目が覚めた。
息が苦しくて、首元まで掛かっていた布団を思い切りはねのける。
途端にヒヤリとした空気が襲ってきて身体が震えてたが、呼吸は少し楽になった。
どくんどくんと普段よりも早いペースで心臓が鳴る。
今度は胸が苦しくなってきた気がして、わたしはとうとうベッドから出ることにした。

とても、眠れそうになかった。

上着を引っ張り出すのも億劫で、手近にあったストールだけを羽織り、部屋を出る。
とにかく澄んだ空気を吸いたくて外に向かった。

月のない空はどこまでも闇色で、吸い込まれそうで。
わたしの不安を煽っているように感じた。
心を落ち着けようと深呼吸を繰り返しても、脳裏にあるシーンが浮かんできて、わたしは強く目を閉じた。

「サボ…」

名前を呼んでも不安は消えない。
本当は今すぐ彼のところに行きたい。大丈夫だと言って欲しい。

そのうちひとつふたつと滴が頬を伝い、落ちていくのを感じた。
服の袖で拭っても、すぐにじわりと闇色の夜空が滲む。

夢を見た。
目の前で、彼が殺される夢。
駆け寄って身体を揺すっても、名前を叫んでも目を閉じたまま反応がなくて。
恐怖、絶望、悲しみ。それらが一気に襲ってきて、身体がぞわりと震えた時に目が覚めた。

今まで仲間の死を経験したことは何度かあった。
悲しみはあったけれど、そこでいつまでも立ち止まる訳にはいかないと、いつも気持ちは前に向けていた。

けれども、もし彼が死んでしまったら。
考えるだけでも恐ろしかった。
自分の制御が効かなくなってしまいそうで。

冷たく吹く風に、小さく身体が震える。
もう部屋に戻ろうと夜空に背を向けた。
寝られる自信はなかったが、それでもいつまでもここでこうしていても仕方がない。


部屋に戻る途中、少し遠回りして彼の部屋の前に立つ。
会いたい衝動に駆られたが、だめだとひとり首を振る。
今日の夕方、仲間たちとはるばる遠方より帰還してきたのだ。
疲れて眠っているはずだろう。
怖い夢を見たなんて、そんな子ども染みた情けない理由で邪魔をしたくない。

温かいものでも飲んで布団を被っていれば、そのうち寝られるはずだとわたしは歩き出した。

その時、背後でガチャリと扉の開く音。

「ねぇ、当ててあげようか」

驚いて振り返ったわたしに、彼は悪戯な笑みを浮かべた。

「怖い夢を見た、とか?」

ひどく後悔した。部屋の前に来てしまったことを。
彼ならば例え扉を隔てていようが、その先に誰がいるかなんて気配ですぐにわかってしまうのに。
迷惑をかけないようにしたつもりがまんまと気付かれて、しかもここに来た理由まで見抜かれてしまった。

うらみがましく視線を向けると、彼―サボはわざとらしくちょっとだけ肩を竦めてみせて、わたしを部屋へいざなった。

「で、おれの答えは正解?」

わたしがそっと扉を締めたところで、サボは部屋の明かりを消した。
報告書を書いていてそれが終わったのか、机の上には数枚の紙がまとめて置かれているのが、ぼんやりと見える。

どこか勝ち誇ったかのように、楽しげな色を含む声がほんの少し悔しくて、わたしは緩く首を振った。

「半分、正解」
「半分?」

さっき外に出たときには見えなかった月が、いつの間に厚い雲から顔を出していた。
窓から差し込む月明かりに照らされたサボが小さく首をひねる。

「怖くて、とても悲しい夢」
「そう。悲しかったんだ」

彼の言葉に頷く。
それから少しの沈黙。

子どものようで情けないと思われただろうか、と俯き気味だった顔を上げると、彼はおもむろにわたしの手を引いた。
そのままベッドに寝転ぶものだから、腕を掴まれたままのわたしもなすすべなくベッドに上がる。

「じゃあ、今は?」

片手で布団を引き上げ、もう片方の手でわたしを自分の方に引き寄せながらサボが問う。

今。今はもう。

「怖くない…」
「悲しくは?」
「ない…」
「じゃあ、眠れそう?」

彼がこちらを見ているのはわかっていたけれど、なんとなく恥ずかしくて俯いたまま頷くと、ん?と覗き込まれる。

「うん、大丈夫…」

覗き込んでくる視線を避けて、少しだけサボに近付くとくすりと笑みが落ちてきた。


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