勇者と魔王




濃い腐臭。辺りに漂う霧雨には血が混じっている。
ゴロゴロと辺りに転がるのは幾つにも分断された残骸。
そこに綺麗なものはない。
全部が汚い、穢れしかない。

その地獄を彼は走っていた。
休みなく動く両足。宙を忙しなく動く白銀の光。それに伴って辺りの残骸がまた増える。


『……またあの独断野郎の手柄かよ』
『いいじゃねぇか、お陰で楽が出来るし。それに知ってるか?アイツ退学処分手前らしいぞ?』
『当たり前だろうな、なんたって“命令無視”の常習犯なんだから』


綺麗なものはない。
それは彼の“仲間”として仮設定された者達にも当てはまる。
嫉妬。罵倒。そんなものは日常茶飯事だった。
そして、浴びさせられる彼も、穢れていた。

唯、“悪魔”と呼ばれる存在を斬り倒し、斬り捨てるを繰り返す彼は、既に狂気の塊だった。


+++

『……により、殲滅命令の完遂を報告します!尚、討伐数ですがー……』

義務と名付けられた報告を余所事のように受け流す。本当ならここで報告される討伐数というノルマで、学生には報酬が与えられる。
しかし彼はそんなもの、この学園に閉じ込められた一ヶ月後には興味を無くしていた。

在ったって、何の得もしない空っぽの報酬。



義務という名の報告が終わって学園の廊下を歩く。

「九羅(ひさら)ー!」

パタパタと小走りで近づいてくる足音。
彼の、九羅の数少ない心許せる人の声に立ち止まる。

「今日もお疲れさん!また命令きたんだろ?」
「まあ、な。で?お前はなにやってんだ柚斗(ゆずと)?」

そう問いかけられ、柚斗はへへーと笑いながら抱えているものを持ち上げた。
それはこのご時世には少々稀少な、粘土性の変鉄もない鉢植え。
ちなみに芽は……見当たらない。

「……食料目当ての緑化がよくもまぁ続くもんだ」
「おいおい聞き捨てならないぞ九羅。これは緑の力を借りた立派な美化活動だ!」
「とか言いつつ、先日『傑作だ!』とか叫んで持ってきた二十日大根は何だったんだよ」
「飯」
「あっそ」

きっと今大事に抱えている鉢植えにも、食べられる植物が植えられているのだろう。
それでも一応「美化活動」の名目で校内での食料作りは許されている。
「緑は眼に良い、癒しに効果的」などと並べて、柚斗は今日もせっせと「美化活動」に励むのだった。

しかし、励むといっても彼は元々こういった行動が好きな部類の人間ではない。土いじりなど、今年度始めに唐突に思い立って始めたような素人だ。
ちなみに前年度は変な工作を主に行ってたりと、彼の行動ジャンルは結構幅広い。そしてころころと変わる。が、別に柚斗は飽きっぽいわけでも、たんなる暇潰しでもない。

これは彼の“逃げ”の行為。


「そうだ!そろそろ裏庭にこっそり植えたトマトが実をつけそうなんだ。一緒に食べようぜ九羅」
「構わんが……二人は?」
「チサと美愛か?ん〜……どうすっかなぁ〜」


「みっつけたぁ!!」

「あ、」
「噂をすれば……か?」


ドタドタドタドタっ!

ドゴンッ!!


「ぐぎゃっ!!!」


気味の悪いような良い音を立てて、柚斗の体が二クロほど転がる。
彼が立っていた地点には柚斗に代わり、少女が肩で息をして立っていた。

「……よぉ智咲(ちさき)。絶好調だな」
「それは嫌味?誉め言葉?呆れた物言い?」
「二番目」
「ありがと。そういうヒサも討伐お疲れ様」
「どうも」

「……おれの存在は無いことになってるのか」

二秒に一回、体を痙攣させながらよろよろと柚斗が立ち上がる。
それを智咲はギラリとした眼差しで睨み付けた。

「そうよ!そう!問題はあんたよ!ゆず!あんた何時間あたしを待たせる気!?約束忘れたわけ!」
「あ、」

沈黙。

すはーと智咲が息を大きく吸って、吐いた。


「……まさか約束を忘れた上に流行りの土いじりを楽しんでたんじゃないでしょうねぇ?」
「…………」

智咲がもう一度大きく息を吸い、思い切り拳を握りしめる。

「歯ぁ食い縛りなさいっ!!」
「ごめんなさいっ!暴力反対っ!痛いの嫌いっ!」

そうして恒例の追いかけっこが始まる。
唸る拳。すれすれで回避する体。繰り出される蹴り。飛び上がって避ける足。

ドタバタな喧嘩を九羅は壁に寄りかかって眺める。「今日も今日とて絶好調」。そう心の中で呟いた。

と、遠くからぱたぱたと小さな、それでいて必死な足音が微かに響いてきて、九羅は喧嘩見物を止める。
そして、一番聞き慣れた足音の主の方へ振り返った。

「はぁ……はぁ……ちーちゃ、いた……」
「また追いてかれたのか?美愛(みちか)」
「ちが、うの……途中で……はぁ……はぐれて……あ、そうだ。お帰りなさい、お兄ちゃん」
「……ただいま」

