Engage

彼女に関していえば、会うよりも先に資料が届いた。任務先から経つ間際、連れていってほしいとやってきた彼女のことを、部下達は慌てて調べた回ったらしい。
彼女の叔父は総帥。父親は中将。母親は拷問官。二人の兄はそれぞれ若くして大佐だ。そして妹である彼女は特例で単独行動の許可がおりている凄腕狙撃手(スナイパー)。

「どう思われますか」
「家族のやったことは酷いよな」
「はい。彼女を除く全員が島流しとなりました。彼女自身は全くそういったことに関与はしていませんが、家族の件で我々を恨んでいる可能性も」

無くはない。無くはないが、彼女が流される家族を涙ながらに見送ったとか、止めようと必死に抵抗したとかいう情報もない。彼女にとって家族がどういう存在だったのかは、この報告書数枚では推し測れない。

「んー、まぁ、いいと思うぞ」
「えー、そんな簡単に…」
「今ドラゴンさんもいねぇし。まぁなんかあったらおれがちゃんとするから」
「…了解です」

後日実際に会った彼女の見てすぐ思ったことは、姿勢がいいということだった。さすがは元軍人。背中と腰に銃を装備したまま、美しい角度で頭を下げた彼女は、あまり抑揚のない声でよろしくお願いしますとだけ言った。
そのまた後日、薄暗い通路で出会った彼女に聞いてみた。なぜ革命軍に入ったのかと。彼女は一瞬だけ瞳を揺らしたが、すぐに恩義があるからと返した。来たばかりで忠義がないのは当然だと思うし、ここでは別に無くても問題ないと思う。ここに来た者達は皆、様々な事情を抱えている。信じるものがそれぞれ違うのも当然のこと。ただ軍と家族と故郷を捨ててきた彼女が、いったい何と答えるのかが気になったから聞いてみた。革命軍も組織だ。何を信じるかは自由だが、組織に害をなす者を置いておくわけにはいかない。
けれど、彼女はそんなことはないだろうと思った。改めて向き合って気がついたが、復讐を企むには、彼女の瞳はどこか悲しげだった。


「おかえり」

以前彼女とすれ違ったところと同じ場所で待っていた。初任務を終えた彼女は、特に疲れた様子もなく、美しく歩いていた。ただ、ブーツとカーゴパンツはほんの少し砂で汚れている。

「……ただいま戻りました」

無表情だが返事までの微妙な間が、会いたくなかったと言っている。部下は彼女のことを機械のようだと言っていたが、こういうところでちゃんと人間味が出ていると思う。

「報告聞いたぞ。すごかったって」
「ありがとうございます」

ダークグリーンのケープのフードを取り去りながら、彼女は言った。任務の途中で揃えたのか、彼女にはいくつか装備が追加されている。
今回の任務の指揮隊長の話では、彼女は淡々と指示に従い、問題行動はなく、むしろ任務が円滑に進むよう動いてくれていたそうだ。革命軍の一員として仕事を任せて良いだろうと。それを聞いて安心した。一応、彼女の組織入りを許可したのは自分だから、恐ろしい結果にならなくて良かったと思う。実際、彼女はおれより強くはないけれど、もし本気で向かってきたのなら、それなりに骨が折れそうだから。

「あの、もうよろしいでしょうか」

いい加減居心地が悪いのか、彼女はケープの裾をわずかに指先でもてあそびながらそう言った。この間絡んだせいで、随分と嫌われたかと思ったけれど、続く彼女の言葉を聞いて、あぁと納得した。

「降りる前に少し、船に酔って」

言いたくはなかったのか、ため息のようにそうこぼした。無表情だから全く気がつかなかったが、慣れない船は彼女にとって人を撃つよりも酷らしい。

「あぁ、ごめん。ゆっくり休んで」
「失礼します」

確かによくよく見れば顔色が悪い、のだろうか。鉄面皮すぎて体調の変化にも気づいてもらえないとは、なかなか生きにくそうだ。
体調が悪いながらも完璧な礼をとって、彼女は歩いて行った。その後ろ姿を見て、やはり彼女は姿勢がいいと思った。




まさか彼がいるとは思わなかった。彼はわたしを労う為だけに、あそこで待っていたのだろうか。奇妙な人だ。砂で汚れたブーツを見ながら考える。この革命軍のNo.2である彼は、隙のなさこそ感じるが、驕りも威圧も感じられない。総長総長と皆親しげに彼を呼ぶ。同じ軍でも、わたしがかつていた場所とはこうも違うのだ。
上の服だけをとりあえず着替えてベッドに座る。頭の中がぐわんぐわんと、回っているような気がして、思わず手をやった。船酔いをおこしたのが任務前でなくて本当に良かった。この状態で撃つのはそれなりに辛い。真下の海をずっと眺めていたから、本部に到着して顔を上げた瞬間、ぐわりときた。次からは遠くを眺めるようにしなければならない。
ブーツの砂を払う。ここにも、世界にも、わたしの知らないことはまだまだたくさんあるのだ。
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