Iron sight
鎖国的軍事国家であったわたしの故郷は、国の舵取りをも軍人が行っていた。王族は日陰に追いやられ、王国全土が軍人の支配下となっていた。金を納められない貧困者への凌辱、虐殺は日常的に行われ、悲鳴と銃声が飛び交い、見かねた海軍派遣の船もすぐさま沈められてしまう始末。
海賊ですら立ち寄らないこの島に、一隻大きな船が港へ着いたのは、よく晴れた日のことだった。何度砲弾を撃っても沈まぬその船に苛立ちを覚えた軍は、船が港へ着いたと同時に総攻撃を仕掛けた。住人への避難指示はなかった。
たちまち港は炎に染まったけれど、船が傷付くことはなかったし、船から降りてきた者達も傷を負うことなく、あっという間に軍隊を叩き潰した。時計塔に構え、発砲の機会を窺っていたわたしは、結局一発も撃つことなくライフルを降ろした。王国軍は広大なこの世界において、自らがいかに無知で無力だったのかを知ったのだ。
『あれが撃てますか?あの、大砲のところにいる…』
"電伝虫"というこのおかしな虫は、わたしの国には伝わっていなかった。便利なものだと思う。
「了解」
チャペルの鐘から身を出して、ライフルを構える。白い柱にブーツを引っ掛けながら、申し訳なく思う。わざわざチャペルを選んでこんな無粋な真似をしたくはなかったが、適切な場所がここしかなかった。指示されたターゲットを狙って、引き金を引く。激しい音とともに放たれた弾の行方は、この距離ならゴーグルで確認するまでもない。
『ヒット』
「少し動きます。二分後に逆側を撃ちますので」
『了解です』
建物の屋根から屋根へと飛びながら、フードを深く被り直した。目当ての病院の螺旋階段をのぼり、屋上へと辿り着いて、時計を確認する。宣言の二分までは残り二十秒。爆撃で歪んだらしい柵に足をかけて、先程より少し距離が離れた為、ゴーグルを装着してサイトを覗く。狙撃に怯えて大砲にやや身を隠しているが、ここからだと側頭部がノーガードだ。引き金を引く。躊躇いはない。そんな感情はずっと昔に捨ててしまった。
『そのまま港へ向かってください。引き上げるそうです』
「了解です」
『いやー、さすがですね。総長の言ってた通りです』
あのあと場所を変えてもう一発撃って、わたしの仕事は終了となった。全体的に押していたわけだから、わたしの働きがそれほど大きな結果に繋がったわけではない。それでも、お見事ですとわたしを褒めるこの通話相手の少年は、わたしを危険因子とは見なしていないのかもしれない。
"総長"というワードが耳について、わたしは思わず問うていた。
「参謀総長は…何と」
『"たぶんどんな状況でも撃ってくれるよ"とおっしゃってました』
「……そうですか」
信頼されているとは到底思えない。彼はわたしが銃を撃つのを見たこともないのだ。適当なことを、とため息を吐きながら通話を切った。当の本人は、この任務に参加すらしていないのだ。
恩義はあるけど、忠義はない。
ふと、彼の言葉を思い出す。忠義というものはよくわからない。わたしは王国軍にも絶対の忠誠を誓って入ったわけではなかった。親、兄弟、親戚一同全員が軍人だった為に、わたしもごく自然にそうなった。他の軍人のように憂さ晴らしに民間人に手を出すような真似はもちろんしなかったが、命令されたことは逆らわずにこなしていた。権力と強さのみに固執し、弱きを支配する国に、嫌気はさしていた。けれど、自分ひとりで何かを変えられるとも思っていなかった。
だからその支配を壊してくれた革命軍には、恩を感じている。わたしでは到底できないことを、彼らはいとも簡単にやってのけたのだ。人々は支配から逃れ、待ち望んだ平穏を手に入れた。そして軍の過激派の多くは島流しとなった。
恩義を感じたからわたしは、出港間際の革命軍に声をかけたのだ。連れていってほしいと。軍服を着て、ライフルと拳銃を持ったまま。支配していた側の人間がいったいどうしたのかと、彼らは戸惑っていたけれど、船には乗せてくれた。上の指示をあおぐ、と告げた表情はさすがに固かったけれど。
「お疲れ様」
「助かったよ」
船へ戻ると、数人がそう声をかけてくれた。お疲れ様でしたと返しながら、周りを窺うと、何人かはわたしを遠巻きに見ている。まずは一員であることを認識してもらわなければならない。仲間になりきれていないのでは、忠義以前の問題だ。
出港が迫り、ばたばたと皆が動き出す。生まれが鎖国国家であった為に、わたしは船というものに疎い。慣れるまでは勝手にあれこれ触るのはよしておこうと、端に寄る。海の青が目に入り、ふと小舟で王国から永久追放をうけた家族と親戚のことを思い出した。残虐な行為を日常的に繰り返していた彼らは、重罪人として真っ先に名が上がった。
革命軍に恩義は感じているし、彼らのように多くの人を救いたいとも思う。けれど、わたしが革命軍に入った本当の理由は、あの国でたったひとりになってしまったからだった。
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