「ねぇナマエさん、やっぱり休んでれば?隈すごいよ」
アスカは心配そうな顔でそう言った。わたしが留守にしている間に、若干の手入れ不足となっているアスカのライフルをバラしながら首を振る。
「いえ、平気です。…というより、部屋にいても眠れなくて」
任務から戻った昨夜は異様に目が冴えて、何度も寝返りをうつうちいつの間にか夜が明けていた。たぶん眠ったのは一時間か二時間くらいだ。船酔いはさすがに治っているが、寝不足で気持ちが悪い。
「足も怪我したんでしょ?大丈夫?」
「はい。薬は貰いました。歩くのには支障ありません」
「んー、ならいいんだけど」
今朝よろよろと医務室に向かったら、足よりもむしろ体調の方を心配された。わたしの見た目は今、相当酷いらしい。借りていた本を持ってアスカに会いに行った時も、彼女はぎょっとしてわたしを見ていた。失礼ながら、「訓練なんていいから休んでよ!」なんて彼女の口から聞けるとは思ってなかった。
結局、久しぶりだというのに組み手も射撃もせずに、こうしてアスカの銃の手入れをしている。ひとりでいるより気が紛れてずっといい。今のわたしは気を紛らわせたいのだ。とにかく。
「あ、ナマエさん。本どうだった?」
「面白かったです。すぐに読み終わりました。とても良い作品だと思いました」
「参考になった?」
努めて淡々と感想を述べると、アスカは机に身を乗り出しながら尋ねてくる。彼女の服にサビが付かないように、バラした銃の部品を手前に寄せた。
「……なっていません」
何のことですかとシラを切ろうとして、やめた。この子はきっとわたしよりもわたしのことを分かっている。無駄なことをするべきではない。
「やっぱだめ?」
「小説は…小説ですからね」
言いながら、自分はそう思いたいだけなのかもしれないと思った。物語の上でも現実の世界でも、何らかの結果を得るために努力するのは同じなのだ。
「そっかぁ。なんか悩ませてごめんなさい」
乗り出した身体をゆるゆると引っ込ませながら、アスカはため息を吐いた。そんな彼女にわたしは首を振る。
「いいえ。アスカが謝る必要はありません。全て自己責任です。自分自身の事柄ですから」
「…そんな背負い込んで考えなくてもいいと思うよ」
「背負い込んでいませんよ」
「そんなことなーーい」
ごんごんと古い机に頭を打ち付けているアスカに苦笑いする。彼女の銃の部品がカタカタと小さく揺れた。
気分がすぐれない為に持ってきていたミネラルウォーターのキャップを開けていると、アスカが突然ばっと顔を上げる。
「あんまり!」
「え、な、なんですか」
急に声を張り上げるアスカに驚いて彼女を見る。飲み始める前で良かったと思った。
「あんまり難しく考えないほうがいいと思う!アスカは!」
机に手をついてアスカはそう訴えた。彼女が自分のことを"あたし"ではなく"アスカ"と言ったのが、これがなによりも彼女の本音だという証拠のように思えた。
「…そうですね」
ミネラルウォーターを口に含む。持ち出してから随分と時間のたったそれは、すっかりぬるくなってしまっていた。

「最近、何か変わったことはあるか?」
一度きりで終わらせるつもりだったこの男への探りを、再び行うことになったのには理由がある。
「一部の地域で感染症が流行っているみたいだ。革命軍が行動してる紛争地域にほど近い。まぁ、致死率は低いらしいけどな」
彼女に、お願いだから続けてくれと、いよいよ泣き付かれたのだ。いい歳して少女に懇願されて、成人過ぎの男の恋愛事情を探ることになるとは思わかなかった。
「あー、いや、お前の近況だ。どうだ?最近」
作戦会議の小休止の合間、切り出してはみたがサボは地図に目を向けたままそう言った。小休止を言い出したのはサボ本人だというのに、彼はちっとも休むそぶりを見せない。そのうえ革命軍の近況を説明し始めてたから、改めてもう一度問い直す。
「おれの?」
「そうお前のだ」
「ほとんど一緒に行動してるだろ」
「それは、まぁ、確かにそうなんだが」
正論すぎる正論に言い淀んでいると、向かいに座るコアラがマグカップを持って席を立った。助け船を出してくれるのかと思えば、そのまま出ていこうとするから、私は慌てて彼女に身体を向けた。
「ちょっと出てくるね」
「あぁ」
短い会話をサボと交わして、彼女は扉を開けた。ちょっと待ってくれとなかば懇願するように彼女に視線を送っていると、コアラは出ていく間際に一瞬だけこちらを見て目配せした。
"上手くやってね"
とその目は語っていた。絶望を感じながら、身体の向きを元に戻す。サボは資料をめくりながら、地図に何か書き込んでいた。コアラが退出した今、部屋にはふたりだけ。まぁ好機といえば好機なのかもしれないと、半分やけになりながら会話を続行した。
「そういえばカイト達が帰ってきたが、もう会ったのか?カイトや……ナマエは元気だったか?」
カイトやナマエ達が帰ってきたのはもう三日前のことだが、強引に振ってみた。ちなみに私はカイトにもナマエにも二日前に会っている。ふたりとも元気そうだったが、ナマエは目の下に少し隈ができていた。
「あぁ、会ったよ。ナマエは随分疲れているようだったな」
地図にペンを走らせながら、サボは淡々とそう言った。そうかそうかと頷きながら、質問をスルーされていない今のこの状況はわりと奇跡かもしれないと思い、私は勢いそのまま問いかけた。
「サボはナマエのことをどう思っているんだ?」
瞬間、ピシリと空気が変わった気がして、私は先ほどまでの勢いがとけてはっと我にかえった。腹の下がすっと寒くなるような感覚に、自分の全動きを停止して彼を見る。ゆっくりとペンを置いたサボは、テーブルの下で足を組み換えた。
「絶対言わねぇ」
冷ややかな宣言は丁度入ってきたコアラにも届いたようで、湯気のたつマグカップを携えたまま、こちらを向いて顔をしかめた。出ていくまでとあまりに違いすぎる空気を感じ取ったのだろう。頬杖をついて明後日の方向を見るサボは、もうこれ以上何も言うことはないだろう。「もう、何したのっ」とコアラが私の肩を叩くが、私も何も言う気になれなかった。
ただ、ナマエに謝りたいと思った。