Co-Operation



水気をたっぷりと含んだ衣服が身体にまとわりつく感触がそろそろ不快に思う頃、ウエストポーチの中で電伝虫がぷるぷると震えた。

「はい」
『ナマエさん、そろそろ戻りましょう。雨が強くなってきましたし、あまり作戦本部から離れるのも危ないので』
「…そうですね」

この密林の中にある集落の住民を避難誘導していたところ、敵の襲撃をうけた。怪我人は出なかったけれど、ふたりの子ども達とはぐれてしまい、今はカイト班の全員で捜索をしているところだ。が、既に日も暮れ、夕方から降っていた小雨が本降りになってからしばらくたった。子ども達を見つけてやりたいのは勿論だが、やはり一度戻ってから指揮隊長の判断をあおぐべきだとカイトは考えたのだろう。この密林は敵地とこちらの陣地とのはざまだ。何が起こってもおかしくない場所に、これ以上少数でいるのは危険だ。

「引き返します」
『気を付けてくださいね』
「はい。カイトも」

はぐれた子ども達は、まだ五歳くらいの固く手を繋ぎ合った姉妹だった。先に避難した彼女らの母親の憔悴しきった姿が頭に浮かんで、心が痛む。この密林に加えて体力を奪う雨は大人でもきつい。かつてわたしが経験した、あの深い森での状況によく似ているなと、もと来た道をたどりながら思った。

「かくめいぐんの、おねえちゃん?」

しだれた巨大な蔦の葉をよけた時、か細い声が近くで聞こえた。はっとして辺りを見回すと、ふたりの少女が大木の根にうずくまるように座っているのが目にとまり、急いでそちらへ向かった。

「良かった…。無事だったのですね」

ほっとして息を吐く。ふたりともずぶ濡れではあったが、怪我はなさそうだった。カイトに連絡しようと電伝虫を取り出そうとしたところで、ふたりのうちの姉の方がわたしの手首を掴んだ。

「あのね、おねえちゃん」
「はい。どうしました?」
「あついの、すごく」

彼女は妹をしめしてそう言った。違和感を感じて、妹の方の手をとる。うつむいていた彼女は、こほこほと小さく咳をした。風邪だろうかと思ったが握った手はあまりにも熱く、小さな身体はガタガタと震えており、呼吸はごく浅い。どうにも普通ではないと思った瞬間、しばらく前に読んだ新聞記事が頭をよぎり、わたしは今度こそ電伝虫をポーチから引っ張り出した。

「カイト、子ども達を見つけました。…けれど、そのうちのひとりに感染症の可能性があります」

症状が出るのは子どもと若い女性。姉の方を背負い、妹の方を抱き上げてから、暗い密林を一心に進んだ。



「ナマエは一応この部屋で」
「はい」
「あの子のお姉ちゃんも、集落の住民達も何人か発症し始めているようだ」
「やはりそうですか…。ドクター、わたしは大丈夫なのでそちらへ行ってあげてください」

通されたのは作戦本部にほど近い病院の一室だった。都市と密林とがあまりにも近すぎるのがこの島の特徴であり、紛争が始まってからも機能していたこの病院は決して大きくはないが、ひととおりの設備は整っている。

「服の替えはここに用意してある。あっちが終わったら必ず来るよ。すまないね」
「はい。ありがとうございます」

初老のこのドクターとは、わたしが革命軍に入ってすぐの任務から一緒だった。かつて毒にやられたあの時も、この人に治療してもらっている。
ドクターを見送り、恐らく班の誰かが用意してくれたであろう衣服を手に取る。しぼれるほど濡れた服はいい加減気持ちが悪く、感染症にかからずとも発熱を起こしてしまいそうだと思った。
潜伏期間は一日から二日。あの少女と接したわたしは恐らく感染しているから、きっと近いうちに症状が出る。しばらく戦線から離脱しなければならないことが悔しくて、窓の外を見ながら拳を握る。闇の中に細い筋見え、まだ雨が降っているのだと思った。




「ええ?それってもう絶対何も教えてくれないっこと?」
「まぁ、そうなるな…」

サボに言われた冷徹なひとことをアスカに説明すると、彼女はがっくりと項垂れて深く深くため息を吐いた。そのしぐさに何だか胸をえぐられたような気がして、思わずそこに手をやる。大声で罵られるよりもこの方がよほど堪えると思った。

「…ハックさんから見てさぁ」
「あぁ」
「ふたりってさぁどうだと思う?」

応急措置の方法を記したノートのページのすみに、熊か犬か猫かわからないイラストを書きながら、アスカはもったりもったりとそう言った。顎を机につけて、浅く椅子に腰かける彼女の姿勢は最悪である。師匠であるナマエの姿を少しは見習ってもらいたいと思った。

「私はナマエのことは分からんが、少なくともサボは彼女のことをかなり気にかけている」
「…やっぱり?」

こちらへ顔を上げたアスカの目が光る。どうやら猫だと思われるイラストは、フォルムは愛らしいのに顔がとにかく憎らしかった。

「あぁ。大事に思っているのは確かだろう」

ただそれは男女のそれではない、と思う。ひとりの部下としてだ。けれど、それはサボにしてはとても珍しい気のかけ方なのだ。優しい男ではあるが、誰かれ構わずというわけではない。最初は恐らく、彼女を革命軍に入れた責任として、彼女を気にかけていたのだと思う。けれど、ある時から距離を置いた。自分で何か思うことがあったのかもしれない。にもかかわらず彼女の負傷の際は誰よりも先に森の中から救い出し、結局そのまま彼女の家族のことも明らかにし、今はまたかつてのように会話を続けている。

「絶対いろいろこじらせてるんだよ、あの人達」

憎らしい顔の猫の手に魚を書き足しながら、アスカは呆れたようにそう言った。言う通りだと思う。少なくともサボはそうだ。何でも器用にこなせるくせに、頭の中に複雑な迷宮を持っている。あの男だけの迷宮だ。ひとりの部下としてへの気遣いが、違う感情に変わることだってあるし、あっていいのだ。けれど絶対言わねぇと籠ってしまえば、きっと何をどうしたって出てこない。

「酔った勢いで告白とかしてみたらいいのに」

戦地へと出ていったナマエを思ってか、アスカは窓の外を見ながら呟いた。彼女はそんなことしないだろうと思ったが、ふたりの関係が変化するとしたら恐らくそんな予想外な爆弾が投げ込まれる時だと思う。


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