ねぇ、ここを抜けるの?」
「ん?うん。眉間にシワ寄ってるよ、すごく」
「…人込み嫌いなの」

ふって鼻で笑われた。そんな笑い方するなと横にいるサボに視線を向ける。こんな人込みを通り抜けるなんて、祭りじゃなかったら絶対に御免だ。


サボに夏祭りに誘われた。わりと近所で、花火も上がって、夜店もまぁまぁ並んで、けっこう人が来る、お祭り。
会社でたまたま一緒になったエレベーター。わたしが乗り込んだと同時に彼は切り出した。「ナマエさん、お祭り行ってみる?」と。
子どもの頃にしかその祭りは行ったことがなかったので、わたしはすぐに頷いた。浴衣を用意しなければと思いながら。


「ナマエさん前歩いてね」
「…なんで?」
「見えるところにいてくれないと困るから」

まるで子どものような扱いに文句を言いたかったけれど、確かに後ろにいてくれる方が安心だから黙っておいた。ふっと短く息を吐いて気合いを入れ、わたしは人込みに乗り込んで行く。

「ていうか、そんなに人込みが嫌なら断れば良かったのに」

しばらく黙々と人の波を掻き分けていたら、後ろからそんな声が届いた。非難するような言い方ではなく、声が笑っている。絶対ニヤニヤしながらわたしの後ろを歩いているのだ。見なくても分かる。

「祭りは行きたかったの」
「ふーん。背が低いから人込み嫌いなの?」
「違います」

反射で返すと、会社での癖で敬語になった。後ろでまた彼が笑う。振り向いてやろうと身体を回そうとしたら、丁度前から子どもが走ってきたから慌てて左へ避ける。

「ねぇ、どこまで歩けばいいの?」
「もーちょっと」

彼曰く、少し歩けば道が開けたところがあって、そこから綺麗に花火を見られるのだとか。しかしわたしはそろそろ限界だ。人に酔いそうだし、履き慣れない下駄で足が痛くなってきた。
ふぅと小さく息を吐いた時、少し広いところに出て、あぁここなのかと理解する。

「端に行こう。…祭りが好きっていうより、花火が好きなんでしょナマエさんは」
「…何で分かるの」
「なんとなくね」

そんなにうずうずしているのが滲み出ているのだろうか。いや、それよりも。
ずっと彼の前を歩いていたから、急に横に並んで来られてどきりとした。ただでさえいつものスーツとは違って浴衣なのだ。普段より三割増しくらいで目を合わせられない。

その時、ドンッと心臓まで音が響いた。最初に咲いたのは赤。それから青、緑と次々に色とりどりの花火が上がっていった。
周りからうわぁと歓声が上がる。カメラや携帯を構える人も居たけれど、わたしは何も発さず何も構えず、食い入るように夜空を見上げていた。何かに残しておくよりも、今自分の目でしっかり見ておきたかったからだ。
と、ふいにわたしの前に背の高い男女が現れた。サボ曰く"背の低い"わたしは全く夜空を見ることができなくなる。響く音が聞こえるだけになり、どうしたものかと思っていると、肩に手が置かれた。

「はい、こっち」

肩に添えた手はそのままに、一歩横に動かされる。視界が開けて、丁度人の間になったそこからは花火が綺麗に見えた。

「ありがと…」
「ん」

彼を見上げたら、浴衣の合わせ目から覗く普段スーツでは見えない首元にまたどきりとした。
慌てて視線を花火に戻す。触れられた肩が熱くなった気さえしてきた。

「言い忘れてたけどさ」

連続で上がっていた花火がふと途切れた時、しゃらりとわたしの髪飾りにサボの手が伸びてきた。

「似合ってるよ、浴衣」

周りに聞こえないようにか、耳元でそっと囁かれた言葉に心臓が跳ねた時、夜空では今日一番の大輪が花を咲かせた。


夏ネタ箱 サボ×夏祭り サボ×浴衣
「上だ下だと」のふたり


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