Reinforce

長い夢を見ていた。何度も見たことがある夢だ。父がいて、母がいて、ふたりの兄がいて、わたしがいて、それぞれ皆が屈託なく笑っている、そんな夢。誰一人軍服を着ていなくて、武器も持っていなくて、柔らかな陽が差し込む部屋でただ笑っている。わたしが何か話そうと口を開いたところで、いつもその夢は終わるのだ。


「…カイト?」
「あぁ、ナマエさん!良かった。目が覚めたんですね」

目が覚めてすぐ、扉が開く音がしてそちらに顔を向けると、安堵の表情をみせたカイトが駆け寄ってきた。 眩しい室内に思わず目を細める。

「ここは、」
「今回のチームの船ですよ。解放した奴隷さん達は、先行部隊の方の船に乗ってもらってます。おれはこっちに移らせてもらいました」
「あぁ、任務、成功ですね。お疲れ様でした」

カイトの言葉をゆっくりと頭で理解していく。そこでふと、右腕に違和感を覚えて目を向けると、そこには真新しい包帯が巻かれていた。痛みはあまり感じないが、指先しか動かなかった。左手からは点滴の管が伸びている。

「わたし、どれくらい眠っていましたか」
「丸二日です。熱がなかなか下がらないうえに、毒のせいで血が止まらなくて…。薬が効いて良かったです、ほんと」
「そうですか…」

随分と迷惑をかけてしまったようだ。起き上がろうとすると、カイトが慌ててわたしを制止した。

「ちょっと、ちょっと。まだ寝ててくださいって」
「寝たまま謝る訳にはいきません」
「いいんですってば!それに、謝るならこちらの方です。海軍はともかく、貴族側があれほどの武器を備えていたのを見抜けなかったのは、先行部隊の落ち度ですので。ナマエさんを撃ったそれも、おそらく貴族の物です」
「勝手に撃たれたのは、わたしです」

カイトの目を見てはっきり告げると、彼は困ったように眉を寄せた。彼は妹によくこの表情をさせられている。

「じゃあ、お互い様ってことにさせてください。お願いですから、まだ安静に」

懇願するように言われ、起き上がりかけていた身体をしぶしぶ元に戻す。けれど、どうしても伝えておきたくて、わたしは寝たまま頭を下げた。

「お互い様だとしても、迷惑をかけました。ありがとうございました、本当に」
「おれは何も…。総長が、いろいろ」

言われてわたしは、あの雨の夜のことを一気に思い出した。二日も寝ていたせいか、頭の働きがあまりにも遅すぎて嫌になる。

「総長…。わたしは総長に助けて頂いたはずですよね」

迎えの船の主が彼だったのだから、そのまま彼の船に乗せられたはずなのだ。けれどここはわたしが乗るはずだったが、トラブルにより乗れなかった船。なのにここに乗っている。いったいどういうことなのか。

「総長の船には、総長とコアラさんと他数名しかいなくて。船医による専門的な治療が必要だったので、すぐ合流してナマエさんをこっちに移してもらったんです」
「そうでしたか…」

熱で朦朧としていたけれど、彼がわたしを抱いて運んでくれたことは、ちゃんと覚えている。久しぶりの再会がああだったことはなんとも情けないけれど、来てくれてどれだけ安堵したことか。革命軍に入ってから、ひとりになることがほとんどなかった分、助けを待っていたあの時間は、とても長く感じた。

「とりあえずナマエさんが起きたこと、皆に伝えてきますね。総長達にも連絡しておきます」
「はい。ありがとうございます」

カイトが出ていって行くのを目で見送った後、ふぅと大きなため息が漏れた。撃たれたのも、寝込んだのも、看病されたのも、生まれて初めてだ。加えて、迎えに来てもらったのも、上着を借りたのも、横抱きにされたのも生まれて初めて。それらが短期間に一気に起こったのだから、そのせいで熱が長引いたのではないかと疑ってしまう。濡れた前髪から覗く彼の瞳は、雨と森に覆われた薄闇の中、黒く艶めいて見えた。吸い込まれそうで見入ってしまったのは、あの時熱があったからだろうか。

「お礼言わないと…」

気づけば、そう呟いていた。独り言を言うなんて、自分にしてはとても珍しいことだと思った。




一緒に仕事するようになってから数ヶ月経つが、彼女が眠っているのを初めて見た。率先して深夜の見張りを行う彼女が、眠そうにしているのも見たことがなかった。いつも美しい姿勢で立っていて口調もやや事務的な為に、どこか機械のようだという人もいたが、自分はそうは思わなかった。彼女はほんの少し不器用に、けれどとても優しく笑うのだ。

「あ、コアラさん。カイトです。ナマエさん、無事に目を覚ましましたよ」
『ほんと?良かったぁ。心配したよ』

そのまま別任務に就いたと聞いたからどうだろうかと思ったけれど、応答してくれたコアラさんは、ほっとしたように通話口で息を吐いた。総長に運ばれて来たときのナマエさんは顔色が悪く震えており、腕の包帯は真っ赤に染まっていた。メンバー全員慌てていた中、総長は少し難しい顔をして彼女を見つめていた。彼女ほどではなかったが、総長も随分と雨に濡れていたように思う。

『サボくんにも伝えておくよ。けっこう焦ってたし』
「えぇ?そんなことないと思っていました」
『なんとなく、そんな感じだったよ。皆の前ではさすがに隠してたけどね』

長い付き合いのおふたりだからこそ、分かったのだろうか。自分の目には、ナマエさんをこちらに預けてから帰るまで、始終落ち着いているように見えたから、少し驚いた。

『カイト、ナマエが動き回らないように見張っててね。すぐに無茶しそうだから、彼女』
「了解です。では、また本部で」

苦笑いして通話を切る。コアラさんの言う通り、ナマエさんのことだ。見張りをやらしてくれとか言いかねない。
電伝虫を持って、甲板から中へと戻る。今回の任務地であったあの島の気候とはうってかわって、空は快晴だった。
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