Overshoot

何度やっても慣れないことのひとつに"人助け"が挙げられる。育ってきた環境があれなのだから、もうこれは仕方がないと自分の中で諦めた。ありがとうと泣かれても、一生忘れませんと頭を下げられても、曖昧に頷くことしかできない。もうそれでいいことにした。愛想は悪くとも、せめて恐怖は与えないようにと下手くそな笑顔で接する自分を、皆にはあまり見られたくはない。けれど、恐らく、そういうことが苦手なのは知られている。「動きがあまりにもぎこちないです」とカイトはたびたびわたしを笑う。
まさか自分が人助けをするようになるとは思わなかった。支配の中に立ち続けてきた自分が、自由を求め与える為にこの海を旅することになるなんて。


「檻の鍵を撃つ、ということですか?」
「そう。ナマエならできるって、コアラさんと総長とカイトとアスカが言うから」
「はぁ、まぁ、大丈夫だと」

今回の任務のメンバー達との作戦会議中、いろいろな名前が挙げられて、思わず苦笑いする。信頼と捉えていいのだろうが、彼らはわたしの知らないところで、いささかわたしの話をし過ぎじゃないだろうか。

「建物の配置と地形は、着いてから確認しよう。カイト達が先行してるから、合流してね」
「了解です」

今回の任務は、端的に言えば"奴隷の解放"。わたしの一番の仕事は、屋外にある奴隷達の檻の鍵を狙撃することだ。とある貴族の一家が、住民への見世物として街の広場に檻を設置。人間屋(ヒューマンショップ)を通じたオークションで購入した奴隷達を、そこに閉じ込めているらしい。オークションに詰めていた革命軍からの情報で、今回の任務が決定された。現場は民間人が入り交じり、貴族に買収された海軍が一部確認されている為、迅速かつ戦闘は最小限に留めること。解放した奴隷達を、民間人に紛れた革命軍が港へ速やかに誘導すること。このふたつが最重要事項となる。わたしの発砲が全ての引き金だ。

「逃走パターン、いくつかカイトに伝えてあげてね」
「はい」

地図を受け取りながら頷く。先行部隊として既に現地入りしている彼は、今回もわたしの補助として動いてくれるようだ。いつにも増して精密さが求められる為、やり慣れている彼とならば安心できる。
作戦会議が終わり甲板へ出ると、先程まで顔を出していた太陽が、薄い雲にすっぽりと覆われてしまっていた。いつの間にか満ちてきた湿気に、眉をひそめる。これから向かう現地は雨季なのだ。銃器を扱う為、細心の注意が必要になる。特にわたしの銃は、初めて軍人になった時に支給された古い物のままだから、少々のことですぐに機嫌を損ねてしまう。作戦が終わるまで、降らなければいいが。




今まで軍人として生きてきた中で、油断したと思ったことは一度もなかった。この海では、一瞬の油断でいとも容易く命を落としてしまう。刹那を操る狙撃手という立場であろうとなかろうと、気を抜くことは死に直結する。よく理解していた。


「カイト、わたしです」
『あぁ、ナマエさん!良かった。今どこですか?何がありました?』

待ちわびたかのように、コールの後すぐに出たカイトは、すぐに冷静な声になってそう言った。カイト達が既に船を出しているとしたら、きっとすぐに子電伝虫の念波圏内から出てしまう。その前に必要事項を伝えておかねばならない。

「今は街の北側の森です。逃走途中に負傷したので、相手を撒く為にここに。妨害念波に引っ掛かったようで、今まで通信不能でした。勝手ながらパターンBに移行させて頂きました」

早口で告げると、カイトはすぐに何かを言おうと息を吸った。けれど、それは深呼吸という形でこちらに届いた。思わず口元が緩んでしまう。本当に、落ち着いた子だ。

『分かりました。こちらもパターンBに移っていたところです。このまま打ち合わせ通り、奴隷達を連れて本部に戻ります。ナマエさんの迎えは他の部隊に』
「了解」
『…お気をつけて』

カイトが言い終わると同時にブツッと通話が切れる。彼らの船が念波の圏内を出たのだ。間に合って良かった。最後のカイトの声は絞り出すようだった。いろいろと言いたかったことを、飲み込んでくれたのだろう。本当に申し訳なくなる。
子電伝虫をポケットにしまって、太くしっかりとした木に身体を預けた。細い雨が降っている。背のライフルは、ここに来るまでに随分と濡れてしまった。もしかしたら、もう使えないかもしれない。
ウエストポーチを左手でかき回す。被弾したのは右腕だった。弾は貫通している。ライフルを降ろし、ケープとシャツを脱いで、とりあえず止血をした。両利きの訓練はしてきたけれど、片方が全く使い物にならないと何をするにも難しい。脱いだシャツを適当に羽織って、大木を見上げる。ポタポタと葉や枝から落ちる水滴が顔を濡らした。鬱蒼とした森、天候は雨、時刻はおそらく日暮れで、辺りは暗闇に包まれている。事前の調べでは、この森を抜けた先に、船をつけられる場所があるはずだ。コンパスだけを頼りにひたすら進んできたが、おそらくもう半分以上は来ていると思う。

とても静かな空間だ。しとしとと雨が降っている。それ以外は、何も聞こえない。
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