「では、明朝に」
「わかりました」

明日の船出の時を告げに来た仲間にそう返事をして、わたしは歩き出した。
歩きながら小さくため息が漏れる。今回の任務は随分と長期且つ、緊張を伴うものだ。とりわけ、共に任務にあたるのはこれが初めての相手。嫌でも緊張感は増す。

「ふぅ…」

我知らず、少しだけ大きくなったため息は、だだっ広い海軍本部の廊下落ちていく。


「ナマエちゃん」
「わっ」

ぬっと音もなく現れた姿に驚いて後退りする。

「なに。酷くない?化け物でも見たような反応して」
「あー…、えっと、すみません」

心外だ、と彼――クザンさんは肩をすくめた。そんなこと言われても、気配を殺して近づいてくるそっちが悪い。言わないけれど。

「どうかしましたか?こんなところで」

この廊下をまっすぐ突き進めば、その先にあるのはわたし達、中将以下の宿舎だ。大将がわざわざ通る場所ではない。

「はぁー…」

物凄く不満そうな顔でため息を吐かれた。ひとつも質問の答えになってない上に、意味がわからない。とにかくその、何聞いちゃってんのこいつみたいな雰囲気を出すのをやめてほしい。

「酷いねぇ。せっかくあれだよ、何だっけ。…あー、そう見送りに来たのに」

見送り。見送り?言葉の意味を理解するのに時間がかかった。長期の任務に出ることなんてこの人には話していない。今まで見送りに来たこともないし、何より、来る意味がわからない。
この任務の指示を出した元帥が来るのならわかるけれど。その元帥からは、先程既に激励の言葉を貰っている。

「それは…どうも」

とりあえずそう返すと、彼はまた不満そうな顔をした。見送りってこんな感じだっけと考える。いや、この人が相手だからこうなってしまうのか。

「もうちょっと嬉しそうにしてよ」
「そう言われましても…。そもそもどうしてわたしが行くのを知っているのですか」

疑問に思っていたことを口にしたら、彼はあっさりガープさんに聞いたと言う。
だと思った。元帥からガープ中将、ガープ中将からこの人。わたしに関することは基本的にこのルートで漏れていく。今回も例外ではなかったらしい。元帥は不本意なのだろうけれど。

「長いんでしょ?任務。しかもあの変なのと組むって」
「えぇ、まぁ」

変なのって、貴方が言うかと思う。でも、今回のわたしの相手が変わり者なのはあちこちで噂されている。そういう噂に全く興味なさそうなこの人の耳にも届いているくらいだ。
とにかく事務的で、必要なこと以外はしないらしい。必要無いと思えば平然と仲間も捨てていくのだとか。あの笑わない目は、正直苦手だ。

「ねぇ、ナマエちゃん」
「はい?」
「行くの嫌?」

何を聞いてくるのか。そう思って見上げても彼の目は真剣だ。むしろそこに、わたしを案じるかのような色を感じて、どきりとした。

「任務…ですから、別に」
「ふーん」

いつもの興味無さそうな相槌に、少しほっとする自分がいた。彼がいつもと違うとどうしていいかわからないのは、何故か。

「まぁ、気をつけて行っておいで」
「あ、はい」
「ナマエちゃんが無事に帰ってきたら、」

そこで言葉が切られた。かわりに頭に温もりが降りてくる。親が子にするように、優しくぽんぽんと頭に手が置かれた。

「甘やかしてあげるから」

温もりが離れた思ったら、彼はもうわたしに背を向けて歩き出していた。

「は…い」

やっと返事ができた時には、長い長いコンパスを持つ彼は随分遠くに行っていたから、届いてはいないだろう。
つい先程まで温もりがあった頭に手をやる。
きっとわたしは明日からの任務を完遂できるだろう。そして、終わったら最初に彼に会いに行くだろう。

そんな、気がした。


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