「ごちそうさまでした!」
「ありがとう」
「いえいえ、大したおもてなしも出来なかったのでお構い無く」
「それじゃあ、行くか杏架」
「うん」
騒動後の一杯をいただいて立ち上がる紅苑と杏架。
そのまま宿に向かうつもりなのだろう、貴景が玄関まで見送ろうと立ち上がると、別室から何やら騒々しい音が聞こえだした。
「何事だ?」
「お気になさらず、大方二人がじゃれてるんですよ。仲直りもしたことですし」
「えへへ・・・ナーちゃんが仲直り出来て良かったね紅苑さん!」
「あぁ。では世話になっ・・・「ちょぉーっとまったーぁい!!」
バターンと勢いよく扉を開け放って凪沙が飛び出す。
何故かその背後で柏螺が世話しなく表情を変えていた。
「おま、え?ちょっと何?嘘だろ!本気か?本気なのか?冗談だろ!」
「もーうっさいねー柏螺は、しつこい男はモテないぞー?」
「どうしたんだよ二人とも」
状況が分からない三人を代表して貴景が問うと、凪沙がにぃと笑顔になった。
そしていきなり軍隊の敬礼ポーズをとると真っ直ぐ紅苑と杏架の方を向く。
「クーちゃん!」
「ん?」
「キョーちゃん!」
「なに?」
「この凪沙からのお願いです。私を二人の旅に同行させてください!」
「何?」「えっ?」「ハァッ?」
突拍子もない申し出に紅苑、杏架、貴景の口から驚きが漏れた。
「また・・・いきなりどうして?」
もう一度貴景が問いかけると凪沙は至極真面目な表情のまま再び敬礼ポーズ。
「私、考えたのです!いつまでもこんな些細なすれ違いで喧嘩を繰り返してはならないと!もっと精神を鍛えなければ大人になんてなれやしないと!だから私は旅に出たい!自らを鍛えるために!」
「鍛えるって・・・お前さ、お前さぁ・・・」
柏螺がおろおろと狼狽える。どうも先に話を聞かされたようだが、理解が追い付いていないようだ。
貴景も苦笑で凪沙の提案をやんわり否定している。
だが当の本人等は、
「・・・まぁ自己防衛はある程度出来るようだし・・・杏架、お前はどうだ?」
「私、ナーちゃんと一緒に行きたい!」
「決まりだな。よろしく頼むぞ凪沙」
「「何だって!?」」
「うっしゃぁっ!!」
あっさりと同行許可。
それに柏螺と貴景が戸惑いを露にする。
「な、凪沙を連れていったっていいことないぞっ!?」
「そうですね、むしろ問題を起こしかねない」
「二人ともヒドーイ」
ぶーぶーと不満を露にする凪沙に二人がかりで説得に入る。
その仲の良さに紅苑は目元を緩めるが、すぐに引き締め声を張り上げた。
「ただし!同行したいならひとつ聞くぞ凪沙」
「・・・何を?」
「俺達はおよそ普通じゃない事情を抱えて共に旅をしている・・・それを理解した上で、お前はついてくるか?」
そう、それは確認だった。
紅苑が記憶を喪う体質であること。
杏架が記憶喪失であること。
それに紅苑に至っては杏架というイレギュラー以外は、毎日リセットされてしまう、つまり凪沙のことを毎日忘れるということだ。
それでも、少女は笑顔を見せた。
「勿論!覚悟は人一倍よ!それに何があったってもう二人と私は友達・・・でしょ!」
「・・・決まりだな」
ふっと表情を和らげる紅苑に凪沙が顔を輝かせる。
「やったねナーちゃん!」
「おうともさ!これからヨロシクね〜キョーちゃん!クーちゃん!」
「・・・あだ名は勘弁だがな」
「あっはは!というわけでキーくん!ヒャーくん!私は旅立ちます!」
「・・・もう止めても無駄なんだろう?だったら足を引っ張らない程度に頑張れよ」
「本当に、迷惑だけはかけるなよ凪沙?」
「だいじょーぶ!だよ!」
ピースサインを出して、凪沙は笑う。
傾き出した西空をバックに、杏架は少女の眩しい笑顔を頭に焼き付けた。