Way point
"飽きた"という言葉は当てはまらないと思う。気のむらでわざわざ自分とは無関係の場所に足を運ぶほど、彼は暇ではないはずだ。となるとつまり"飽きた"のではなく"終えた"のだ。彼は、わたしに対する自分の役割を終え、それまでの日常へと戻ったのだ。
わたしに、革命軍に入る許可を出したのは彼だ。許可を出した人間として、曰く付きの新人を観察しておく必要があると考えてのことだったのだろう。「おかえり」と「ただいま戻りました」のやり取りの中、彼はいろいろなことを見ていたのかもしれない。何にせよ、そのやり取りが無くなったということは、合格を貰えたということでいいのだろう。ナマエは革命軍の一員であると、彼は判断してくれたのだ。有難いことだ。どんなに話せる相手が増えても、上に立つ人達にいつまでも認識して貰えないというのは、多少なりとも堪える。そういう小さな歪みがやがては大きな歪みとなって、組織に不利益をもたらす可能性も捨てきれない。
「うわぁ!」
動き回るアスカの襟元を掴んで、思い切り投げ飛ばす。彼女は驚いたように声を上げたが、宙で上手く立て直して地面トンと片足をついた。が、勢い余ったのかそのまま一歩二歩と下がり、尻餅をつく。
「いたたた…。もー、止まらなかった」
「完璧に着地されたら自信無くしますよ、わたし」
「いやいやいや!」
砂を払いつつ、打ち付けた箇所をさするアスカは、わたしの言葉を聞いてすごい勢いで詰め寄ってきた。
「ナマエさん動けすぎ。あたし、先生なのにカッコ悪いよ!」
「戦績、五分五分じゃないですか」
「教える側なのに、五分なんて…」
彼女は頭を抱えるが、それを言うならこちらだって、一回り程年下の女の子に何度も何度も転がされているのだ。地面に大の字になって空を仰ぎ見るのはもう慣れてしまったが、背中や頭についた砂が若干恥ずかしい。バルティゴの乾いた砂は、きっと髪の毛に入り込んでしまっている。幼少期ですらこんなになったことはない。
「ちょっと休憩しよ、ナマエさん」
言うが早いがアスカは手近な石に腰かける。今日はあたしが先生する!と意気揚々とわたしの部屋に乗り込んできてから今まで、休みなしで闘いに没頭していた。息が上がるほどではないにしろ、さすがに少し疲れ始めていた為、地面に座る。太陽はいつの間にか高く昇っている。直に昼だ。
「アスカはすぐにでも前線へ出られそうですね」
「ほんと?」
靴に入った砂を出していたアスカは、嬉しそうにこちらを見た。組み手の最中は別人かと思うほど大人びて見えるが、今の顔はもう年相応なものだ。手に持つ靴の小ささに、少し笑ってしまう。
「はい。ただ、まぁ少し、」
「猪突猛進すぎ?」
「そのような感じが。誰かに言われましたか?」
「お兄ちゃんとハックさん」
さすがは彼女の先生達だ。けれどまぁ、ここにいる者達は皆、実年齢より落ち着き過ぎているような気もする。アスカは普通なのだ。カイトなんて、佇まいがもう十代には見えない。その裏にはきっと、数々の経験があるのだろうけれど。
「ナマエさんだって、即戦力で入ったんでしょ。総長も褒めてたって聞いたよ」
「軍人でしたからね」
革命軍に入ってからの日々はあっという間で、時々自分が今までどこで何をしていたか忘れそうになる。流れた家族のことも、国のことも。思い起こすのはいつも、銃に触れている時だ。わたしは今までのことを忘れない為に、銃を撃つのかもしれない。
「ねぇねぇ、ナマエさん」
石から降りて、アスカはわたしの向かい側に座り込んだ。好奇心がこれでもかと漏れまくっているその表情に、なんとなく嫌な予感がした。
「恋人っている?もしくはいた?」
「いません。一度も。全く」
姿勢を正して、あえて見据えるようにきっぱり言い放つと、アスカはむうと唇を引き結んだ。いないものはいないのだから、仕方がない。
「どうしてですか?急に」
「だって国の軍人さんって男の人多そうだから。ハーレムかなって」
「ハーレム…」
どこでそんな言葉を覚えてくるんだと思った。この年頃の少女のパワーは、いろいろと凄まじい。
「実際は政略結婚ばかりですよ」
「えー、そうなの?」
「はい。もう幼い頃から決められてしまうんです」
「ナマエさん大丈夫だったの?」
わたしにも相手がいたが、軍の内部抗争に巻き込まれて死んだのだ。会話をしたことはなかった。それ以降、特に婚姻の話は持ち上がらなかった。わたしの両親はあまり娘の結婚には興味がなかったように思えた。
「無理やり結婚させられるようなことは、ありませんでしたね」
不幸中の幸いだったように思う。嫁いだ先で酷い扱いを受けたという話も、少なくはなかったから。
「むしろ、わたしはこんなですから、誰も寄り付いてきませんでした」
基本的に弱いものを虐げるのが大好きな彼らは、常に銃を携帯しているような女を相手にはしなかった。どちらかというと、恐れられていた気さえする。あの一家には近づくなと、あちらこちらで噂されていたからだ。
「軍人さんってそんな感じなんだー」
面白くなさそうにアスカは足を投げ出した。履いていた靴は脱ぎ捨てられて、いつの間にか裸足になっている。このまま裸足でやるつもりだろうか。
「ここの人はいいですね。差別なく、ひとりひとりを見ています」
集団や組織じゃなくて、個人をしっかりと見詰めている。誰に対してもそれは同じだ。
「いいでしょ、ここ」
白い歯を見せてアスカは笑った。こちらもつられてしまうような、いい笑顔だ。
「はい、とても」
わたしがここに慣れるまで、おかえりと見守ってくれていた人がいる。そんな彼が総長なのだ。本当に、いい場所だと思う。
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