空を仰げば綺麗な青空。
眼前に広がるのは清涼な森。
しかし、そんな清々しい場には似合わぬ怒号が辺りに木霊する。
「クレイーー!!もっとしゃっきりしっかり探しなさーい!!!」
「は・・・はーい・・・」
明らかに元気のない声で返事をしたのはまだ幼さの残る青年だ。髪は黒く、男性にしては長い。おまけに寝癖のように立ちあがっているところもある。
クレイと呼ばれた青年は、自分の前を行く二人組を見つめ、盛大な溜め息を吐いた・・・。
「願い・・・星ぃ?!」
まだ日も上がりきらぬ早朝。母親に叩き起こされたクレイはそんな素っ頓狂な声を上げた。
冷静な父が「ああ」とバリトンの声で答える。
「この村の外れにある森に表れると、占い師が言ったという噂を聞いてな」
「それなら探し出してぜひ願いを叶えてもらいましょうってことにしたの♪」
「ええぇ・・・そんな無茶苦茶な・・・」
クレイが気乗りしないのも無理はない。願い星とは、一種の伝承話みたいな存在だ。
それは五十年に一回現れ、その場に居合わせた者の願いを叶える・・・という。あくまで言い伝えであって、確証はない。
なのにそれを、この両親は探しに行くと言う。
「三人で気合いを入れて探せば・・・運がもしかしたら味方して見つかるかもしれないじゃない♪」
「う・・・運任せなんだね」
「クレイ、お前は浪漫が足りない」
「・・・は?」
「人間はな、諦めたら人生がそこで終わってしまう生き物なのだ」
「キャー♪お父さんカッコイー!キャー♪」
「・・・・・・」
そんなこんなで、クレイは無理矢理朝食もなおざりに森のなかに引きずり込まれたのであった・・・。
「どうしようかな・・・」
ずんずん奥を進んでいく両親。しかし、これに慌ててついていくと「分散して探さないと効率悪いでしょ!」と母にどやされる。かといって、あのテンションの二人から離れるのはなんとなく抵抗があった。しかし、あれでも親である。クレイよりも場数を踏んだ大人である。
なら・・・なら大丈夫だろうか?
「・・・ごめんね」
そっと呟き、クレイは二人とは別方向に進路を取り始めた。
いくら無理矢理とはいえ、一度始まってしまったことを適当に終わらせることはできない。そんな真面目精神で、クレイは一応探していた。
そんな中、何度か少し離れたところから物音が聞こえ、獣を警戒した。が、それらは全て人間の足音で、しかも複数人が森を徘徊していた。
『あの人達も、願い星を探してるんだろうか?』
だとしたら見つけられる可能性は限りなく低い。両親はこの事を知ってるだろうか?
・・・もしかしたら対抗心を燃やして探そうなんて言い出したのかもしれない。案外、二人は競りごとが好きだ。
厄介なことに巻き込まれたものだと、クレイは何度目かの溜め息をついた。
「そういえば・・・」
二人の願い事って何だろう?
ふと歩きながらそんなことを考える。
「お金かな?いや・・・二人のことだし世界の珍しいもの、とか?」
そもそも願い星はいくつ願いを叶えてくれるんだろう?魔法のランプみたいに3つ?それともひとつだけ?
サクッサクッ、リズミカルに彼の足音だけが森に反響していく。
サクッサクッ。
サクッサクッ・・・
「・・・あれ?」
ハッとして辺りを見回す。
視界が暗い。
太陽の光が幾重にも重なった木の葉に遮られているせいだ。
どうやら、考え事に没頭しすぎて森に深入りしてしまったらしい。
どうしよう。
混乱しかけた思考を首を振って振り払う。
落ち着け。
不測の事態で一番身を危うくするのは平常心を乱すことだ。まずは落ち着いて、状況を確認しないと。
暗い森の奥。
生き物の気配はしない。
無論、人の気配も。
助けは期待できなさそうだ。どうする・・・。
「・・・あ」
思い出したのは、隣町の大きな鐘。毎日定時に鳴らされるあの鐘の音は、確か滞在している村にも聞こえてきていた。
この森は、そんな町と村の間に位置する。ならばその鐘の音も当然聞こえるはずだ。
太陽は見えない。けれどまだ昼には早いはずだ。
昼には鐘が鳴る。その音を頼りにすれば町への方角は分かるはずだ。
そうと分かれば心に余裕が生まれる。クレイは近場にあった一本の倒れた木に座った。無闇に動くより、体力を温存すべきと判断したからだ。
ぼぅっと考え事を再開する。両親の願い。願い事。願いを叶えてもらえる・・・。
「あれ?」
ふっと自分の願いは何だろうなんて思いが浮かんだ。けれど、それについて思考しようにも、真っ白で浮かんでこない。
「僕の・・・願い・・・」
望むもの。欲するもの。手にしたいもの。それは、
「それは・・・・・・何だろう?」
呟いた声が響き消えた後、それは彼の耳に聞こえてきた。