Bailout

狙撃は問題なかった。事前の調べの通り、狙いやすい建物に陣取って、奴隷達の檻の鍵を撃ち抜いた。革命軍のメンバーも、怒り狂う貴族の一家や海軍から奴隷達を保護し、船へと誘導した。何もかも作戦通りに進んでいた。わたしも逃走途中、民間人をそれとなく安全な場所へと誘導しながら港へと向かっていた。親とはぐれた子どもを見つけたのは、その時だった。お母さんお母さんと必死に母を探すその少女は、わたしが広場から離れるよう促しても、動くことはなかった。なんとか母親を探しだし、その子と引き合わせたところで、被弾した。ライフルを持って動き回るなんて、狙撃手にあるまじき失態だと思った。けれど、その少女を見過ごすことも、あるまじき失態だと思った。どちらにしろ、少女は母親と合流して逃げ、わたしは右腕を負傷した。人を助けるというのは、難しい。燃えるような痛みを腕に感じながら、人助けを苦手だなんだと考えていた自分の浅はかさを知った。


雨粒が葉を滑って絶え間なく落ちてくる。雨は徐々に強くなっているようだった。身体が濡れてもなお、火照りがさめることはなく、発熱しているのかもしれないと思った。頭がやけに重たくて、動くのが億劫だ。街からここまで随分と歩いたうえ、森に入ってからはぬかるみと木の根に足をとられてかなり苦戦させられた。おまけにこの雨。体力は奪われていくばかりだ。迎えが近くまで来たら、おそらく連絡を入れてくれるだろうから、それまではこのまま待つことにして、曲げていた足を投げ出した。事前のカイトの話だと、迎えの部隊は別の任務で近くの島まで来ているらしい。ここにいつ来れるかはその任務の進捗次第になるそうだが、面識のある人達であってほしいと思う。初対面の相手にいきなりこの姿を見せるのは辛い。
ため息を吐いて、目を閉じる。油断をしていた訳ではないが、肩に力が入りすぎていたのかもしれない。それと経験の少なさ。人を撃ち抜くことよりも、人を助けることの方が、ずっとずっと難しい。
傍らに放っていたライフルを引き寄せ、しとどに濡れたそれを撫でる。被弾したのは、これが生まれて初めてだった。当たり前のことだが、撃たれると痛いのだ。泣きはしないが、少し泣きたくはなる。

ガサと音がした気がして、左手をホルスターに伸ばした。未だ細かく降る雨の音を縫って、かすかに葉を踏む音が耳に届いた。追っ手が森まで入ってきたか、はたまた別の何かか。足に力を入れて立ち上がると、ぐわんと頭が回った気がして、思わず下を向き再び木に身体を預ける。撃たれた右腕は一度止血したにも関わらず、いつの間にか血を滴らせていた。毒でも塗られていたのか、痺れたように力が入らない。

「ナマエ」

ガサと近くで音がして、顔を上げた。闇から現れ、わたしの名前を呼んだのは久しく会ってない人だった。

「総長…」

呆然と見詰めることしか出来なかった。何故ここにいるのだろうか。朦朧とした頭が追い付いていかない。珍しく帽子のない彼の髪はほんの少し濡れているようだった。それ以外は特に変わり無く、木の根がごちゃごちゃした地面に、悠然と立っている。呟いたきりぼうっとしているわたしの元へ、彼は近寄った。

「カイトから少し聞いてる。怪我は?」
「あ、右腕…」

言おうと右腕を示した時、羽織っただけだったシャツが、右肩から落ちる。その時ようやく、自分の格好に気が付いた。キャミソールに左肩だけシャツがかかっている状態を改めて自分で見て、咄嗟に後ずさるも、太い木の幹がそれを阻んだ。

「これは…」
「どく、かもしれません。血が、とまらなくて…」

見られていることに勝手に動揺するわたしを他所に、総長はひとつ頷いて、上着を脱いだ。これでもかと幹に背をつけているわたしの左肩に彼の手が乗る。木から離れるよう手で促され、彼の上着がかけられた。

「熱がある」

濡れた前髪を縫って、グローブを外した彼の手がわたしの額に触れる。触れてから、彼はわずかに眉をひそめた。スローモーションのように感じられる一連の動作を、わたしはどこか客観的に見ているような気分になった。彼の手は冷たい。否、わたしが熱いのだ。

「他に怪我は?」

離れていく彼の手を目で追っていると、彼はわたしと視線を合わせてそう聞いた。トレードマークである帽子をのせていない彼は、どこかいつもと雰囲気が違うなと思いながら、ゆるゆると首を振る。こんな態度、総長相手に無礼なのは百も承知だが、言葉を返す気力はほとんど残っていなかった。一人でいた今まで、随分と気を張っていたようだ。傷の痛みと発熱と彼が現れた安堵で、ズルズルとその場に座り込みそうになる。
けれど、それよりも早く腕が回り、抱き上げられた。構いません歩けますと言えるほど、自分の状態が分かっていない訳ではない。

「……ごめんなさい」

それでも、総長にそうさせていることに気が引けて、腕の中で頭を下げる。子どもが謝るような、そんな情けない声になってしまった。

「あぁ、大丈夫。ほら、これ」

そう彼は言った。言い聞かせるように優しく。足元に転がったままのライフルをわたしに持たせて歩き出す。足場が悪く暗い森の中を、総長は極力わたしを揺らさないようにしながら、するすると進んでいった。道中何度も転びかけたわたしとは大違いだ。来るときも今も、彼は明かりを持っていないから、こんな場所には慣れているのかもしれない。ぼうっとした頭でそんなことを考えていたら、波の音が耳に届いた。直に森を抜けそうだ。

「よく頑張ったよ」

やはり返事ができずに、わたしは腕の中で頷く。こちらを見ているらしい彼が、ほんの少し笑ったような気がした。
襲ってくる疲労と、包む腕の温かさ。それらに抗うことなく、わたしは瞳を閉じた。
ALICE+