
ーここに帰依家の騒動があったりしました省略ー
「どうすれば、いい……?」
それは何に対する問いかけか。
唯に預けた体を震わせたまま、ただどうしようもない壁にぶつかってしまった彼女の問いかけ。
どうにかしたいのに、どうしようもないこと。
思いと事実の非情な溝。
苦しくて。
すごく、怖いものだと唯は思った。
「だったらさ……頼れば?」
一瞬、狗縲の震えが止まった。次いで肩にかかる指圧が強くなる。
きっと怒ってるんだろう、狗縲はプライドが高い。
勝負事なら絶対公平さを徹底するし、(戦略的なことならまだしも)少しでも卑怯なことをすればそれを許さないくらい、彼女は気高い。
きっと反論してくる。そう思って唯は素早く二の句を紡いだ。
「だって狗縲はさ、独りじゃないだろ」
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どうして?と問いたかった。
頼ればいいなんて、まるで弱いことをどうして君が言うの?
だからどうして?と、でも。
「だって狗縲はさ、独りじゃないだろ」
その言葉に口が動かなかった。
やけに重たかったから。
やけに悲しかったから。
独り、という言葉が。
「分かるだろ?だって狗縲には夜途乃さんがいるじゃん。どうしたらいいか?なんて別に今すぐ決めなきゃいけないことでも、ましてや絶対決めなきゃいけないことでもないしさ、よく考えたら今の『天仔の手伝い』もやることの一つじゃん。
ホラ、これでもう狗縲の分かんないこと一つ解決した」
な?と言う声につられるように顔を上げれば、当たり前だけど唯の顔が近くにあった。
真っ直ぐな瞳。さっきまでも重たい空気をものともしていない穏やかな表情。
力んでいた体の力が少しずつ抜けていく。
そして狗縲の口からポツリと小さな言葉が勝手に滑り落ちた。
―いいのかな?それだけの理由で?
「いいじゃん、理由は理由だろ?本音言えばどうして狗縲が“自分のしたいことが分かってて”悩んだりするのか……分かってないし、自分のしたいことだって、オレはまだよく分からないからヒナにくっついてることしか出来ないけど……狗縲ならさ、大丈夫だと思うんだオレ」
偉そうだけど、と恥ずかしそうに笑う姿が眩しい。
視界がぼんやりと滲むのが分かって慌てて下を向いた。
「狗縲?」
唯が呼び掛けてくる。
「……本当に、頼っていいの?」
「ん?ああ、いいんじゃないか?」
「じゃあ……今は、獣刃に頼っても、いいかな?」
え?という声を聞きながら体を寄せたまま、片手で唯の服の裾を掴んだ。
暫くして戸惑いながらも了承の言葉を受け取り、狗縲は頭を唯の肩に乗せた。
乗せている間、自分の者よりも少しだけ大きな手が、まるで幼子を優しくあやすように背中を撫でてくれた。
とても、温かかった。
「……そういえば獣刃に謝らなきゃ」
「うぇ?何を?」
「今までのこと」
唯はキョトンとして目をぱちくりと瞬かせている。
「……本当に何も知らなかった。ボクは狭い視野しか持っていなくて……仕来たりが第一で……だから、君には色々としてきたから……それを謝らないと」
「色々とってな……あ、もしかして、その……アレとか、アレとか?」
「そう、そのアレとか、アレとか……獣刃、本気で嫌がっていたもの。ごめんね?」
改めてこう言うと、何だか胸の内がスッとした。
それもそうだ、今までのことはみんな狗縲の押し付けだったのだから。
それでも唯はそんな相手の悩みを聞いてくれて、だったら気づいた今謝罪の一つも言うのが道理だ。
しかし、何故か唯は顎に手を当てうーん、うーんと唸り出した。
えーとかあーとか、素振りからして何事か考えているようだが、狗縲にはその理由が分からない。
「……どうかしたのかい?」
「いや……あの、さぁ……正直に言ってもいいか?」
それは今までの仕打ちのことだろうか。
狗縲は静かに頷いた。
何を言うかは分からないが、覚悟はできている。
自分が今までしてきたこと、その行いの結果が帰ってくるだけ。
例え唯に“嫌われて”しまったとしても、自分の押し付けはそうなっても当たり前のことだから。
だから、唯の言う正直を全て受け入れようと思った。
狗縲の了承を得ると、唯は少しだけ頭を掻いて目を逸らす。言葉に迷っているのか。
「……獣刃、ボクの事なんか気にしないで、どんな言葉で話してくれても構わない」
「いや、そうじゃなくてさ……こう、なんて言うかな……」
「獣刃」
じっと見つめていると、それで何か通じたのだろう、静かに唇が動き出した。
「オレ、さ……最初は分かんなかったんだ。どうして狗縲が、その……ああいうことするとか」
「……うん」
「初めてのことで頭はぐるぐるするし、なんかすごく恥ずかしくなるし、たまに……怖いなぁとか思ったし」
それはそうだ。普通に考えれば、まずしないことだし、すごく愚かなこと。
だから狗縲は唯の言葉を待った。
そして耳を疑った。
「でもさぁ……変な話だけど、怖いのに『もう来てほしくない』とか思わなかったんだよなぁ……」
「……え?」
「あぁ!いや!なんか色々やられるのは怖いし意味分かんないしで正直お断りものだったけどさ!え〜と……え〜と……何だ、その……狗縲が来てくれること自体は、嫌じゃなくて!バトルすれば楽しいし!狗縲強いし!なんか燃えるし!だから何が言いたいのかって……言うと、だな……」
ごく、と唯が唾を飲み込んだのが分かった。
唯はゆっくりと体離すと緊張かなにかなのか、ふるふると震えた右手が眼前に差し出す。
「オレと……友達になってくれないか?」
体が固まった。
友達?誰と誰が?なるの?え?唯と、ボクが?
「や!やっぱり変!……かなぁ……その、今更というか、なんか、その……」
尻つぼみに弱くなる声。
差し出された右手が、今にも落ちてしまいかねない震え方で宙を彷徨っている。
なんて人だろう。
あれだけのことをしたら、普通避けられてもしょうがないのに、そんな相手と友達に、だなんて。
「……確かに、ちょっと変かもね」
「だよなぁ……やっぱ変だよなぁ……」
「でも」
情けなく彷徨っていた右手を、ギュッと固定した。
唯が目を見開く。
彼の目線の先には、固く結ばれた唯と、狗縲の右手。
「狗縲……あの」
「今まで散々な目に遭わされた相手と友達になろうだなんて……やっぱり変だと思うけど……。
それが何とも君らしくて、ボクは好きだよ」
唯の緊張で赤くなった顔が一層赤くなる。
握られた右手。
握り返された右手。
それは、承諾の証。
「改めて……よろしく、唯」
「あ、こちら……こそ?」
半信半疑のような状態の彼に頬が緩むのを感じた。しかも、こんなに満たされた気持ちで。
「……よく考えたらオレ、仲間はいるけど“友達”は初めてだ」
「そう?奇遇だね……ボクも初めてだよ」
「マジ?」
「うん」
「そっか……」
そして初めての友達は繋いだ右手をより強く握ってきた。
口がもにょもにょと動いているから、多分喜んでいるのだと思う。
狗縲も、緊張でやや汗ばんだ友達の手を握り返した。
初めての友達の手を。
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こうして狗縲は彼の呼び名を「獣刃」から「唯」に変えたのでした。
