベッドに、ひやりと背筋が凍る思いがした。

「殺すなら、さっさと殺して」

相手に何か言われる前にと、強がって絞り出した声は掠れていた。

「殺すつもりはない」

牛島は即座に言った。

「天童がお前を生かした理由は知らない。だが、俺には理由がある」

ここに連れてきた、理由が。そう言って、ずいとわたしの方に迫ってくる。後ずさろうとする前に、肩を掴まれ視界が回る。背中に柔らかな感触、目に入ったのは天井、そしてわたしに覆い被さる、男。

「惹かれた」

ベッドに押し倒されたまま、わたしは無意識に震えながら牛島の言葉を聞いていた。

「だから、俺はお前を殺さない」

嘘であって欲しかった。わたしを弄ぶ為の冗談であって欲しかった。けれどそうでないことが、目を見れば分かってしまう。わたしを見詰める鋭い双眸は曇りなど無く、澄み切っていた。あぁ、いったいどうしてこんなことになってしまったのか。

「お願いだから…殺してよ」

声が震えた。爪が食い込むほど拳を握り締める。ついには視界さえ滲み始めたわたしを見て、牛島の瞳にほんの一瞬だけ戸惑いの色が浮かんだ。けれど、すぐに首を振る。

「好いている女は殺さない」

きっとここがわたしの地獄なのだ。


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