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報告その二。貴女の家族についてです。まず母親。以前からの目測どおり、拾われた富豪の屋敷にて使用人をしているようです。他の多くの使用人と同じように、住み込みで働いているとのこと。
父親は屋敷の主人の用心棒として雇われているようです。屋敷の主人と共に街を歩いているところを、私自身が目撃していますので間違いないかと。奴隷のように扱われているわけではなく、あくまで"用心棒"というような印象を受けました。
最後にふたりの兄について。屋敷の主人所有の商船にて荷運びを行っている模様。このふたりも私が直接見て確かめたので、間違いありません。彼らも両親とともに屋敷で暮らしているようです。
以上。貴女の家族のついて得られたことを報告致しました。


全て読み終えてから、椅子に深くもたれかかる。この報告書は、以前わたしにネックレスを手渡してくれた彼女からのものだった。現在長期の任務へ出ている彼女のかわりに、彼女の部下がこれを手渡してくれた。
報告書その一とともに封筒へまとめようとして、ふと向かいの席に人がいることに気がついた。

「任務の合間にこんなことするなんて、あいつさすがだな」

机に置いていたはずの報告書その一に目を通しながら、感心したように呟く彼は、わたしがこの資料室の机についた時は確かに居なかった。

「…総長、いつからこちらに?」
「10分くらい前かな」

気配を完全に絶つ彼がすごいのはもちろんだが、向かいに座られても気がつかない自分に悲しくなった。報告書をこちらへ渡してくれる総長に、わたしは自分が持っていた二枚目を見せる。

「読みますか?」
「いや、いいよ。ナマエの顔見たら分かるし。なんかいいこと書いてあったんだろ?」
「そんなに分かりやすいでしょうか、わたし」
「まぁ、前よりはな」

良いことが書いてあったのは事実だし、それが嬉しかったのも事実だが、他人に見られていたとはなんとも恥ずかしい。彼がこちらへ返してくれた報告書その一には、故郷の現在の様子が細かく書かれていた。かつて軍によって追いやられていた王族がおもてに出るようになって、民と協力し合って国造りを行っているらしい。鎖国を完全撤廃し、開かれた国として新たな一歩を踏み出したようだ。

「そういえば、最初に彼女にわたしの家族のことを調べるように言ってくださったのは、総長だとか」
「ん?あぁ。それとなくな。まさかあんなに熱心に調べてくれるとは思ってなかった」

この報告書を手渡してくれた彼女の部下が教えてくれた。始めは総長の指示だったけれど、徐々に彼女はわたしの為にと率先して動いてくれていたのだと。

「本当に、ありがとうございました」
「やり過ぎたと思って、内緒にしてたんだけどな。ほとんどは現地で彼女が調べてくれたし」

ゆるゆると総長は首を振った。もちろん彼女にも、今度会ったらお礼を言っておかなければならない。彼女が教えてくれなければ、わたしは両親のことも故郷のことも何も知らないままだった。

「で、次はどこ行くんだ?」

報告書の下に広げていた地図を覗き込むように、総長がこちらへ身体を乗り出してきた。それとなく姿勢を正すふりをしてほんの少しだけ彼から距離を取りながら、心の中で深呼吸をする。報告書を横にやって、わたしは地図に指を走らせた。

「南へ向かいます。もう何年も内戦が続いている国で、この度応援を頼まれました」

つい最近、カイトとわたしと他数名でカイト班というサポート専門のチームが誕生した。反乱軍の一員として各地へ参戦することが主な任務なのは、これまでとさほど変わらないが、とても喜ばしいことだった。班長に抜擢されたカイトはかなり焦っていたが、その場に集まった誰からも異論はなかった。たとえまだ若くとも冷静に物事を判断することができる彼には、皆一目置いているからだ。

「正式に班になってからは初めてか。…そういえばあの辺り、確か感染症が流行ってるって」
「はい。一部の地域で感染が拡大しているようです。革命軍の方へきているとは、聞いていませんが」

致死率は低いが高熱が長く続くらしい。飛沫感染で、症状が出るのは若い女性と子どもだけという、ひどく限定的な病だと新聞に書かれていた。

「まぁなんにせよ、気を付けてな」
「了解です」

座り直した総長は、わたしの返事を聞いて少し考えた後、うーんと首を捻った。珍しい仕草にどうかしましたかと問う前に、彼は腕を組んでこちらを見つめる。今まで何度も見てきた、ひとりの上官としての目だと思った。

「ナマエはあれだ。さらっと返事しといて無理する属性だからな」
「属…性」
「そう。賢いから無茶はしないけど、いけそうだと思ったら無理はする」

どう反応していいか分からず、地図に目を落としていると、向かいから小さく笑う声が耳に届く。顔を上げると、彼はとても楽しそうにわたしを見ていた。

「また難しい顔してる」

また、と言われてそういえばいつかもそう指摘されたことがあったなと思った。先程の彼の言葉の意味は理解できるけれど、それに対する答えが浮かばない。彼は今、わたしを心配してくれているというのに。

「そこも雨降るな、多分」

ゆっくり席を立った総長は、最後に地図に目を落としてから苦笑いして部屋を出た。目で見送った後、思わずため息を吐く。結局なんとも言えなかったわたしは、資料室に誰もいないのを確認して机に突っ伏した。今のわたしにとって総長との会話は、戦場の最前線並みに神経を削られる。片手で転がっていたペンを握り込みながら、目を閉じた。
彼が言ったように、次の任務地もきっと雨が降る。


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