美愛。
彼女は九羅と血を別けた双子の妹。二卵性であるため容姿は双子と言うほど似ていない。それでも髪と瞳の色は全く同じもので、他人に兄妹だと納得させる接点はある。

ただ一言、二言のやり取りにほんわりと妹が笑えば、今までピクリとも動かなかった九羅の顔が穏やかなものになる。そして、妹の頭を兄は三度ほど撫でる。

こうして穢れた少年はまた安息の場所へ帰ってきた。
親友と、友人と、妹のいる日常。


「はわっ!ちーちゃん……!なっ……何してるの!?」
「あれぇ?みっちー今来たの?遅いよ〜?遅いからあたしもうゆずに二、三発いれちゃったよ?」
「痛い……怖い……暴力反対……反対!」
「……諦めろ柚斗。お前が悪い」
「そーだそーだぁ!約束破りの常習犯!」
「だからって人を殴って制裁するようなやり方におれは異を唱える!!」
「そ、そうだよちーちゃん。叩くのは駄目だよ……」
「みっちーはゆずに甘い!甘過ぎ!甘やかしすぎ!」
「そ、んなこと」
「おいコラちーちゃん!美愛を苛めるなよ、弱い者いじめはカッコ悪いぞ!」
「あんたが言うな!しかも苛めてないわよ!あとゆずからその名前で呼ばれるの鳥肌立つわ!」
「確かに。気持ち悪いな」
「九羅のバカー!こういう時は男同士味方してくれよ!」
「……いや、これはお前が悪い」
「さっすがヒサは分かってるぅ!」
「ぐあーっ!親友にまで見捨てられるとか!洒落にならん!」
「ゆ、柚斗さん大丈夫ですか?あの、私で良かったらお力になりますよ……?」
「美愛天使!ありがとう!君はいつも美しい!」
「……!?はわ……」
「……柚斗。ちょっと面を貸せ」
「あら?お兄ちゃん怒ったかも?」

ギャーギャーワーワー、年相応に騒ぐ四人の少年少女。

一人は異才の滅ぼし屋で。
一人は痛みを恐れる臆病者で。
一人は気丈で危うい頑張り屋で。
一人は影に徹する帰りを待つ者で。

幼馴染みだった。
柚斗と、九羅。最初に出会って。
智咲は柚斗に連れられて、美愛は九羅に付いていって、四人は出会って。
性格も、趣味も、まるで違うのに一緒にいて、学園と呼ばれる、この閉鎖空間でも一緒。

「そうだ!皆でトマト食おーぜ!取れ立て予定トマト!」
「そんなこと言ってたな……俺は別に良いぞ」
「まぁたゆずの土いじり成果?ほんっとう約束忘れる程好きなら土と結婚しろっての」
「言い過ぎだよちーちゃん……。あの、喜んでいただきます」

「決〜まり!じゃあ行こうぜ!」
「あんまり騒いで見つかるなよ?担当に怒鳴られるぞ?」
「大丈夫だって!」

裏庭に向けて歩き出す。
隊列は、決まりなんてないその場その場のものなのに、自然と決まった形になる。
柚斗と九羅が並んで、智咲がその間ら辺でつっこんで、美愛が全員が見えるよう少し後ろを行く。


いつも通り。
だから疑問を抱かなかった。
どうして柚斗と九羅が常に並ぶ形になるか、誰もなにも思わなかった。


+++

昔々、魔王を倒した勇者がおりました。
しかし勇者には魔王から受けた呪いがありました。
しかしその呪いを、神話の話の詳細を知る者などなく。
現在、魔王の手下の悪魔が暴れまわる現代。

蘇った筈の魔王の姿を見たものは、今だこの世にいない。




(離さないと、憎たらしいと魂が囁く。
僕はただ、恐ろしくてその身を震わせた)




++++++
設定は最後まで考えてあるのですが、あまりに救いがなくて僕が執筆を断念してるお話の始まり。


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