最近の任務の中では珍しく苦戦していた。戦いが後手後手に回るのには、入り組んだ地形が大きく関係しており、一時海岸まで撤退。作戦を見直す必要があった。

「ルートはこれだな。最短かつ、最適だ」

彼の指がするすると地図の上を滑っていく。淡々と迷いがない。地図を見る前から決めていたかのようだ。

「支援はここと、ここに。人数はそういらない。中央から展開して扇状」

もう一度練り直すことになり、わたしが一時間かけてシミュレーションした作戦を、彼はわたしが説明する前に十数秒で言い放った。わたしは地図を広げた時のまま左右に開いていた手を、すとんと下ろす。

「同じ考えでした」
「うん、まぁ、だろうな」

無礼過ぎてとてもできないが、膝から崩れ落ちたかった。今朝、連絡もなく突然この島にやってきた参謀総長に、練りに練った作戦を伝えにきたというのに一瞬にして業務終了。なんともやりきれない。そんなわたしの心などお構い無しに、彼は「それより」と話題を変えた。指がとんとんと机を打ち始める。あ、と思った。この人は苛ついている。

「昨日は怪我人が出たって」
「……そのようです」

とんとんとんとん。机を打つ音がだんだんと強くなる。反対の手に顎を乗せて、彼は上目でわたしを見た。大きな瞳がキュッと細められ、もともと正していた背筋がより伸びる。

「お前の部下が嘆いてた。言うこと聞かずの上官が無茶をするって」

思わず総長から目を逸らして、傍らに置いてある彼の帽子を見詰める。昨日は、冷静な状況判断よりも気持ちが上回ったとか、そういうわけではなかった。ただほんの少し自分が無茶をすれば、という思いでやった。それで全てが上手くいくと。部下の制止の声はちゃんと聞こえていた。

「目の下にくまができてる。寝不足なのは傷が疼いたからか?」
「……寝不足なのは見張りを担当していたからです」
「そう。それもお前の部下が嘆いてた」

相変わらずとんとんと机を打ちながら、彼がわたしの左腕をちらりと見る。服に隠れているそこには、ぐるぐると包帯が巻き付けられている。バレないようにと振る舞ったつもりだが、全く意味がなかったらしい。わたしは観念した。このまま机を打ち続けていたら、彼の指が机にめり込んでしまいそうだ。

「すみませんでした」

頭を下げると、彼はため息を吐いて、背もたれに身体を預ける。机を打っていた音がようやく止んで、わたしは顔を上げた。身体の力を少し抜く。この人は怒ると本当に怖い。

「それは部下に言ってやれ。半泣きだったぞ」
「はい」

ずっとそばで支えてくれている大切な部下だ。今回ばかりは少し無茶をしたと頭を冷やす為の夜の見張りであったが、今の話を聞くと完全に逆効果だったようだ。今朝、部下が青い顔をしてどこかに走って行ったと思ったら、ここへ来ていたらしい。

「猪突猛進は相変わらずだよな。行けると思ったらとことん行って、最大の成果を上げて帰ってくる」
「……」
「けど、その身体はいつもぼろぼろ。言うこと聞かずの部下泣かせ。手当ても勝手に自分で済ますから救護班泣かせ。成果は上げてるし、犠牲も少ないから怒るに怒れなくて、上官泣かせ」

背もたれから身体を離し、机に肘をついて彼は再び上目でわたしを見た。また背筋が伸びる。

「おれは泣かずにキレるけどな」
「本当にすみませんでした」

この人も大概いろんな人泣かせだけれど、言っていることは正論だし、なによりこの人はわたしみたいにぼろぼろになって帰ってこない。皆に叱られながら、けれどいつも涼しい顔をしてこの人は帰ってくるのだ。

「で、怪我の処置は」
「救護班に。すぐに行きました」

すぐにを強調して言うと、よろしいというように彼は頷いた。ようやく彼の瞳が和らいで、今度こそわたしは力を抜く。緊張がとけた途端傷が痛んできた気がして、思わずそこに手を添えた。それを見て総長は顔をしかめる。

「お前は今日は留守番な」
「…は、い」
「なんだその返事。心配しなくても大丈夫だ。このルートで行けばおれが暴れるまでもない」

曖昧なわたしの返事に総長は笑った。逆にこの人が出てしまえば、他の人員はいらないだろう。あちこち破壊して、地形が変わってしまうかもしれないけれど。

「作戦開始は一時間後。割り振りは任せるよ」
「了解です」

彼がくるくると地図を閉じる間、わたしは頭の中で人員を振り分けた。本来相手に押されているわけではなかった為、地形さえ攻略すれば、必ずいけるだろう。

「お前のかわりで一応おれも前には出とくよ。まぁ、日が暮れるまでには全部終わるだろ。良かったな今日はよく眠れるぞ」

言って彼は席を立った。帽子をゆっくりと頭に乗せ、丸めた地図を手に取り、それをポケットにしまう。ひとつひとつは何気ない動作なのに、彼がすると流れるように美しく、わたしの目を引く。

「ナマエ」

動作だけを目で追っていたから、彼が目の前に来ていたことになかなか反応できなかった。はい、と掠れた声で返事をする。一度気を抜いてしまえば、ただの寝不足の力のない声だ。

「留守番よろしく」

帽子のつばが当たりそうなくらい距離を詰めて、彼はわたしの目を見てゆっくりと言った。したり顔くらいすればいいのに、淡々と特に表情を変えずにそんなことをする。それで内心、わたしの反応を楽しんでいるのだから腹が立つ。近すぎる距離にまんまと赤くなっている自分にも。

「了解…」

颯爽と去る後ろ姿に呟いた。聞こえたかどうかは分からないけれど、足音から彼が上機嫌なのがなんとなく伝わってきた。
この作戦、基本"出たがり"な彼がもし抑えられなくて出てしまえば、日暮れよりもっと早く終わるだろう。今日はよく眠れそうだ、本当に。


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