Stand by



戦況が革命軍側の有利に傾いたのは、密林での戦いの影響が大きかった。元々は広大な砂漠地帯を支配していた夜盗集団である敵方は、密林での戦闘に圧倒的に慣れていなかった。カイト班は他の部隊共々、本部には帰らず密林の奥へ奥へと進んでいるらしく、たまにこちらへ入る電伝虫からの通信を待つばかりだった。
わたしが発熱してから現在三日が経過した。初日と二日目はかなりの高熱にうなされていたが、今は熱と、それにともなう頭痛と多少の咳があるくらいで、臥して動けないほどの状態ではなかった。感染した集落の者達も、徐々に症状が安定してきているらしい。
外は今日は晴れているようだった。都市と密林と砂漠地帯という、三つの地域に別れているこの島の気候はいまいち安定しない。今は晴れていても、ほんの一時間後には豪雨になっている可能性もある。刻一刻と移り変わる様はまるで海の上のようだ。わたしがかつて暮らした故郷が、いかに安定的な気候を保っていたかを知る。

「ナマエ、入るぞ」
「どうぞ」

ノックの後に入ってきたドクターの腕には、電伝虫が抱えられていた。わたし達が普段の作戦で使う子電伝虫とは違う、大きなタイプの方だ。恐らく作戦本部に置いてあったであろうそれを、ドクターはわたしに差し出した。

「話せるなら、直接声を聞かせてあげなさい。とても心配しているようだ」

受話器が上がったままのそれは、どうやら既に誰かに繋がっているようだが、心当たりがなく首をひねる。カイト達との通話なら子電伝虫の念派範囲内だから、この電伝虫は必要ない。

「じゃあ、また来るよ」

どなたですかと問う前に、ドクターは電伝虫をベッドの脇の机にそっと下ろして、部屋を出ていってしまった。よくわからないままとりあえず机へと身体を寄せて、受話器を手に取る。

「もしもし」
『良かった。起きてたんだな』

裸足でついた床がひどく冷たかったのと、思いもよらなかった人の声、双方に驚いてびくりと身体をはね上げた。危うく取り落としそうになった受話器に、もう片方の手を添える。不意打ちのできごとに鼓動がはやまって仕方ない。

『話せるか?』
「あ、はい。昨日よりは、熱が…下がってはいる、ので」

何度も聞いたこの声を間違えるはずはなく、通話の相手は参謀総長その人だった。改めて机の電伝虫の表情に目を向けると確かに面影がある。けれど見続けることは躊躇われて、やや姿勢をずらして机に立て掛けてあるライフルを見ながら返事をする。何がどうなってこうして彼と話すことになったのか、いまひとつ頭がついていかない。

『カイトからひととおりのことは聞いたよ』
「……情けない限りです」
『ちゃんと子どもふたり助けて帰ってきたんだろ。集落の住民も、すぐに治療ができたわけだしな』

諭すような彼の声音は柔らかく、わたしは何も返すことができずに、浮かしたままのつま先を見つめた。確かに彼の言う通りではあるが、わたしは応援部隊としてここに来たのだ。ベッドの上でひとり勝報を待つだけの今の状況はとても情けなく、孤独だった。

『…ちゃんと直してから戻れよ?』

何も返さないわたしに何かを感じ取ったのか、彼はゆっくりとそう言った。こちらへと笑みを浮かべる彼の表情が見えた気がして、気持ちを落ち着かせる為にライフルに手を伸ばす。冷たい感触に目を閉じながら、彼に返す言葉を探した。

「……はい、了解です」

結局いつも通りの返事しかできずそう呟くと、受話器の向こうで苦笑する声が聞こえた。

『嫌そうだな』
「そんなことは…ありません」
『無理しないことだ。良い機会だと思って、しっかり休んで』
「はい…」

ナマエは無理する属性、と彼が言っていたのを思い出しておとなしく返事をする。彼はわたしのことを本当によく分かっている。

『じゃあ、また』
「はい。……総長」

ん?という総長の声を聞いてから、自分が思わず呼び止めてしまったことに気がついた。いつかのように熱に浮かされるほど衰弱してはいないつもりだが、今のは完全に無意識だった。

「いえ、すみません。何でもありません」

早口でそう言うと、くすくすと笑われた。あくまで今は任務中なのだ。こんなふわふわとした気持ちでいるなど、戦士に非ずだ。

『気になるなぁ』
「…戻ったらお話致します」

追及を避けたいが為に、本当に話があるのか無いのか自分でも分からないまま、後に回した。この任務から戻る頃にはきっと彼も忘れている。忘れていてほしい。

『分かった。じゃあ、しっかり寝るんだぞ』
「はい。わざわざありがとうございました」

ぶつりと通信が切れて電伝虫が眠る。受話器を持っていない方の手で、いつの間にか握り締めるように持っていたライフルを、机に立て掛け直した。総長との通話を始めてからは全く感じなかった頭痛がじわじわと戻ってきて、ベッドに倒れ込んだ。天井が回るような感覚を断ち切りたくて掌で目を覆う。

以前アスカが貸してくれた本に、女性が寝室でひとり思い悩むシーンがあった。その女性は自分と想い人とを取り巻く様々な事柄にひとしきり悩んだ後、その想い人のところへ会いに行ったのだ。そこで彼女は想いを伝えた。


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