今日はサボが帰ってくるんだろ?
ナマエさん、参謀総長帰って来られるそうですよ。
おいナマエ、サボさん昼頃にこっちに着くって。
一緒に港まで迎えに行きましょうよナマエさん。


約二ヶ月ぶりに帰ってくる彼のことを、皆は口々にわたしに話す。
正直、戸惑っていた。
わたしはそんなに彼を待ちわびてならないかのように見えているのだろうか。

一応、わたしたちはお互いに気持ちを通じあった仲ではある。
でも、だからと言って任務でしばらく離れ離れになるのが耐えられない程、余裕が無いわけではない。

彼が帰ってくる日の前々日くらいから、皆わたしにこの話題ばかり振るけれど、曖昧に笑うことしかできなかった。
帰ってくるのが嬉しくない訳では決してないけれど、こうも皆に声を掛けられるとなかなか恥ずかしい。

昼過ぎ。
今は手が空いているしもうすぐ着くのだろうから、港まで出迎えにいこうかと思っていると、ふいに名前を呼ばれた。

「ナマエさん、次の任務のことなんですけど、いいですか?」
「あ…うん。どうしたの?」

海図を片手にやってきた部下は、困ったように眉を寄せた。

「それがこの辺りの海域、普段はそうでもないんですけど、この次期だけ潮の流れが複雑だという現地の方からの情報で…予定していた場所に船を着けられそうになくて…」
「あぁ…、なるほどね」

海図を見ながら思案する。
予定していた所に船を着けられないとなると、作戦全体に差し障る為、もう一度初めから作戦を練り直さないといけない。

「ちょっともう一回考えようか。皆を集められる?」
「はいっ。こっちの部屋使いましょう」

迎えには行けそうにないな、とわたしは部下に連れ立って部屋を出た。


迎えに行けないどころか、いろいろなことをしていたら日もすっかり暮れて、もう夜になってしまった。

あれから作戦の打ち合わせをして、それが終わったら別の部下に稽古をつけてほしいと頼まれた。
稽古の後に、「サボさんには会いましたか?」と言われて、いや会ってないと答えると、「えぇ!?それなのに自分…すみません!」と謝られた。

その後今度は医療班から呼び出されて、薬の在庫が減ってきているから材料をいくつか用意してきてほしいと言われた。
渡されたリストを元に、近々任務へ出る者達に薬の材料の調達を頼んで回った。
そして、それが終わったらコアラさんに誘われて夕食。
「サボくんには会ったんでしょ?」と言うコアラさんに首を振ると「えぇ?なんだまだ会ってないの」と驚かれ、早く会ってくるよう促されて食堂を出たのがついさっき。

基地中をうろうろしていたのに、彼には全く会わなかったけれど、昼過ぎには着いたとコアラさんが言っていたから、帰っているのは間違いないのだろう。

彼の部屋の前まできたわたしは、コンコンと扉をノックする。
すると中から、かちっと照明を落とした音がして疑問に思っていると、いきなり扉が開いて腕を掴まれた。
そのまま腕を引かれて状況がのみ込めないまま部屋の中に入ると、やはり室内は真っ暗だった。
部屋の主の姿もぼんやりとしか見えなくて戸惑っていると、身体がふわりと浮いて今度は抱き上げられた。

「っ!」

驚いて声も出なかった。
わたしを抱き上げたまま、数歩歩いたところで降ろされた場所は軟らかく、ベッドだと気づいた。

「サボ…?」

見えないのが不安で、声がぽつりと消えていく。
小さく笑ったのが聞こえたと思ったら、ギシとベッドが軋んだ。

「怖かった?」

わたしに覆い被さる彼の声色は楽しげだ。
やっと闇に目が慣れてきて、してやったりのサボの顔がぼんやりと見えた。

「怖いというか…吃驚した」
「そう」

ベッドに散るわたしの髪をするすると指でときながらサボは続ける。

「だってあんまりにも来る気配がないから」

あぁ、なるほど。
その『仕返し』ということなのか。

「ごめんなさい…ちょっと忙しかったの。おかえりなさい」
「ただいま」

その言葉を聞いて、サボが満足そうに頷く。

それにしても彼がこんな仕返しのようなことをするなんて。
少し聞いてみたくてわたしは尋ねた。

「サボ…」
「ん?」
「会いたかった…とか?」
「ふっ、それなりにね」

あぁ会いたかったよ、なんて言わない彼は相変わらず余裕綽々でわたしを見下ろす。
せめてもの抵抗で、素直じゃないねと言おうとしたら、それより先に唇をそっと塞がれた。

「そして藍色の夢を」のふたり


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